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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【五年前の回想】敵を焼き尽くす全体魔法

 戻ったゲートの陰鬱な雰囲気は、先ほどまでの子どもといた空間とは全く違う。

 しかしその空気に触れれば、アレオンはすぐに戦闘モードに切り替わった。これはもう昔からの条件反射のようなものだ。


 すっかり臨戦態勢になったアレオンは竜人二人と合流すると、魔法の蛇口だけを回収して、立ったままボス戦の打ち合わせを始めた。


「アレオン様、チビ様から上魔石に魔法を込めて頂いたのですか?」

「ああ。魔法の名前は分からないんだが、全体魔法の強力なものだ。これを使う時は声を掛けるから、二人とも上空に退避してくれ」

「かしこまりました」


 頷いたキイとクウは、ぱたぱたと翼をはためかせた。


「それにしても、さすがチビ様。ボス戦ですのにアレオン様のためにわざわざ消費魔力の高い全体魔法を込めて下さったのですね」

「ボスが死霊術士かもしれないからでしょう。クウたちにとってもありがたいことです」


 そういえばボス戦だといったのに、チビが上魔石にためらいなく込めたのはあの全体魔法。

 単にチビが持っている中で一番威力が高い魔法なのだろうと思っていたが、考えてみれば別の単体魔法で良かったはずだ。

 しかし、キイとクウは全体魔法を歓迎している様子だった。


「……死霊術士戦は全体魔法の方がありがたいのか? まあ、死者を使役するんだろうから、複数人を同時に相手にすることにはなるんだろうが」


 アレオンはあいにく、単独でいる時に死霊術士と戦ったことがない。チビを連れている時に通常フロアで数度戦ったことはあるが、その時には全て彼が魔法で葬っていた。

 おかげでアレオン自身は、死霊術士との戦い方がよく分かっていないのだ。


 他の半霊魂のアンデッドと同じように考えていたけれど、少し違うのだろうか。

 そう訊ねたアレオンに、二人は説明をしてくれた。


「一般的に死霊術士は周囲にいる死者を蘇らせて使役するのですが、召喚士と違って一体ずつ呼び出すのではありません。範囲でまとめて術を掛けるので、一度に複数人を使役してくるんです」

「おそらくチビ様がその範囲をまとめて魔法で焼き払っていたので討伐が簡単に見えたでしょうが、本来はかなり面倒な敵なんですよ」


 なるほど、死霊術士だと一度に相手にする人数が多くなるということか。それがランクSSクラスのゲートのボスともなれば、だいぶ多くなるだろう。だからこその全体魔法。

 ……だが。


「……使役者の死霊術士を倒してしまえば、すぐに終わるんじゃないのか?」


 だとすればグレータードラゴンのブレスと、後はチビに単体魔法をもらえば十分だった気がするが。

 そう言うと、キイとクウがぶんぶんと首を振った。


「それが、そう簡単にはいかないのです」

「死霊術士は半霊魂……。ひとつ肉体を失っても、すぐに使役している別の死体に魂を移してしまうのです」

「うげ……それってつまりフロアに憑依可能な死体が存在する限り、死霊術士は死なずに延々と渡り歩くってことか……?」

「そういうことです」


 要するに、全ての死体を使役不能にしないと終わらないということだ。それも無作為に腕や首を落としたくらいでは意味がない。

 となれば、浄化の炎で全て消し炭にするのが一番早いわけだ。


「最初に死霊術士がボスだと言ったからな。だからチビは魔石に、わざわざこのデカい全体魔法を込めたのか……」


 ようやく得心が行ったアレオンは、帰ったらめちゃめちゃチビを褒めてやろうと決めた。


「おそらくここまでランクの高い死霊術士ともなれば、死体の使役範囲はフロア全体だと考えて間違いないと思います。だとすれば、チビ様が魔石に込めて下さった全体魔法はとても有効です」

「ただ、その辺に転がっているだけの死体では全体魔法の攻撃範疇に入りませんから、一度死霊術士に全員を使役させないといけません」


 死霊術士の戦闘の初動は死体使役から始まるが、多分最初は様子見で一部の死体しか使わないだろう。

 となると、まず使役する範囲を全体に広げさせるのが先決か。


「ある程度の範囲使役なら、お前たちのブレスで一網打尽にできるか?」

「ブレス耐性のある者以外でしたらいけます」

「それで問題ない。じゃあ、初動の敵はお前たちに任せる」


 そこを一気に叩いてしまえば、次は全体を動かしてくるだろう。一部ずつの使役では、対抗するアレオンたちの方が断然有利だからだ。


「死霊術士の使役範囲がフロア全体に広がったら、チビの全体魔法で一掃するぞ。……まあいくらか敵は残るだろうが、お前たちもいるし、俺も一応特効武器があるからどうとでもなる」


 この手の敵は頑強でクソほど体力のあるボスに比べれば、攻撃方法さえ当たれば早期決着が可能だ。

 使役死体の中には多少面倒な耐性を持つ者もいるだろうが、それは各個撃破すればいいこと。


 三人はそれだけを決めて、ボス部屋への階段を下ることにした。






 下ったボスフロアは、折り重なる死体の山がフロアの中央を囲むように配置されていた。


 その種族は様々で、魔族やゴーレムのものまである。想像していたよりずっと多く、これが一度に襲ってきたら最高難度のカプセルフロアのようなものだろう。


「アレオン様、使役と言えども魔族はドレイン系を所持していますので気を付けて」

「お前たちもドラウグやスケルトンの弓と剣に気を付けろ。ドラゴン特効が付いてるものもあるからな」


 この薄暗い中でぱっと見ただけでも難敵が多いのが分かる。

 その配置をざっと確認しながら、アレオンはフロアの中央に近付いた。


「……キイ、クウ。先に変化をしておけ」

「「了解しました、アレオン様」」


 声を掛けると、竜人二人はグレータードラゴンへと変化する。

 アレオンもアンデッド特効の剣を右手に持ち、左手にチビの魔法の入った上魔石を準備した。


 そのまま数歩、前へ出る。

 そしてフロアの中央の円に入った途端、周囲の燭台に灯が点った。


「来るぞ」


 アレオンが小さく呟いたのとほぼ同時。

 少し離れた前方の死体の山の上に、暗闇から現れた死霊術士が降り立った。


 骨と皮だけのような身体に黒いローブを纏っている。

 胸元には髑髏の首飾りを着け、いかにもという感じだ。ぎょろりとした眼球がやけに目立つ。

 その身体からは淀んだ魔力の澱のような白い靄が出ていて、周囲に薄い粒子を飛ばしているようだった。


 そんな死霊術士が両手を挙げて何かを唱えると、その足元の死体がもそりと動き出す。思った通り、まずは一部の使役で様子を見るらしい。アレオンは一応周囲も警戒しつつ身構えた。


 敵の動きが緩慢だ、と思ったのは一瞬。

 次の瞬間には、四足歩行の魔獣の死体が数体飛び掛かってきた。

 しかしこれは想定内。慌てるほどではない。

 アレオンは冷静にキイとクウに指示を出した。


「キイクウ、やれ!」


 その一声で中空に舞い上がったドラゴンは、炎のブレスを吐く。

 彼らは翼竜の時とは違うその威力で、死霊術士の足元の敵を一気に焼き払った。


 攻撃の中心からは外れていた死霊術士が、すぐに靄に乗って移動をし、別の死体の山に降り立つ。

 その時にはすでに、最初に敵がいた場所は消し炭になっていた。


(さすが高位竜族のグレータードラゴン、多少の耐性持ちなんてものともしないな)


 敵の何体かはブレスに耐えきるかと思ったけれど、杞憂だった。

 これならチビの全体魔法を生き残った敵も、彼らが片付けてくれるだろう。


 アレオンは移動をした敵に向き直る。

 すると今度は両手を上げた死霊術士が、フロア全体に響く金切り声で術を詠唱した。


「くっ……これは……!」


 アレオンにも感じられるほど大きい、地の底から揺り動かされるような魔力のうねり。

 それが、フロア全ての死体を揺り起こす。


 規模的には、カプセルフロアよりも大きいかもしれない。

 折り重なっていた死体が起き上がり、アレオンとドラゴンを取り囲んでいく。


 これは到底範囲攻撃では対応しきれない。

 改めて左手の中にある、チビの持たせてくれた全体魔法のありがたみを実感する。


 アレオンはタイミングをじっと待ち、フロア全ての敵に術が行き渡ったことを確認して、ようやく上魔石を掲げた。


「キイクウ、退避!」


 合図でドラゴンが上空に避難する。

 その動きにつられて敵が動き出すより先に、アレオンは魔石の魔法を解放した。


「焼き尽くせ!」


 チビが名を与えなかった魔法は、アレオンの意思に従って発動する。

 大きな炎がとぐろを巻き、アレオンを中心にして放射線状に爆発的に広がった。炎の起こす風は嵐のように吹き荒れ、全ての魔物を飲み込む。


 久しぶりに見たが、相変わらずすごい威力だ。……いや、前回よりも威力が増しているような気すらする。

 見た目は小さいままであまり成長していないチビだが、その魔力は明らかに上がっているのだ。


 おまけに前回は制御不能アウトオブコントロールで最大出力だった威力が、今は通常で出せているということ。それも二回分。


 アレオンは業火に包まれる周囲を見ながら、ひどく空恐ろしい気持ちになった。

 チビに対してではなく、これだけの魔力を持つ子どもをアレオンから取り上げる者が現れるかもしれないということにだ。


 何者でもない、ただの子どもでいて欲しいと思うのに、こうしてその特異性を目の当たりにすると、恐ろしくなる。

 自分以外の誰の特別にもなって欲しくないのに。


 そんな気持ちを落ち着かせてくれるのは、唯一、これだけ。

 アレオンは無意識に、胸ポケットの上からチューリップのお守りを撫でて、静かに息を吐いた。


 それだけで幾分冷静になり、すぐに気を取り直して周囲の気配を探る。アレオンはまだ気を逸らしている場合ではないのだと、自分を縛めた。


 しかしこうしている間にも、敵の数はだいぶ減ったようだ。

 燃やすべきものがなくなってきた炎は次第に威力を弱め、ちろちろと下火になって消えていく。

 未だに炎に炙られて残っているのは数体。魔法鉱石製のゴーレムと、上位強化装備の戦士系ドラウグ。

 それから死霊術士の目玉だった。


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