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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【五年前の回想】チビの反撃

「チビ……?」


 チビの手には全然力なんて入っていなかったけれど、それでも捨て身の特攻をしようとしたアレオンを制するには十分だった。

 どうしたって意識は子どもに向く。


「戻ってきてくれたか……!」


 分かっていたはずなのに、やはりこうして目を覚ましてくれたことに心底安堵する。

 薄く目を開けた子どもはアレオンに向かって小さく微笑んだ。


「……大丈夫だよ」


 チビはアレオンの腕の中で再びこちらを宥めるようにそう言うと、魔導銃を構えたジアレイスに目を向けた。


「管理№12……!? 蘇生が掛かっていたのか……。全く、こざかしい真似を。……だが、こちらも助かった。これでアレオンを殺せば予定通りということだ」

「……もう、あなたの思う通りにはさせない」

「……何?」


 銃口をこちらに向けて優位を保つジアレイスに、そう反論したのはチビだった。

 思わぬ方向からの反抗。今まで従順だった子どもの言葉に、男は不愉快げに眉を顰めた。


「誰に向かって口をきいている、管理№12。貴様はその男が飛び掛かってこないように腕でも押さえておけ」

「ぼくはもうあなたの命令は聞きません。あなたはアレオンお兄ちゃんと、お兄ちゃんが住む世界の敵だもの」


 明らかな叛意を告げたチビが、自ら使役の首輪を外す。完全なるジアレイスへの決別だ。

 まさか首輪が外れると思っていなかった男は、驚きに目を瞠った。


「き、貴様、どうやってその首輪を……!?」

「あなたに従うふりをするのはもう終わり。……その宝箱を持つあなたを、見逃すわけにはいかない」


 ジアレイスの問いには答えず、チビは自身を抱えているアレオンの腕をぽんぽんと叩く。どうやら地面に降ろせということらしい。

 確かに抱えていると銃で狙われているアレオンの巻き添えを食うかもしれない。アレオンは少々不安に思いながらも、何かあってもすぐに護れる位置に子どもを降ろした。


 その足元に小さな魔方陣が見えるのは、さっきの召喚の名残か。


「ここに来て逆らうか……。まあいい。どうせ今は魔法の使えないただの小僧。アレオンを殺した後にしつけ直してやるから覚悟しておくがいい」


 チビの反抗に面食らっていたジアレイスだったが、結局自分の優位は変わらないと考えたのだろう、然程慌てることもない。

 ただ不遜げに吐き捨てた。


「一時逃れもここまでだ。小細工で裏をかいてみたところで、結果は変わらぬ。死ね!」

「てめえもな!」

「大丈夫。お兄ちゃん、動かないで」

「……チビ?」


 魔導銃のトリガーを引こうとしたジアレイスに飛び掛かろうとして、しかしまたチビに止められる。

 小さな手にマントを掴まれただけで動けなくなったアレオンは、子どもがその反対側の手を前に出したのを見た。


 ほぼ同時に、ジアレイスの魔導銃から魔法が放たれる。


 それはまっすぐアレオンを狙って飛んできた、のだが。

 次の瞬間、魔法を封じられているはずのチビが、目の前に魔法の盾であるマジックシールドを展開した。


「なっ、魔法防御盾だと……!? なぜ魔法を……!?」

「そうか、召喚の魔方陣か……!」


 アレオンはすぐに理解する。

 対価の宝箱の妖精もどきが言っていた、『召喚されて魔方陣が出ている間は、ここと別の空間にいる扱い』だと。


 チビも僅かな距離だが召喚されたことで、この結界の掛かった空間から切り離されたのだ。


 チビの言う『大丈夫』は、ここまで計算尽くだったのか。


 魔法銃の放った魔法弾は、マジックシールドにぶつかって暴発したあと、霧散する。それと同時に、前に出していたチビの腕に着けていた腕輪も砕け落ちた。


「チビ!」

「……ん、平気」


 少しふらついたチビを支える。

 今壊れたのは、やはりだいぶ前に戦利品で手に入れていた腕輪だ。魔力を使い切った時に、魔法一回分だけ魔力が回復するという装備アイテム。


 それが壊れたということは、消耗したあげくにジアレイスに搾り取られたせいで、チビの魔力がほぼ底をついていたということ。

 これ以上は無理をさせられない。


「よくやった、チビ。あとは俺に任せろ」

「待って、あの人に近付いちゃだめ、お兄ちゃん。あの人、お兄ちゃんを捕まえるアイテムを他にも持ってるんだ。……大丈夫、ぼくがお兄ちゃんを自由にするって、約束したんだから」

「だが、お前の魔力はもう空っぽだろう!」

「あるよ、一回分。これだけあれば十分」


 チビはそう言うと、一歩前へ出た。

 少し離れたところでは、ジアレイスがこちらに向かって何度も引き金を引いている。


「くそっ、魔力残量がもうなくなっている……! 仕方がない、こうなったら対価の宝箱を……」

「だめ、そうはさせない! あなたも、その宝箱も、この部屋も建物も……残してはおけない!」


 対価の宝箱を開けに行こうとするジアレイスに対して、チビは即座に術式を発動した。

 途端に子どもの足元から大きな魔方陣が放射状に伸び、部屋の外まで広がっていく。

 そしてその小さな身体がふわりと浮いた。


「チビ……!?」


 明らかに今までと違う種類の魔法。

 その規模も、一回分の魔力にしては大きすぎる。

 一体何をする気だ。


 困惑するアレオンの向かいにいるジアレイスは、それが何か勘付いたようで、ひどく狼狽えた。


「貴様まさか、あの魔法を……!? 羽に力はもうほぼ残っていないはずだろう……!」

「お兄ちゃんの世界のために、消えて」


 これほど敵意をあらわにするチビは初めてだ。


 何が起こるのかは分からないが、異常な魔力の高まり。この子どもがとんでもない魔法を使おうとしているのだけは分かる。

 防御用の装備に抜かりのないジアレイスが、それでも慌てるような類いのものを。


(そういえば、ずいぶん前にチビが少しの魔力があれば使える魔法があると言っていたな。……確か、自分の命を燃料にするとか……)


 命を燃料に。

 それを唐突に思い出して、アレオンは青ざめた。

 おそらく、間違いない。今チビが放とうとしているのは、その魔法だ。


「チビ! 止めろ! これは命令だ!」


 子どもの思惑に気付いたアレオンは、すぐに制止の声を掛ける。

 当然だ。チビはアレオンの世界のためにと言うけれど、その世界にこの子どもがいなければ意味がないのだから。


 しかし、チビはその声にちらりとこちらを見たけれど、一度だけ困ったように笑って、すぐにジアレイスの方に視線を戻してしまった。

 アレオンの命令に、魔法を止める気配はない。


(俺の命令を聞かない……!?)


 この段になってはっとする。

 そうだ、隷属術式は、『死なないと解けない』契約。……つまり、チビがさっき一度命を落としたことで、御破算になっている。


 胸ポケットに手を突っ込んでお守りを確認すると、そこには紙吹雪のように粉々になった紙片しか入っていなかった。


「チビっ……! 止めろ! 止めてくれ!」


 こうなってはもはや力尽くで止めるしかないが、魔力による見えない壁のようなものがあって触れることもできない。

 アレオンはその背中に懇願することしかできなかった。


「大丈夫。最後にお兄ちゃんの中からぼくを消すよ。悲しまなくてもいいんだ。お兄ちゃんを自由にしてあげる」


 その恐ろしい結末の、どこが自由だというのか。それはアレオンにとって、殺されることよりも酷い仕打ちだ。

 焦燥に駆られながらチビを見上げていると、その背中に光の羽のようなものが現れた。


 どんな魔物とも違う、見たことのない羽。


「……貴様、やはりホーリィを……!」

「命を賭して、世界に仇成すものに粛正を!」


 次の瞬間、周囲が青い爆炎で覆われた。

 炎の中で、光が炸裂する。暴力的に渦巻く炎は、おそらくこの魔方陣が広がった範囲全体を覆っているのだろう。あちこちで悲鳴が聞こえた。


 ……これは、今までチビが使っていた闇魔法と違う。


「まさか、聖魔法……!?」


 最後にジアレイスが言ったホーリィは、身を挺して仲間を護る、自己犠牲の呪文だ。

 魔法の壁でチビに触れることができなかったのは、彼のためではなく、アレオンのために作られた魔法防壁のせいだったのだ。


 今、自分の周囲だけは無事だが、その外ではチビの姿すら視認できないほど青い炎が荒れ狂っている。

 それはまるで、早々にチビのいない世界に取り残されてしまったよう。その恐ろしさに、アレオンは急いでポーチに手を突っ込んだ。


(まだ、間に合うなら……!)


 取り出したのは、最後に対価の宝箱に出させた、チビの記憶を消すための召喚の魔導書。


 この際、リスクなどを考えている場合ではなかった。

 何でもいいから術式を行使できる魔物を呼び出して、チビの魔法を強制的に終わらせるしかない。


(魔研が捕獲していた魔物が近くにいたとしても、このチビの魔法で死んでいるはず。対価の宝箱が言っていた『あの魔物』とやらも、きっといない……はず、だ)


 どんな魔物が来るにせよ、チビを失うことに比べたら些末事。


 魔法を強制終了させたことによる子どもへの影響だけは気になるが、アレオンは他に手立てはないのだと割り切って、急いで魔導書の表紙をめくった。


あと1回か2回で過去編終了です(多分)。

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