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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【五年前の回想】アレオン、我に返る

 チビとの平和な日々を頭の中では想像しながら、腕の中にいるチビにはまるで意識が向かない。

 アレオンはその事実に気付かないまま、対価の宝箱の妖精もどきの甘言になびいてしまった。


「……チビの記憶を消すには、何が対価に必要なんだ?」

「そうですね。では、アレオン様のお供の方の右腕を」

「俺の供? もしかして狐のことか。……あいつの右腕を切り落として持ってこいと?」

「ええ。対価としては破格だと思います」


 彼女の中でカズサの価値がどうなっているのかよく分からないが、思わぬ要求にアレオンは目を丸くした。

 物騒だとかそういう意味ではなく、もっとアレオンが精神的に差し出すのに苦悩しそうなものを要求されるかと思ったからだ。


 もちろん(仮)とはいえ、カズサは役に立つ部下ではある。それが右腕を落とせば使い物にならなくなるわけで、悩まないではないけれど。

 しかしチビの重要性とは比べるべくもない。


 なのに、なぜカズサの腕なのか。


 いつもの正常なアレオンなら、対価の宝箱を自分から遠ざけようとする唯一の存在として、カズサが邪魔だからかもしれないと考えただろう。

 だが今のアレオンの思考はそこには向かわずに、ただカズサがこの場にいなくて腕が用意できないことにしか行かなかった。


「無理だ、もう狐は先にここを出て行った。転移魔石も使えないし、取ってくる術がないだろう。言っておくが俺はここを出る前にアイテムが欲しいんだ」

「……あら、これから合流のはずでは……? おかしいわ、アレオン様からの情報の吸い上げが……」


 何だろう。

 事情を説明して不可能を告げたアレオンに、なぜか妖精もどきが困惑したようだった。


 そういえば、初めて会った時からアレオンの知る情報は伝えなくても了解していたようなのに、こんなズレたことを言うのは珍しい。

 しかしアレオンはそんなことを気にせずに、自分から彼女に代替品の提案をした。


「相応の対価としてなら不老不死のドラゴン肉でどうだ。稀少さで言ったらこっちの方が遙かに上だろ」

「不老不死のドラゴンの肉……!? なぜそれをアレオン様が……? そんな情報は、全然……」

「さっき妙な部屋で拾ってきた」


 拾ってきたというのは語弊があるが、まあ今はどうでもいい。

 アレオンはポーチの中を漁って、ドラゴン肉を取り出そうとした。どうせアレオン個人としては、特に惜しむものではない。


 ……だが、間違いなく入れたはずのそれは、知らないうちに消え去っていた。


「……あ? 何でないんだ……? さっき確かにこの中に突っ込んだはずなんだが……」

「……申し訳ございませんが、それはアレオン様から徴収する対価としてはどちらにしろ不適当ですので結構です、ええ」


 妖精もどきはごそごそとポーチの中を探すアレオンを制する。

 そして動揺を隠すようににこりと笑い、視線を合わせてきた。


 そういえばいつも、この探るような視線で脳内を覗かれていたような……。


 今更のように、意識の中に僅かに蘇った彼女の訝しさ。

 怪しんでそれを見つめ返したアレオンは、その瞳の奥にどこか禍々しい光を見付け、一気に我に返った。


 純金に見えていたものから、一欠片のメッキが剥がれたのを見付けたように。


(……そうだ、こいつは味方じゃない。最終的に俺から大事なものを取り上げようとしている呪いの使者だ。そんな奴相手に、俺は何を託そうとしているんだ……)


 未だ片手をポーチに突っ込んだままで、アレオンはすうっと冷静になった。


 全く、正気の沙汰じゃない。どうして気付かなかったんだろう。

 大事なもの……チビをアレオンから取り上げようとしている、そんな奴にチビの記憶を自ら差し出すなんて。


(おそらくチビの記憶を消した後は、全てを忘れて赤ん坊同然になったチビを護るために、また宝箱を頼る羽目になる。……さっきチビは『逃げてもまた捕まる』と言っていた。きっとチビ自身に探知か、それに付随する何かが掛けられているんだ)


 当然この妖精もどきはジアレイスを通してそれを知っていながら、チビの記憶を消す提案をした。

 無力化したチビを利用して、アレオンが宝箱から離れられないように仕向けるためだ。


(利用するつもりが、体よく操られていたってことか。……クソが)


 だがしかし、チビの記憶を消してしまいたいというその思いは、まだアレオンの中にある。

 いっそ半魔であることすらも忘れさせて、ただの人間としてアレオンの本当の弟のように護り育てて行けたら、それだけでこの上ない幸せなのだから。


 そのために、アレオンは今度こそ宝箱に操られるのではなく、利用してやろうと考えた。


「そういえば、記憶を消すというのはどうやるんだ? まさか薬品で、以前の竜人たちみたいに魂を砕いて昔の記憶を破壊するようなやり方ではないだろうな?」

「……いえ、あそこまで大仰なものではございません。ですがまあ、自我がない方がアレオン様もチビ様を扱いやすいでしょうし、使役も容易くなりますので……」


 弁解じみた説明は、ほぼアレオンの言ったやり方に近いということだ。

 危うく何も考えず、赤ん坊どころかチビの自我をなくさせるところだった。


 あんな以前のキイとクウのような、ただ命令通りに動くだけの子どもが欲しいわけじゃないのだ。

 ……まあ、もちろんこの妖精もどきもそれを知っていて、再び宝箱に縋ってくるように言外の罠を仕掛けていたのだろうが。


 アレオンは裏に見える企みに内心で舌打ちをし、その望みを変更した。


「それは困る。チビの自我は残せ。それから、チビの本来の性格や常識的な思考能力はいじるな。もちろん言語知識もな」

「か、かしこまりました……」


 妖精もどきはアレオンの様子の変貌に困惑しているようだがどうでもいい。


 怪しさ満点で信用ならない相手ではあるものの、望みを叶えるアイテムを出すという点だけは揺るがないのだ。

 ならば罠を仕掛けられる隙を作らぬように、願いの周りにあるつけ込まれそうな穴を、埋めて固めてしまえばいい。

 対価の宝箱ですらいじれない、隷属術式のように。


 そう考えながらアレオンは、丁寧に腕の中のチビを抱え直した。


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