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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【五年前の回想】アレオンのやるべきこと

「チビ!!」

「何、何? どうしたんですか?」


 目の前から子どもの姿が消えた。


 そのことに愕然として叫んだアレオンに、翌日の準備をしていたカズサが慌てて様子を見にやって来た。

 部屋をのぞき込み、きょろきょろと様子を窺うように見回す。

 カズサはそこでベッドの上にチビがいないのを見つけて、呆然と立ち尽くしているアレオンに怪訝な視線を向けた。


「……殿下、おチビちゃんは?」

「……消えた。……魔方陣が出て、引き込まれた……」


 混乱する思考で、かろうじてそれだけ告げる。

 しかし次の瞬間、アレオンは弾かれたように踵を返し、鎧に手を伸ばした。


「え、ちょっ、殿下! どこ行く気!?」

「……チビが連れ去られた先なんて、魔研以外ありえない! チビを取り戻しに行く!」

「いやいや、待って待って! 魔研突入の決行日は明日ですよ! 今動いたらライネル殿下の計画が全部パーになっちゃいますって!」

「そんなの俺の知ったことか!」


 アレオンがライネルの策に乗ったのは、全てチビのためだ。

 その根幹が揺らいだ今、もはや従う意味もない。


「せめて一日待って……あー、待てないかあ~……」

「……邪魔するなら殺す」


 アレオンは鎧とポーチを着けて、剣の置いてある武器棚の前にいるカズサを睨め付ける。

 そんなアレオンの様子に、カズサは思わず息を呑んだ。


「……っはあ~、久しぶりの本意気の殺気、鼻血出そうだわ……。分かりました、邪魔はしませんって」


 殺すというその言葉が冗談じゃないことを、理解しているのだろう。カズサはすぐに武器棚の前から避けた。

 そうして視界から消えれば、もうカズサのことは思考から外れる。

 アレオンの脳内はもはや、魔研に乗り込みチビを救い出すことだけでいっぱいだった。


 しかし剣を佩いて、いざ転移魔石で飛ぼうとした時。


「殿下、忘れ物ですよ。大事なチビちゃんのチューリップ」


 不意に声を掛けられて、はたと自分の胸ポケットを確認する。

 そういえば、さっきチビに渡そうと取りだして、受け取ってもらえずにベッドの上に置き去りにしてしまったのだった。


 振り返ると、カズサが隷属術式のお守りと、ウサギのぬいぐるみを持って立っていた。


「返せ」

「もちろん返しますけど、ちょっとこれでもモフって落ち着いて下さい」


 言いつつ、カズサはチューリップではなく、先にウサギを放ってよこす。

 本当ならこっちじゃないと叩き落とすところだが、それがチビのお気に入りで『自分の代わり』と言っていたぬいぐるみとなると話が違う。


 アレオンは険しい顔のままそのウサギを受け取った。


「……なんのつもりだ」

「邪魔はしません。でも、落ち着いて下さいって言ってるんです。そのまま突っ込んだら、逆におチビちゃんが危険にさらされますよ」

「チビが……?」

「殿下がおチビちゃんを救いに来たなんて知られたら、まず間違いなく人質にされるでしょ。攻撃を封じられて、そのあげく殿下に危機が迫って即死食らっちゃうような攻撃受けたら、おチビちゃんが身代わりになって死ぬわけですよ。バッドエンド不可避なんですけど」


 その想像できる予測に、アレオンはぐっと黙り込んだ。


 確かに、このまま身ひとつで突入するのはあまりにも無謀。

 防衛術式をキイとクウに破壊してもらうことができても、チビを人質にされてしまえばアレオンは何もできないのだ。


 アレオンは大きく舌打ちした。


「……だが、明日までなんて待ってられん」

「分かってますよ。だから一旦落ち着いて慎重に策を練ってからと言っているんです。……全く、殿下はおチビちゃんのことになると見境がなくなるんだから」


 呆れたように言うカズサに、アレオンは眉根をきつく寄せた。

 先ほどチビに言われた言葉を思い出したからだ。


「……俺がチビを護りたいと思うのは、俺の意思だ」

「そりゃそうでしょうけど……どうしました?」

「さっき……、チビに言われたんだ。俺がチビを護りたいと思うのは仕組まれた約束のせいで、俺の意思じゃないと」

「仕組まれた約束? それって?」

「……俺も分からん」


 今までチビを護れと強制されたことはないし、そんな約束をした覚えもない。全て、自分で護りたいと思うから護ってきただけだ。


 あの子どもは『あのとき』と言っていたけれど、過去に約束するどころか会った覚えもなかった。

 チビだって、初見の時はアレオンのことなんてまるで知らない様子だったのに。


(……そういえば、あのゲートで……)


 しかしふと、アレオンはいつかのゲートでのことを思い出した。


 チビが宝箱に誤って入ってしまい、アレオンが慌ててそれを助けに行った時のことだ。

 蓋を開けて見下ろしたチビに、アレオンはなぜか既視感を覚えた。そしてこちらを見上げるチビも、あの頃は無表情だったが、どこか様子がおかしかった。


 あの時、子どもの中で何か変化があったのだろうか。


(いつだったか、『ぼくを忘れないで』と言っていたこともあったな……)


 酷く矛盾をはらんでいる気もするが、とにかく何もかもよく分からない。

 まあ何にせよ、今この時、アレオンがチビを助けに行きたい気持ちに嘘偽りはないのだ。


「これが俺の意思じゃなかったら、俺の意思はどこにあるって言うんだ」

「そうですね。それ言ったら、おチビちゃんと会う前の殿下の方が、余程意思のない虚無状態でしたもんね」


 カズサの言う通り、以前のアレオンは生や世界に価値を感じない、徒に生きているだけの人間だった。

 そこに、チビと出会って共に生きたいと願う、意思を持った。


 それは確かにチビがもたらしたものではあるけれど、元々持ち得なかった意思を操られたとは思わない。言うなれば、あの子どものおかげで意思を取り戻したという感じだ。


「意思を操られる感覚っていうのは、チビに感じているものと全然違う。対価の宝箱のように……指摘をされると気付くし、とても不快な気分になるものだ」

「んー、まあ、どこに正解があるかなんて俺には皆目見当もつきませんけど」


 カズサは、アレオンの言葉に同意することも否定することもなく肩を竦める。

 そして、ただ事実だけを述べた。


「今確実に分かってることは、おチビちゃんを失ったら殿下がダメになっちゃうってことです。そうならないためにはおチビちゃんを護るしかないってことでしょ」

「……そう、だな。そういうことだ」


 そう言われてしまえば、アレオンの意思なんて関係なくやるしかないのだと吹っ切れる。

 約束とか、仕組まれているとかはどうでもいい。

 とにかくチビを助け出すことが肝心だ。


 そうして一旦話が治まると、ようやくカズサがチビの隷属術式をアレオンに差し出した。


「そうと決まれば殿下、とりあえず俺も行くから支度するまで10分だけ待って。まず魔研の手前の森にいるチャラ男から報告もらいましょう。魔研で何か術式を使ったのなら、あいつが感知しているはずです」

「……分かった」


 いくらか落ち着きを取り戻したアレオンは、ウサギを抱えたまま頷く。

 すぐに支度をしにカズサが自室に消えると、彼を待つ間にチューリップを胸ポケットにしまい、一応ウサギのぬいぐるみもポーチに入れた。

 今だけ、チビの代わりだ。


「チビ……待ってろよ」


 さっきの妙な話を問いただすのも、これからのことを考えるのも、まずはあの子どもを救い出してから。

 アレオンは急いた心を努めて抑えながら、大きく息を吐いた。


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