【五年前の回想】アレオン、解放を待つ
「この魔導銃は命中補正を上げてあります。こんな子どもでも、狙いを外すことはあり得ない」
チビがその銃口をしっかりとアレオンの心臓に向けたことで、ジアレイスは勝ち誇ったように補足を入れた。
得意げに口端を上げ、完全にこの子どもが支配下にあると信じ込んでいるようだ。
(狙いを外すことはない……。それは逆にありがたいな)
それならチビの手がブレて絶縁体以外の場所に当たるなんて心配はいらない。
アレオンを絶望させようと吐いた言葉だろうが、こちらにとっては好都合。
それはチビにとっても同じだったようで、その緊張が少しだけ緩和したのが分かった。
「いいか、管理№12。頭や腹ではなく、確実にアレオンの心臓を狙うのだ。死体を利用するには他の場所に傷がない方が都合が良いからな」
そう言われて頷いた子どもが狙っているのは胸ポケットの絶縁体。だが端から見る人間に、その違いがわかるはずもなかった。
もしも銃を撃つのがジアレイスだったら、胸ポケットと心臓の位置に僅かなずれが生じたかもしれないが、チビが相手ならそんな心配もいらない。
アレオンはその後の展開を脳内で模索して、臨機応変に対応すればいいだけだ。
「貴方を殺したら、すぐにその身体を有効利用して、ライネルも輪廻の輪に送って差し上げます。向こうで兄弟揃って陛下に不敬を詫びるといい」
「てめえにとって都合の良い傀儡だった親父と、俺は違う。たとえ死体になったとしても、地位も金も失った三下のてめえごときに俺を操れると思うなよ」
「ふん、何と口の悪い……しつけのなっていない駄犬が、枷を付けられたこの段になってもよく吠える。多少はみっともなく命乞いでもすれば良いものを」
死の予感を前にしても態度の変わらないアレオンに、ジアレイスは興を削がれ、酷く不愉快そうな顔をした。
おそらくアレオンが無様に赦しを乞えば男の溜飲も少しは下りたのだろうが、それに乗ってやる義理もない。
そんな態度を崩さないアレオンに舌打ちをすると、ジアレイスは隣にいるチビにあごをしゃくりながら短く指示を出した。
「……もういい。管理№12、やれ」
ひとを殺すことへの躊躇いはまるでない。
害虫でも相手にしているような感情を含まない声。
それは周囲の研究員も同じで、倫理観も死生観も麻痺しているようだった。
まあ、アレオンもひとのことは言えないのだけれど。
そんな中、この銃がアレオンの命を奪うことはないと知っているはずのチビだけが、ちょっとだけ躊躇う。
ひとに銃口を向けてトリガーを引くことに動揺する、半魔のこの子の方がずっと人間らしい。
だが、もたもたしていてジアレイスに怪しまれたら元も子もないのだ。
アレオンは子どもに向かって呼びかけた。
「チビ!」
叱責するように、呼ぶ名前。きっと周りの奴らには、これがアレオンからチビへの制止の求めだと受け止められただろう。
しかしチビには、これがトリガーを引けという合図だと伝わったはず。
すぐに子どもが意を決したように、銃のトリガーに掛けた指に力を込めた。
「撃て!」
ジアレイスの指示と同時に、魔導銃が発動する。
それは一瞬だけ銃口に魔力の溜まりを作ると、次の瞬間には発砲音と共に、魔力の尾を引いてアレオンに襲いかかった。
銃の弾は一直線に心臓を撃ち抜き、次いで込められていた魔法が風圧を伴って炸裂する。
「ぐああああっっっ……!!」
「よし、やったぞ!」
実際には貫かれていないのだが、さすがに衝撃までは殺せない。
思惑通りに絶縁体が魔法を遮断してくれたものの、反作用によるダメージをまともに食らって、アレオンは思わず大きく呻いてがくりとうなだれた。
元々ここで死んだふりをするつもりではあったけれど、本気で一瞬心臓が止まったんだが。演技じゃなく。
手足が捕縛によって固定されていなければ、おそらく無様に膝から崩れ落ちていたことだろう。
皮肉な話だが、完全に脱力しても体勢が保持されているのは地味にありがたかった。これなら今のうちに死んだふりをしながら、ダメージを抜いておけそうだ。
「ふ……ふふふ、やった、エルダール最強の死体が、こんなに完璧な状態で手に入るとは……!」
そんな死んだふりをしているアレオンを見ながら、ジアレイスは悦に入った笑みを漏らした。
目の前でアレオンが確実に心臓を撃ち抜かれたのを見ている。おまけに絶縁体によって行き場を失った魔法が派手に炸裂したため、とても大きな魔法ダメージがアレオンを襲ったと勘違いしている。
まさか死んでいないとは露とも思っていない様子だ。
男は上機嫌で周囲の研究員に指示を出した。
「よし、急いで作業をするぞ。アレオンを捕縛している罠を解いて、例の部屋へ運べ。あとでポーチからドラゴン肉も回収しておくように。……これであの忌々しいライネルとルウドルトをひねり潰せる」
ジアレイスはそう言いながらチビから魔導銃を取り上げる。そしてその子どもにも、意地の悪い笑みを浮かべたまま指示を出した。
「管理№12、貴様も向こうの部屋に行け。アレオンに手懐けられたのなら、その手で殺してしまった罪滅ぼしに、この死体が上手く復活できるように命を賭して尽力するがいい。……まあ、中身はだいぶ変わってしまうがな」
自分がそうさせておきながら、罪滅ぼしなどとずいぶん勝手なことを言う。
だが言われたチビは無表情で素直に頷いて、従順にひとりで指示された部屋へと歩き出した。
おそらくここに残っていると、アレオンが動き出した時に人質に取られるかもしれないからだろう。どちらにしろ絶縁体をなくした子どもは、もはやひとりではここから出られないのだ。
魔法も使えないのだし、危機回避的にはこれが最善と言えた。
ただ、アレオンとしては手の届く場所からチビがいなくなるのは酷く不安なのだけれど。
(くそ、こいつら、とっとと罠を外しやがれ、ノロマめ……!)
子どもの気配が遠のくと、途端に内心でそわそわし始める。
だがもちろん、ここで焦って罠が外れる前に奴らに気付かれたら水の泡だ。
アレオンは死んだふりをしたまま、捕縛からの解放の時を待った。




