【五年前の回想】キイとクウと、最後の打ち合わせ
白い靄に包まれた死霊術士の目玉はすうっと移動をし、未だ耐え残ったドラウグの身体に取り憑いた。
おそらく本来の肉体を焼かれ、分離した魂の本体なのだろう。
それはすぐにドラウグの身体に吸い込まれていく。
そしてその身体の目玉となって、アレオンをぎょろりと睨んだ。なるほど、死体を渡り歩くとはこういうことか。
新たな肉体を手に入れたその死霊術士がドンと足下を踏みしめると、フロアにくすぶっていた炎が払われてしまう。
すると、使役の緩み掛かっていた敵の動きが、再び死霊術士を護るように統制された陣形を為した。
残った敵は死霊術士を含めて全部で七体。
魔法によるダメージは食っているが、さすがここまで生き残った(死んでるのにこの表現で合っているのだろうか)だけあって、防御力に優れた強者ばかりだった。
(ドラウグは良い鎧を着けているな……。ゴーレムも、魔法を通しにくい魔法鉱石製のものが残っている。このあたりはアンデッド特効よりも物理でごり押しした方が早いか)
アレオンはそう判断すると、素早く剣を抜き替える。
そしてちらりと上を見た。
上空に退避していたドラゴンが、静かに高度を下げてきている。上からアレオンと同時攻撃を掛けるつもりなのだ。
おそらく狙いは後方に位置するアダマンタイト製のゴーレム。
奴らを死霊術士の依り代にしないためには砕くしかなく、それには純粋にパワーが要る。キイとクウは、その仕事にアレオンよりも自分たちの方が適任だと心得ているのだ。
ならばこちらは、ドラウグに専念すれば良い。
ドラウグは人型アンデッド系の上位種であり、高ランクの冒険者と遜色ない特殊装備と戦闘力を持っているが、付け入る隙はある。
どんな名工が作っても手入れを怠った装備は劣化をしていくし、そこに大きなダメージが加わった後ならば尚更狙いやすいのだ。
アレオンは敵と対峙しながら、キイとクウが気付かれずに近寄れるぎりぎりのところまで待つ。直後、ゴーレムに向かって急降下した彼らと同時に、死霊術士が憑依しているドラウグを目がけて一瞬で踏み込んだ。
強力な装備は非常に高度な力分散、計算されたベクトルの誘導でダメージを処理・放散する。だからこそ、逆にちょっとした歪みが生じれば、受けたダメージが処理しきれずに全てそこに集中する。
新品のうちは良いが、その後の調整やメンテナンスができない者には慢心を招くだけの諸刃の剣なのだ。
さびの付いた傷、鎧の繋ぎ目のずれ、接合部分の剥離。
敵の装備はここまでの蓄積されたダメージで、すでにかなりバランスが欠けている。
アレオンはそこを狙って剣を振るった。
切り捨てる必要はない。
ただ渾身の力で刀身を打ち込み、ドラウグの鎧の歪みに大きな負荷を掛ける。
その胸当てに一撃加えれば、敵はたたらを踏んで僅かに後退した。
(……俺の攻撃を鎧が吸収したか)
普通の敵ならフロアの端まで吹き飛ぶところだが、さすが特殊装備。アレオンはそれに素直に感心する。
しかし、本来ならこちらの手元に幾らか戻ってくるはずの攻撃の跳ね返りがないことで、その鎧がだいぶ歪み、ダメージを外に逃がせずにいることを確信した。
そこに追撃を重ね、ついでに向かってくる周囲の他のドラウグの鎧の破壊も狙う。
そちらももちろんここまで生き残るほどの上等な鎧だが、死霊術士の憑いているドラウグほどではない。チビの魔法のダメージによってすでにガタガタになっていて、ほぼ一・二撃で鎧は形を為さなくなった。立て続けに二体三体とその防御力を削いでいく。
そしてとうとう死霊術士の憑いたドラウグも含めての鎧を破壊しきったところで、ゴーレムを倒したキイとクウがタイミング良く合流した。
「キイ、クウ! こいつらを焼き払え!」
憑依できる全ての死体を焼き払えば、もはや死霊術士に為す術はない。
ドラゴンに命じると、そのブレスは瞬く間に敵を飲み込んだ。
ごうごうと燃えるブレスの中、ドラウグの人影は塵と化していく。
最後の人影が消えたところでブレスの外にふらふらと目玉が逃げ出して来たけれど、それに気付いたドラゴンがぱくりとそれを食べてしまったところで、フロア奥の報酬部屋の鍵ががちゃりと開いた。
「よし、これでクリアだな。キイ、クウ、もう変化を解いていいぞ」
グレータードラゴンはまだもぐもぐしていたが、やがてぐにゃりと二つに分離して、それぞれの小ドラゴンの姿になった。
「お疲れ様でした、アレオン様」
「クウたちの融合変化が解ける前にクリアできたのはさすがです」
「まあ、チビに込めてもらった魔法が強力だったからな」
正直、アレオンたちがしたのはほぼ残党退治のようなものだ。
このゲートがアンデッド系だったせいで魔法の効きが良かったというのもあるだろうが、あの威力が全てだった。
「チビ様の魔法はすごかったです。地獄の業火の上位魔法でしたね」
「……お前たちは、あの魔法が何というか分かるのか?」
「あの魔法はおそらく『煉獄の浄火』ではないかと思います。もちろん見たのは初めてですが」
どうやらあの魔法は、浄化の炎の中でも最上位のものらしい。魔界の中でも支配階級の一握りの魔族にしか使えないという魔法。
なぜチビがそんな魔法を使えるのか知らないが、アレオンはそれ以上突っ込んで聞くこともしなかった。
あの子どもを自分の側に置くためには、知ってはいけない気がするからだ。
とりあえず残ったもう一つの上魔石をポーチの底に沈めて、アレオンは何でもないふりをして歩き出した。
「……さて、クリア報酬を取りに行こう。そこでこれからのことも少し示し合わせておかないといかん」
「ああ、そうですね。キイたちは今後、アレオン様が魔研を潰しにいらっしゃるまでお会いできませんから」
「クウたちがすべきことをご命令下さい」
「まあ、詳細を詰めすぎると臨機応変な対応が難しくなる。するのはざっくりとした指示だけだがな」
話しながらまずは報酬部屋に入り、宝箱を開ける。
アレオンが開けたから、相変わらず普通の上位アイテムばかりだ。
特殊効果はないが攻撃力の高い剣、80キロ分まで入る圧縮ポーチ、透明薬。まあこんなものか。
アレオンは、その中から剣を手に取った。
「普通に良い剣だな。ちょうど王宮から支給された剣は魔研行きになるし、今後はこれを使うか」
普通とはいえ、さすがにランクSSゲートのボスの宝箱だ、王宮支給の剣よりも質が良い。
今までは良い剣を手に入れても全て王宮で没収されていたが、これは自分のものにしていいだろう。
アレオンは腰に下げていた剣を鞘ごと抜き取って入れ替えると、それと古いポーチをキイたちに渡した。
「とりあえずこれがジアレイスに渡す、俺が死んだ証拠品な」
「かしこまりました。間違いなくお届けします」
「さて、これが届いたら奴らはどう動くのか……」
これからの父王とジアレイスの動きは、正直あまり読めない。その目的が未だにはっきりしないからだ。
ジアレイスが密かに自分の新興国樹立を狙っているのか、対価の宝箱とどれほどの取引をしているのかも分からない。
となれば、やはり大まかなことだけ決めて、子細な事柄はキイとクウに自分で判断して対応してもらう方がいいだろう。
彼らはその判断をするだけの知性と力を十分に持っている。
「とりあえず魔研に攻め込む時は、お前たちが居る時を狙う。俺たちが攻めて行ったら、お前たちの動けるタイミングで魔研の防衛術式の中枢を破壊してくれ」
「そこまでは以前言っていた計画通りですね。その後のキイたちは、内部で戦えばよろしいですか?」
「いや、多少の憂さ晴らしに暴れてもいいが、俺たちが突入したら離脱してくれ。兄貴たちが加勢に来た時に、敵か味方か判断が付かなくて攻撃される可能性があるからな。逃がせそうな半魔がいたら、一緒に引き連れていけ。残った者は全員討伐対象になる」
一般兵の中には、異形の者が味方にいることに不快感を覚える者もいる。彼らが差別的な扱いをされるのを避けるためにも、ここは双方で分かれた方が無難だ。
「かしこまりました。アレオン様、ではクウたちはその後どうすれば?」
「魔研から少し離れた森の泉のほとりに、洞窟があるのを知っているか? そこで待機していてくれ。お前たちの今後の生活用の金を入れたカードと、王都に入るための通行証を狐に届けさせる。そこからはもうお前たちは自由だ。好きに動いていい」
そう告げると、キイとクウは目を丸くした。
「……それだけですか?」
「クウたちはもっと働けますが」
「お前たちはこれまで十分働いてくれた。俺たちのために長いこと魔研で過ごさせてしまったしな。だからもう、あと少しだけ力を貸してもらえればそれでいい」
「アレオン様……!」
「お優しい心遣い、感謝です!」
「優しいわけじゃない。お前たちの働きに、相応に報いただけだ」
実際、彼らのおかげでアレオンはだいぶ助かっていた。
ゲートでの戦闘はもちろん、アレオンの知らない魔研の内部の構造や、人員配置の情報が得られたのだ。
これは突入時に必ず役に立つ。
そして、魔研内部からの防衛術式の破壊も、彼らにしかできない仕事。本当に、十分すぎるほどのお役だちっぷりなのだ。
「まあとにかく、肝心なのは魔研の防御術式の破壊だ。それさえ済ませば、後は何かイレギュラーがあっても臨機応変に動いていい」
「かしこまりました。想定外には、クウたち独自で判断をして動きますね」
その日に向けて、決めておくのはこれで十分。
(……あと少しだ)
時流の動き始める予感を抱きながら、アレオンはチビとの平和な未来に思いを馳せるのだった。




