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【五年前の回想】ジアレイスの対価の宝箱

　地下は思いの外広かった。

　だが研究員が多く、中々思う通りには進めない。部屋数も多いせいで、その確認に時間が掛かるのがまた難儀だ。

　アレオンは若干イライラとしながら、それでも身を潜めながら慎重に進んだ。

　ここで見つかったら、とかく面倒なことになるのは間違いない。

　もちろん実力的にはジアレイスたちなんて歯牙にも掛けないが、アレオンが生きていた理由、ここに忍び込んだ理由、チビとの関係を知られた上で、チビたちを人質に取られると身動きが取れなくなる。

　それに、この結界を人間ならフリーで通れるようにした以上、冒険者に扮して外にいたアレオンたちが攻め込んで来る可能性はゼロではないのだ。

　何かしら、その対策をしている懸念もあった。

（さっき対価の宝箱で俺たちを消すアイテムが用意できなかったのは、おそらく見合う対価が準備できなかったからだ。だとすれば今は対価の軽い、別のもっと簡易なアイテムを用意している可能性がある）

　うぬぼれているわけではないが、ジアレイス程度の身体能力の人間がアレオンやカズサレベルの人間を殺そうと考えるのなら、間違いなく見合う対価は跳ね上がる。

　それならばその前段階、捕縛や状態異常をアイテムに頼り、処分は自分たちの手で、と考えていてもおかしくない。

　斬りかかったところを逆にアイテムで捕縛される、なんてこともありえるのだ。

（何にせよ、チビたちを脱出させる前にジアレイスとやり合うのは危険だ。とにかくまずはチビの居場所を見付けないと……）

　アレオンは人の気配だけを頼りに部屋を探し回った。

　おそらくこの結界のせいで無力化されているのだろう、半魔の気配が感じられないのが厄介だ。チビたちは今どうしているのか。

　そうしてそわそわと各部屋を忍んで回る途中、鍵を閉め忘れたのか少し扉が開いたままの小部屋に差し掛かる。

　アレオンは人の気配のないその部屋を一度通り過ぎようとして、しかしはたと足を止めた。

　その隙間から、ある物が見えたからだ。

（……これは……！）

　突然のことに息を呑み、周囲を警戒しながら部屋に滑り込む。

　そしてその物に近付いて、思わず目を見張った。

（ジアレイスの対価の宝箱……！）

　アイテムを取りだしたあとに急いでいて扉を閉め忘れたのか、それともまたアイテムを出しに来るから開けたままなのか。

　とにかくこれで、ジアレイスが対価の宝箱を使っていたのが確定した。まあ、言ってもこれは想定内だったのだが。

　けれど驚いたのは、その宝箱の色だった。

　アレオンが知っているのは白地に黒い金具の宝箱。だというのに、ここにあるのは形は全く同じでも、黒寄りのグレーだったのだ。

（俺のと何か違うのか……？　それとも……）

　宝箱の前でしばし困惑する。

　しかし不意に部屋の外に人の気配が近付いてきて、アレオンは急いで部屋の隅の書棚の陰に隠れた。

「……目を離した隙に外にいた冒険者どもが消えた？　もしや、陛下のところに……？」

「いえ、あちらにも何の攻撃も行っていないようです。本当にどこかに行ってしまったようで……」

「……不可解だな……。だがまあ、それなら今はいい。万が一のアイテムはあるし、今はこっちの方が重要だ。一応、外は継続して見張っていろ」

「かしこまりました」

　扉の外で会話をしているのは、ジアレイスと研究員だ。

　あれから結構時間が経っているが、ようやくアレオンたちが消えたことに気付いたらしい。

　まあ、それだけキイとクウが引っかき回してくれたということなのだろう。

　会話が終わると、研究員の足音が遠のいて行った。

　そして、ひとりになったジアレイスがアレオンの隠れている部屋に入ってくる。

（本来なら殺るチャンス……だが、今は駄目だ。慎重に行かないと）

　アレオンはもどかしく思いつつも、こっそりと男の様子を覗き込んだ。

　その手元に抱えている何かは、もしや対価の宝箱に支払う代償だろうか。

　ジアレイスは宝箱の前まで進むと、片手だけでぞんざいにその蓋を開けた。

「お待ちしておりました、ジアレイス様。ようやく例のアイテムの対価を揃えられたのですね」

　アレオンの時と同じく、中から妖精のような小さな女性が現れる。その顔も口ぶりも、全く同じだ。

　その姿を見たジアレイスは、不機嫌そうに手元の袋を差し出した。

「……ふん、ひとの足元を見おって。これでいいのだろう。高純度のオリハルコンだ」

「私は相応の対価を要求しているだけに過ぎません。応じるか応じないかは貴方様次第。決心なさったのでしたら、そのアイテムを宝箱へお入れ下さい」

　その言葉に従い、ジアレイスは眉根を寄せたまま宝箱にオリハルコンを入れて蓋をした。

（高純度のオリハルコン……。王宮でも中々手に入らない稀少品だ。金と地位に執着するこの男が、それでも身銭を切ってそれを揃えたとなると、余程重要なアイテムを望んでいるのか……？）

　アレオンが注意深く見る先で、妖精が宝箱をコンコンと叩く。

　そしてにわかにふわりと光った宝箱が落ち着くと、彼女はジアレイスを促した。

「では、蓋を開けて下さい、ジアレイス様」

　途端に不愉快そうな表情が消え、期待に満ちた様子でジアレイスが宝箱の蓋を開ける。

　そして両手をその中に突っ込むと、そのまま恭しくアイテムを頭上に掲げた。まるで、崇めるように。

「おお、これが待ち望んだ『不老不死のドラゴンの肉』！　これさえあれば……！」

　その手にあったのは、骨付きのドラゴン肉だった。

　見た目には分からないが、わざわざ対価を払って手に入れたということは、紛れもない不老不死の肉なのだろう。

　そういえば以前アレオンがドラゴンのゲート攻略をする際にキイとクウを同行させて、不老不死の肉を食べさせようとしていた事があった。だが、きっとそれよりもこちらの方が確実に手に入るということで、鞍替えしたに違いない。

　……それにしても、これだけ長い時間を掛けても手に入れたがったアイテム。一体何に使うのか。

　チビをさらったタイミングでと考えると、どうにも嫌な予感しかしない。

　そんなアレオンの視線の先で、ジアレイスは収納袋にアイテムを入れ、宝箱の蓋に手を掛けた。

　その顔に向かい、妖精もどきがにこりと微笑む。

「今回もお役に立てたようで光栄ですわ。またご用がございましたらおいで下さい」

「……まあ、また何かあったら来る」

　不遜げな態度でそう告げた男は、宝箱の蓋を閉めるとそのまま部屋を出て行ってしまった。

　再び部屋に静寂が訪れて、アレオンは静かに書棚の陰から出る。

　そして改めて宝箱を眺めると、眉間にしわを寄せた。

（……さっきより、宝箱の色が濃くなっている……）

　宝箱が光ったあと、明らかに対価の宝箱の黒が強くなったのだが、ジアレイスは気付いていないのだろうか。

　考えるに、おそらくこれも元々白い宝箱だったに違いない。それが使用するにつれて黒くなってきたのだ。もしかすると、これが対価の宝箱によるジアレイスの汚染度を表しているのかもしれない。

　今日だけですでに数回使用している様子だし、色の変化は顕著なはずだ。それでも気付かないということは、だいぶ洗脳されているということ。

（いずれは俺も……？）

　自分に当てはめて考えただけで、怖気が立つけれど。

（いや……俺のはまだ一回しか使ってないし、真っ白、なはず）

　チビを助け出すまで、あと数回くらいは大丈夫。

　誰にともなくそう主張して、アレオンはふいと対価の宝箱から目を背けると、その小部屋をあとにした。