【五年前の回想】王宮丸裸作戦
王宮に掛けられている防衛術式を全部破壊する。
それは、術式が再構築されるまでの数ヶ月の間、王宮が丸裸になるということだ。
その間は転移魔石で侵入することもできるし、暗殺だってできてしまう。ほぼ王都の街中と同じ条件になるのだ。
もちろん父王を倒すには有効だが、同時にライネルの命だって保証できなくなる。これはまさに諸刃の剣だった。
おそらくは痺れを切らしたライネルの苦肉の策。
いっそ最終手段と言っていい。
その決断に、アレオンは感嘆した。
「さすがの勇断だな、兄貴。リスクはでかいが、これで事態は一気に動く。まあ、ルウドルトは良い顔しないだろうが」
「ルウドルトはライネル殿下が危険にさらされるのを嫌いますからね。それでも国自体が潰れてしまえば、ライネル殿下を国王にしたい彼の思惑も消えてしまいます。反対はしなかったようですよ」
「なら問題ないな。あいつがいりゃ、兄貴は大丈夫だろ」
ライネルには他にも、四人の有能な隠密がいる。
戦闘力の面でも頼りにはなるが、特に危険回避の真面目と、罠のスペシャリストのコレコレがいるのが大きい。
それにチャラ男の魔力探知能力とオネエの状況判断能力があれば、まず心配はいるまい。
「もう段取りは決まっているのか」
「まだ段取りというほどではないですけど、概要は決まってます」
これはどうやら、アレオンが死んだと見せかけて姿をくらますつもりだと知った時からライネルが考え始めた計画らしい。
「ライネル殿下は、まず王宮の防衛術式を完全停止させるそうです。その際、誰かが仕組んだと知れると警戒されるので、経年劣化による術式破綻という理由にするみたいですね」
「……わざわざ理由付けだと? 別に術式破壊してそのまま親父のこと殺しちまえばどうでもいいだろ」
「陛下だけその場で殺しても魔研が残っちゃうでしょ。そうなると陛下の弔い合戦として、半魔を使役して王都に攻め込んでくる可能性が高いんですよ。王都が戦場になってしまうのをライネル殿下は望んでませんから、それは駄目なんですって」
カズサのその言葉を聞いて、アレオンはふと首を傾げた。
「そういや、さっきも親父を王宮から追い出す的なことを言ってたな。術式を破壊した後、すぐに親父を殺すわけじゃないのか?」
「そうです。まずは陛下を王都の外に出す。まあ出すというか、王宮が安全な場所ではなくなるわけですから、陛下自ら勝手に出て行くでしょうけど。……さて、そこで重要になるのが陛下の移動先です。そこがどこか、お分かりになります?」
小心者の父王が、安全を求めて移動する場所。
そこはもちろん、王宮並のセキュリティが好ましい。
……とすると。
「魔研か」
「そういうことです」
頷いたカズサはテーブルに両肘をつき、組んだ指の上にあごを置いた。
「今まではアレオン殿下が出入りしてたんで、陛下って魔研に寄り付かなかったでしょ。だから王宮の防衛術式を消しても、ザインかジラックにある別邸に逃げ込まれる可能性が高かったんです。……でも今なら、間違いなく一番セキュリティの高い魔研に行きます」
「なるほど。親父とジアレイスがまとまってくれると俄然やりやすくなるな。魔研は街から独立しているから、他への影響も少ない」
魔研での父王の待遇がどうなるのか分からないが、それはアレオンたちが気にすることではない。
まあ、曲がりなりにも親友同士とうたっているのだから、閉め出されるようなことはないだろう。少なくともしばらくの間は滞在することになる。
そうなれば、話は簡単。後は攻め入るのみだ。
「魔研に攻め込めばキイとクウが内応してくれるから、防衛術式については問題ないものな。親父もさすがに魔研に滞在するのに大軍を引き連れては行かないだろうし、王位簒奪の絶好のチャンスだ」
「陛下が魔研に連れて行くのは腹心の部下だけでしょうね。親衛隊も兼ねている騎士団長とその直属の部隊、お気に入りの召使い等々かな」
「……となるとルウドルトは騎士団長補佐だから、王都に残った部隊を預かって居残りか」
「ま、ルウドルトは同行者から絶対外されるでしょ。そもそもライネル殿下の命令しか聞きませんし、陛下は彼の一族の仇ですからね。わざわざライネル殿下から引き離して連れて行くなんて、怖くてできないですよ」
「確かに」
とりあえず、その程度の戦力なら問題ない。
騎士団長とその直属の部下たちは、皆父王と関わりの深い貴族の息子ばかりだ。財力頼みで騎士学校を卒業し、コネで騎士団に入っているだけの実を伴わない部隊。
平和ボケした国王にはその真価など分からないのだろうけれど、よくそれだけで身を守れる気になれるものだ。
「その程度の想定なら、もう段取りとか考えずにやってしまった方が良くないか。楽勝で勝てる気がする」
「いやいや、おチビちゃんが心配だからってムチャ言わないで下さいよ。失敗したら全てが水の泡ですからね。陛下を取り巻く戦力は脆弱でも、ジアレイスの方がどうか分かりませんし」
「あそこの一番はキイとクウだぞ。それ以上の奴がいるわけがない」
「怖いのは半魔だけじゃないって、殿下も分かってるでしょ」
そう言われて、ぐっと押し黙る。
確定ではないものの、おそらくジアレイスには対価の宝箱という想定外があるのだ。何でも望みを叶える。欲望の宝箱。
それによって何が起こるのか、アレオンには予見することができない。けれど、だからこそできる段取りと対策はしておくべきか。
「……段取りの話は、いつしに行くんだ」
「まず根回しが終わってからですね。王宮の防衛術式の破壊なんて、そう簡単にはできませんから。あれは魔法研究機関管轄ですし、ルウドルト辺りが攻め込んでドカンってわけにもいかないでしょ」
「まあ、そんなことになったら大事だな。言い訳の経年劣化が聞いて呆れる」
「だから、魔法研究機関の者に上手くやってもらうんですよ。それならがっつり破壊するよりも証拠が残らないですし、幾分復旧が早く進みますしね」
魔法研究機関は完全実力主義。
父王の思惑は入り込んでいない。
キイとクウの父が所長を外された後も、研究機関内の別の人間が所長になっていた。
そんなコネとは無縁の真っ当な機関だから、当然だがここは圧倒的にライネル派が多い。
術式の完全停止は、彼らに頼めばどうにかなるだろう。
「他にも、王都に残った騎士団と憲兵を魔研に向かわせる必要があるでしょ。反国王派の精鋭を選抜しておかないといけないですし」
「憲兵もか。……イレーナが手を貸してくれるんだな」
「国のこの状況を憂いている人間はたくさんいますからね。その期待もあるから、ライネル殿下は失敗できないんです」
他人の期待など知ったことではないアレオンとは対照的な兄。
このクソみたいに自分勝手な一族の中に、よく生まれてくれたものだ。彼こそ王の器。
ライネルが王位をとれば、国は間違いなく良くなる。
「それらの根回しはすでに始まってるんで、後は段取りや準備にどれだけ掛かるかです。一応一週間したらまた王都に行くつもりですが」
「一週間か……」
チビのことを考えると長く感じるが、今は仕方がない。
何があっても自分が護れば良いのだし……最悪、対価の宝箱には対価の宝箱で対抗すればいいのだ。
ざわざわとした不安があると、対価の宝箱はすぐに思考の中に引っ張り出されてくる。
それでもこれまでは使わずに済んできたけれど。
(やはり全てが終わるまでは、あの宝箱を手放すことはできない……)
アレオンは自分に対して念を押すように、無意識にその思考を強めた。




