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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【五年前の回想】アレオン、移動を開始する

「あー、いたいた。殿下、お待たせ。おチビちゃんたちとも合流できたんですね」

「狐……。もしかして兄貴にジアレイスを呼び出させたのは貴様か」

「ええ、魔研の前で会えたんで、俺たちが脱出するまでの時間稼ぎを頼みました」


 入り口からやってきたのはカズサだった。

 どうやら転移無効の結界のせいで建物内に直接戻って来れず、魔研の外に転移してきたところでライネルたちと会ったらしい。


「どうりで。兄貴たち、親父のことは奇襲を掛けて討ったのに、魔研にはそのまま攻め込まないでわざわざジアレイスを呼び出してきたから、少し変だとは思ったんだ」

「まあ、ライネル殿下も魔研を警戒していて中まで入ってくる気はないみたいだったから、罪科を叩き付けるのに丁度良い機会だったでしょ。元々魔研はアレオン殿下が討伐する予定だし」


 そうだ。もともとライネルたちが父王の方を受け持ち、魔研はアレオンが潰す予定になっていた。

 今だって、チビさえ安全な場所に逃がせばすぐにでもそうするつもりだが。


「狐、ここの結界を解除するアイテムは準備できたのか?」

「はい。魔工翁のところで、即席で作ってもらいました」


 アレオンが訊ねると、カズサは魔石を加工したアイテムを取りだした。


「魔石による魔力の絶縁体です。これをアンカーピンの一つに被せてしまえば、魔力の循環が切れて結界が無効化されます」

「絶縁体って……貴様、まだ特上魔石を隠し持ってたのか?」


 手持ちの特上魔石は全て使い切っていたはずだ。

 もしやこっそり在庫から抜いていたのだろうか。

 そう考えてじろりと睨んだアレオンに、カズサは肩を竦めて苦笑した。


「いやいや。残念ながら特上魔石はもうないです。これは上魔石。特上魔石に比べると絶縁破壊が起きやすいけど、おチビちゃんたちが通過する一瞬くらいなら耐えられるはずです」

「そうか、上魔石……! 王都レベルでは無理だが、この程度の規模の結界になら使えるな」

「一応二つ作ってもらってきました。一度に全員で出れるとは限りませんからね。殿下に一つ渡しておきます」


 そう言うと、カズサは魔石でできたピン用カバーをアレオンに渡した。


「……だとすると、二手に分かれた方がいいかもしれんな。集団で歩いていて、脱出前に見つかると厄介だ」

「じゃあ、俺はキイとクウを連れて先に行きます。俺たちが結界から出て暴れてれば、殿下たちも出やすいでしょ」

「いや、暴れるのはやめておけ。……ジアレイスが何か捕縛用のアイテムを持っている可能性がある。それを使われたらおそらく確実に捕まる」

「確実に捕まるって……ああ」


 アレオンの言葉に、カズサはすぐに察したようだ。

 つまりそれが、対価の宝箱から出たアイテムだということを。


「それはマズいですね……。じゃあおとなしく外に出て、そこで落ち合う感じで?」

「その方がいい。キイたちと落ち合う予定だった森の洞窟に一旦退避しろ。俺たちも後から行く」


 洞窟まで行ってカズサにチビを預ければ、魔研はアレオンがひとりで戻って潰せばいい。

 ジアレイスの対価の宝箱に対抗できるのは、アレオンだけなのだから。


 ならば最初からカズサの方にチビを預けて、自分はキイとクウを外に連れ出すだけで洞窟までは自力で行かせれば手間は省けるのだが、アレオンにはその前にやるべき事があった。


「……お前たちは先に行け。俺たちは少し時間をずらして行く」

「了解です。……ところで、一つだけ聞いていいですか」

「何だ」


 すぐに移動を開始すると思ったカズサが、なぜか軽く眉根を寄せている。

 それを怪訝に思っていると、その人差し指がアレオンの対価の宝箱に向いて、しまった、と内心で舌打ちした。


「あれ、ジアレイスのです?」

「……さあな」

「何だか、俺が知っているのより黒ずんでるんですけど」


 宝箱が黒ずんでいる。

 その指摘に、思わず息を呑む。

 アレオンはその変化に、全く気付いていなかったのだ。

 言われて注意して見れば、確かに少しグレーになっている。だがこれも、自分の認識とカズサの認識が等しいのか判断できなかった。


 こうして指摘をする人間もいないジアレイスは、きっと自分の宝箱を白いままだと認識しているのだろう。

 明らかに、自分の中の何かが書き換えられているのだ。


「……俺が魔研を潰す時に一緒に壊しておく」

「はい、是非、そうして下さい」


 少し強めに言われたが、アレオンは素知らぬふりをした。

 大丈夫だ、今日全てが終われば必要なくなるのだからと言い訳をして。


 宝箱に対して拭いきれない嫌悪感はあるが、それでもこれがないとジアレイスに抗し得ないのだ。まだ潰すわけにはいかない。この宝箱対宝箱の対立構図が、謀られたものだとしても。


「じゃあ、俺たちは行きますね」

「……ああ」


 視線でアレオンに自重を促して、カズサはキイとクウを引き連れてこの空間を出て行った。

 カズサがいれば、あちらはもう問題ないだろう。


 チビと二人で残ったアレオンは、ようやく腕の中の子どもを覗き込んだ。

 その気配に気付いたのか、黙って胸に額を押しつけていたチビが顔を上げる。眉尻を下げて、どこか辛そうだ。

 アレオンはその頭を撫でた。


「……背中の痛みは? 羽は戻ったのか?」

「うん……羽は戻ったからもう痛くない」

「魔力は?」

「だいぶ吸い取られたけど、まだ平気」

「そうか」


 長い会話をしている暇はない。

 それだけ確認をして、次に首輪を見る。


 やはり特上魔石で作った絶縁体は外されていた。

 ……その割には感情を封じられているはずのチビに表情があるように見えるが、アレオンの気のせいだろうか。


(……羽を取り戻したおかげで、術式の影響が薄れているのか?)


 何にせよ、チビをジアレイスと会わせないように気を付けないといけない。使役をされたら大変なことになる。


 アレオンはまずチビが奴らにすぐに『使われ』ないように、おそらくそのために必要なのであろう重要アイテムを探すことにした。

 奴が長らく求めていた、超稀少なアイテム。


 そう、ジアレイスが高純度のオリハルコンと引き替えに手に入れた、不老不死のドラゴンの肉だ。


 何に使うのか知らないが、あれを奪ってしまえばジアレイスの望みは潰える。父王が死に、ライネルが次代の王となる今、もはやその対価を揃えられる財力は残っていないはずだから。


(まあもちろん、奴が次を考える前に、俺がその首を落としてやるが)


 アレオンはそれを確実な未来にするために、腕にチビを抱えたまま、ドラゴンの肉を探して移動を始めた。


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