兄、ネイを『もえす』に連れて行く
「あ、レオさんこんばんは。久しぶりですね。ちょうど今日から『もえす』再開なんですよ。いやあもう、休み中は死んだかと思うくらい寝ました。何かの深淵が見えそうだった」
「そういえば10日くらい休むと言っていたか……。無駄足にならなくて良かった」
休み明けのタイチは、十分な睡眠を取った後だからか、萌えを吐き出しきった後だからか、とても普通だった。
店に入った瞬間にさすがに若干引いていたネイも、人懐こい笑顔で挨拶をする。
「こんばんは、初めまして」
「こんばんは。……レオさんがユウトくん以外を連れてくるなんて珍しいですね。お友達ですか?」
「いえ、俺はレオさんの下僕です」
「ああ、下僕かあ。それは失礼しました」
……何ですんなり受け入れられてんだ。解せぬ。
「違う。こいつはストーカーだ。俺とは切り離して相手してくれ」
「あっ、酷い。でもあながち間違いじゃないから反論できない」
「ストーカーさんは、ウチに何かご用で?」
「すみません、ネイって呼んでもらえますか。俺は今回、ストーカーに最適な装備を作って欲しくて来たんです。バレずに追跡して、レオさんの恥ずかしい秘密を握れるような……」
「レオさん、憲兵呼びましょうか?」
「頼む」
「あっ、嘘、嘘。半分嘘」
「半分本当じゃねえか」
レオは渋い顔でネイを押し退けた。
「そっちのストーカーより俺のを先に頼む。実は先日硬い敵とやり合ったら、剣がこの通りでな」
腰に下げていた剣を鞘ごと引き抜き、カウンターの上に置く。
それを受け取ったタイチは、慎重に剣を鞘から引き抜いた。
「うわ、刃が欠けちゃってるね。よっぽど硬い相手と戦ったのかな。……刀身も少し曲がってる。これは打ち直すより、新しく作った方がいいよ」
「ああ。俺もそのつもりで来た。この先、鋼の剣では力不足だしな。取り急ぎ、物理攻撃特化の剣を作ってもらいたいんだ」
「物理攻撃特化……どの金属を使うかによっても違うからなあ。待ってて、姉貴を呼んでくる。そっちが専門だし。ついでにストーカーさんの装備も、デザインは姉貴が担当だしね」
タイチがカウンターの奥に消える。
とうとうミワのお出ましだ。レオのことはもう見慣れてしまっただろうし、今度はネイに萌えを吐き出しまくってくれればいい。そうなればこちらの心労も減る。
レオはそれを期待しながら彼女の登場を待った。
「おう、兄! 久しぶりだな! 相変わらずエロい腰回りしてんなコンチクショウ!」
現れて最初にセクハラ発言とは恐れ入る。
ほどなくして現れたミワに頭痛を感じながらも、レオはさりげなくネイの前からどけた。
思惑通り、ばちりと2人の視線が合う。
「こんばんは」
「おう、あんたが装備作りたいって奴か。兄の方を先に受けるから、ちょっと待っててくれ」
にこりと挨拶をしたネイに、何故かミワはごく普通に対応した。
……どういうことだ。
思わず怪訝な顔をする。
そんなレオを振り向いて、ミワは瞳を輝かせた。
「ようやく剣を作るそうだな、兄! あのデザイン性のかけらもない鋼の剣は、その格好に合わないとずっと思ってたんだよ! 見てろ、めっちゃ格好良くて萌える剣作ってやるからな! くうっ、その革手袋をはめた長い指にベストデザインの剣とか、想像しただけで滾る!」
待て、何故こっちにはそのテンション。解せぬ。
「……おい、何でその有り余る変態熱をあいつにぶつけないんだ」
「ん? あいつ?」
「そこの狐目だ」
ネイを指さすと、ミワは一旦そちらを見て、しかしすぐにレオに視線を戻した。
「だって私の好みのタイプじゃねえし」
「……何?」
「私は肩幅がっしりで腰が細い、軍服が似合うシュッとした男前に萌えるんだよ。んで脚が長くて指も長くて背が高くて……つーか、まんま兄じゃねえか! 理想すぎて怖いわ! 私の情熱に感銘を受けた神がもたらした萌えの化身だろ、知ってた!」
何だと……ミワの関心がネイに1ミリも向かないとは思いも寄らなかった。不覚。
「……この男の何が駄目なんだ?」
「ああ? だって身長も中途半端だしなあ。私と同じくらいだろ? 173センチ? 顔ももっとキリッとした感じがいい。腰は細いけど、撫で肩でがっしりにはほど遠いし。……まあ、何だ。完全なる萌え対象外」
「マジか……くっ、貴様、ふざけんなよ役立たずが!」
「え? 何で俺がディスられた上に切れられてんの?」
仕方がない、後はもう一刻も早く注文を済ませてしまうしかない。
不可解そうな顔をしているネイは放って、レオは剣作成の話に戻った。
「……ミワ、剣はどのくらいでできる?」
「鉱石は大体うちに在庫あるから、3日ももらえば十分だぜ」
「じゃあ頼む。重視するのは頑丈さ、切れ味。特殊効果の類いはいらない。属性が付くなら『断絶+』と『命中率+』で」
「重さは、軽い方がいいか? 断絶に重きを置くなら、それなりの重量はあった方がいいと思うが」
「そうだな、アダマンタイトとミスリルの配合を8:2くらいの、バスタードソードがいい」
「よし、任せろ。もちろんデザインは装備に合わせていいよな?」
「……まあ、いいだろう。……邪魔な装飾付けるなよ」
「大丈夫! ……あそこはああして、こうして……くくく……腕が鳴るぜ……!」
……何だか悪い顔をしている。
まあ腕だけは一流だから、実用性に欠けるものにはならないだろう。多少奇異な目で見られるくらいは仕方ない。この装備にもだいぶ慣れたし。
「じゃあ兄、金額とか細けえことはそっちでタイチと相談してくれ。んじゃ、今度はそこの狐目」
「あ、はい」
「脱げ。話はそれからだ」
「……脱ぐ?」
レオのオーダーが終わってネイの番になった。途端の脱衣指示。
そういえばルウドルトが来た時も、第一声はこれだったと言っていたか。
「鎧着てると身体のラインが分かんねえんだよ。イメージが湧かねえ。兄くらい好みの身体だと、透視能力が開眼したのかと自分で驚くくらいラインが見えんだけどな」
「あ、俺お姉さんの好みじゃなくて良かったかも」
「……嫌なことを聞いてしまった……」
ネイは安堵し、レオが顔を顰める。
「外すのは鎧だけでいいんでしょ? はい」
「おっ、脱ぐと結構筋肉付いてんだな。まあ、身体のバランスは悪くねえか……。どんなふうにしたいとか、希望はあるか?」
「スーツのレオさんと魔女っ子のユウトくんと一緒にいて違和感のない装備なら特に拘らないけど」
「スーツと魔女っ子が一緒にいること自体がすでに違和感だけどね」
タイチの突っ込みはもっともだ。多分そこに何が入ってきても違和感しかない。しかしミワは、ネイのリクエストに応えた。
「違和感がないって言ったら、黒衣だな。その体つき、隠密系だろ? ぴったりじゃね?」
「あー、それなら確かに何と合わせても違和感ない。姉貴天才」
「いやいやいや。待って。拘らないと言ってもそれはない。ちょっと、好みじゃないからって適当に言ってない?」
「狐目の身体が、私のインスピレーションを刺激しねえのよ。無」
「無って何。俺のこと軽くディスってるよね?」
すごくどうでもいい。
レオ的には早く帰りたいが、タイチがそっちの話に混ざって手が止まっているせいで、支払い手続きが終わらないのだ。
「タイチ。とっとと支払金額を出せ」
「おっと、はいはい。ちょっと待ってね」
コンコンとカウンターを叩いてタイチの視線を呼び戻す。すぐに計算を始めた男の隣で、ミワとネイはまたもめた。
「忍者どう、忍者。布がほぼ一種類ですむし」
「何、楽しようとしてんのよ! 真面目に考えて! とりあえず、役割的にはユウトくんの護衛メインなのよ。そういうのも加味して」
「あー。あの可愛こちゃん弟を守んのか。魔女っ子ヒロインを守る男……タキシードでも着ておく?」
「何でタキシード」
「何となく」
まだ話はまとまらなそうだ。
レオはようやく会計を済ませ、二人を見た。
「俺は帰る。精々話し合ってくれ。ミワ、3日後、剣を受け取りに来るから頼むぞ」
「おう、待ってろよ兄! すげえ剣を打ってやるからな! くうっ、去り際の広い背中と揺れる上衣の裾、完璧!」
「何なのその露骨な態度の違い! その1割でいいからこっちに情熱注げよ! あっ、レオさん、また明日! 俺はしばらくここで戦って帰ります!」
萌えられても萌えられなくても結局大変なようだ。いや、ノリノリで作ってもらえる分、萌えられた方がまだマシか。代わりにセクハラは酷いが。
まあ、どちらにしろネイならうまくやるだろう。
レオは気にせず帰途につく。
まずは何を措いても、今受けてきた精神的な疲れをユウトに癒してもらうために。




