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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【五年前の回想】対価の宝箱との決別

「それから、記憶は削除デリートよりも封印クローズにしろ」

「……封印ですか」


 味方ではない相手にチビの記憶を削らせるのは、リスクの方が遙かに大きい。それが、こちらをどうにか罠に掛けようと思っている相手なら尚更だ。


 正直、封印はいつか解けてしまう可能性があるから、アレオン的には不安ではある。

 しかし、それ自体は解呪をする切っ掛けがなければ十年単位で続くものだ。それまでに平和な生活を手に入れてしまえばいいだろう。


 もちろんできることならば、アレオンが老衰して死ぬまで解けないでいて欲しいけれど。


「……かしこまりました。アレオン様のお望みのアイテムをご用意しましょう」


 だいぶ注文を付けたアレオンに、妖精もどきは困惑しつつも請け合った。さすがは何でも願いを叶えるアイテムを出す宝箱だ。


 おそらくどれだけ彼女に不都合な注文でも、アレオンが口に出したら叶えないわけにはいかないのだろう。それが宝箱に課せられたルールに違いない。


 そのルール自体、誰が何のために付けたものか分からないが、これだけ不条理な宝箱がこの世界に存在する上での、必要な理なのかもしれなかった。


「アレオン様は魔法をお使いになれませんので、術者を呼び出す召喚の書をアイテムとしてお出しします」

「召喚? ……魔族か何かを呼び出してチビの記憶を封印させるのか?」

「そうです。施行する術式の内容などは書式の中に組み込んでしまいますので、アレオン様は本を開くだけです」


 つまり、誰でも発動できるタイプの問答無用の魔術書ということだ。

 本来は罠として仕掛けられることが多い形式だが、魔力のないアレオンにはありがたい。発動の切っ掛けを作る魔力すら持っていないのだから。


「……それで、どんな魔族が呼び出されるんだ?」

「それはランダムです。ここから一番近いところにいて、その術式を使える知能と魔力を持つ魔物が呼び出されます。もちろん呼び出した魔物は、30分ほどの間は逆らうことなく使役できますのでご心配なく」


 アレオンが『魔族』と訊ねたのに対し、妖精もどきが『魔物』と返してくるのが少々気になるが、魔物だからといって術式が使えないわけではないし、魔族を含めた全般をいうのなら間違ってもいない。


 どちらかというと問題は、30分過ぎた後にちゃんと魔物が帰るのかどうか。

 それから、この結界内で呼び出した魔物が思惑通り術を行使できるのかという点だった。


 前者は比較的どうでもいいが、後者はかなり重要だ。


「この結界の張ってある地下では半魔の能力が封じられているが、呼び出した魔物も結界に引っ掛かったりしないのか」

「確かにこの結界には魔物も引っ掛かりますが、召喚された魔物は呼び出された方陣の中にいる間、別の空間にいると認識されますので大丈夫です。結界の影響は受けません」

「なるほど……」


 これならアレオンの希望とほとんど齟齬なく、チビの記憶封印は成されるだろう。

 使役から外れた魔物がその後暴れるかもしれないが、それは始末すればいいだけの話。呼び出されるのは一番近くにいる魔物だと言うし、アレオンの手に余るような者は来ないはずだ。


(……ランクSSSゲートの魔物を引っ張ってくる可能性もあるが……30分経っても帰らずにいたところで、使役の召喚方陣から外れれば魔物は結界の影響を受けることになる。俺が負ける要素はない)


 このあたりが妥協のしどころか。

 もっと細かく注文を付けたいところだが、そうなると対価が大きくなっていく。

 アレオンがどうにか対応できそうなところは、リスクを承知で飲み込むしかないのだ。


「……よし。じゃあそのアイテムを出してくれ。対価には何を差し出せば良い?」

「そうですね……では、チビ様の持つ視覚誤認の術式の掛かった犬耳を」

「犬耳……」


 チビと街中を散歩するには必須のあれだ。

 ころころもふもふの毛玉と化したチビがきゅんきゅん鳴くのに癒やされていたアレオンとしては、地味に痛い。


 チビも、自身の顔にある薬で変色した黒いくすみを気にせず街に出れるから、だいぶ重宝していたようだった。それを取り上げるのはとても心苦しい。


 だがこれは一方で、想像よりもずっとずっと軽い対価だとも言える。

 少なくともカズサの右腕よりは軽い。

 もしかすると我に返ったアレオンを、再び宝箱に依存させ洗脳していくために、ハードルを下げたのかもしれない。


「……分かった」

「それでは、アイテムを宝箱へ」


 促されて、アレオンは子どものポーチに手を突っ込み、犬耳を取り出した。

 そして宝箱の中にそれを入れ、蓋を閉める。


 どうせ記憶を失ってしまえば、チビには犬耳や先日のウサギのぬいぐるみのことなど何の関係もなくなるのだろう。それでもやはり罪悪感は拭えない。

 そして、この罪悪感は甘んじて受けるべきなのだと己を戒めた。


(……こんな俺が、チビの言う約束とやらに縛られているわけがない。完全に自分のことしか考えていないエゴの塊だっつうの)


 自嘲するようにそう考えながら、宝箱を見つめる。


 妖精もどきがコンコンと蓋を叩くとぽわっと宝箱が光り、それはさっきアレオンが認識していた色よりもさらに黒みを増した。

 冷静になった今なら分かる。

 完全ではないが、禍々しい暗黒の色素。これは、側に置いてはいけないものだ。


「ではアレオン様、蓋を開けて下さい」

「……ああ」


 さっきとは違い、無造作に片手で蓋を開け、アレオンは魔導書をむんずと掴んで取り出した。


「これは、開くのはどのページでもいいのか?」

「呼び出す魔方陣自体は一番最初のページにありますので、発動時は表紙を一枚めくって下さい」

「そうか」


 軽く頷き、本をポーチに突っ込む。

 そして左手でチビを抱えたまま、右手で腰から剣を抜いた。

 なぜだか分からないが、今はこうすることにまるで躊躇いがない。


「……アレオン様?」


 そんなアレオンの様子を見た妖精もどきが険しい顔をする。

 さっきからのこちらの態度で、アレオンがどういうつもりなのかはもう見当が付いているだろう。


 そう、決別の時が来たのだ。己の意思で。


「ここまで、世話になったな。多々不愉快ではあったが、役に立ったことは間違いないから一応、礼を言う」

「まだ事は半ば……。チビ様をお護りするのにまた宝箱の力が必要になるかもしれませんよ? ジアレイス様も対価の宝箱をご利用になっているのですし」

「あいつはここ最近連続で宝箱を使っているみたいじゃねえか。対価もだいぶつり上がってるだろ。あいつの執着するものは金と権力だが、それを保証してくれるパトロンも死んだし、今後新たにそう簡単に宝箱を使えねえよ」


 そう指摘すると、妖精もどきはぎりりと唇を噛みしめた。


「チッ……一体どうやって呪縛を解いたのかしら……。前回のアイテムで、一気に没入深度が高くなっていたはずなのに……」

「俺からもチビを取り上げようとしていたんだろうが、あいにく渡す気はないんでね」


 アレオンは言いつつ剣を振り上げた。

 どうやら彼女や宝箱には反撃する能力はないらしい。ただアレオンを強く睨み付ける。


「おのれ……! エルダールの王家の血を引く息子二人がいずれも逆らうとは……! やはりこの役立たずの王家の血筋を長く待ちすぎた……!」

「お前らの目的が何か知らないが、見限ってくれて結構。ジアレイスもぶっ殺すし、エルダール王家に取り憑く呪いの主共々消えてくれ」

「くっ……宝箱を手放したこと、後悔するといい! あの魔物が召喚されれば、貴様らなぞ……」

「うるせえよ」


 これ以上妖精もどきの相手をしている暇はないのだ。

 アレオンはその言葉を文字通りぶった切った。


 振り下ろす一閃で、妖精もどきと対価の宝箱を同時に切り捨てる。

 その姿はぱっくりと二つに割れると、そのまま空気に溶けるように霧散した。


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