【五年前の回想】灼熱のフロアを行くために
帰らずの洞窟に移動すると、アレオンは犬耳を着けて監視者たちを急襲した。
二人の監視者はゲートの方ばかりを気にして、外からの侵入者に気付かなかったらしい。慌てた男たちがアレオンに対して剣を抜こうとしたが、その暇も与えずに伸してやった。
それから荷物を野犬らしく引き摺るように散らかして、最後に食料目当てを装って干し肉一袋を頂いていく。
これで擬装は万全だ。
アレオンはゲートに入ると、そこでようやく犬耳を取った。
(今回は上手くいったな。次は警戒されるだろうから、二度は使えないが)
まあ、次は次で別の手を考えれば良い。
犬耳をポーチにしまって、アレオンは60階に繋がる移動方陣に乗る。ここからはまた戦い続きだ。
(これからの三日間で100階を踏破できればよしとしよう)
ランクSSのゲートの深さは100階から150階。100階あたりで一度帰って転移魔石を受け取って来れれば、後は一気に攻略してしまえる。
そう算段をつけ、アレオンは方陣を発動した。
「お帰りなさい、アレオン様」
60階に着くと、竜人二人が律儀に出迎えてくれた。
「ちゃんと身体を休めたか、二人とも?」
「はい、キイは万全です」
「クウも体力魔力、満タンですよ」
「それは何よりだ」
このゲートは何と言っても二人が頼り。
頼もしい返事に、アレオンは頷いた。
「ではここからは三日間で100階超えを目指すぞ。できれば一日15階は進みたい」
「ここまで一日20階のノルマをこなして来たのですから問題ありません」
「まっすぐ下る事だけを考えれば、特に難しくないかと」
「まあ、確かにそうだな。フロア環境と100階で当たる中ボスがどんな奴かで多少進み具合が前後する程度か」
三人とも気力も体力も十分だ。
このまま進めるだけ突き進もう。
……と思っていたのだが。
「……くっそ暑い……」
「まさか下層が灼熱フロアだとは思いませんでした。アレオン様、あちこちから溶岩が吹き出していますので気を付けて」
ゲートの80階を超えた辺りから周囲は溶岩洞窟のような景色になり、その場にいるだけで皮膚はじりじりと焼かれるようだった。
どうにか溶岩を遠巻きに歩くのだが、敵がいちいちその中から飛び出してきて、熱々の状態で近付いてくるから質が悪い。
ずっと溶岩に浸かっていて、こいつらの身体は切ったらそのままステーキになるくらい火が通っているんじゃなかろうか。虫ばかりで食う気にはならないけれど。
「……霊魂や不死人系が減ったのはありがたいが、これはこれでキツいな……。まさか下層がこんな環境フロアだとは思いもしなかった」
「ここにいる虫たちは屍肉にたかるワーム系の魔物です。炎のブレスが効かないのでキイとしてはやりづらい相手ですね。確かかなり大きなアンデッド系の魔物がいる場所にしか現れないはずですが」
「おそらく、次の中ボスがビッグサイズなのでしょう。溶岩にまみれて平気なアンデッドとなると、クウが思うにドラゴンゾンビなのではないかと」
「ドラゴンゾンビか……!」
アンデッド系は普通炎に弱いが、もちろん例外もいる。
その筆頭がドラゴンゾンビだ。
「身体自体は骨と鱗と屍肉でできているのですが、厄介なのがその身体の中に入り込んだワームが一体化して攻撃してくるところです。ドラゴンゾンビの大きさにもよりますが、10体くらい同時に相手をする覚悟はいりますね」
「奴らは溶岩を吐いてきますので、被らないようにお気を付けて」
ドラゴンゾンビ本体の他に、ワーム10体……。考えただけで面倒臭い。
本来中ボスフロアには本体しかいないはずだが、奴らは一体化した状態でひとつと換算されるのだろう。
全くゲートのルールめ、そんな融通を利かせなくていいものを。
「キイは溶岩を被ってもどうってことないんだろう?」
「はい、キイは平気です。ただ、敵と同属性なので攻撃の効きはかなり悪いです。戦力的には通常攻撃でしか援護できませんのでご了承下さい」
「分かった。じゃあ、クウの方は?」
「普通にここにいる分には平気ですが、溶岩を被るとさすがにダメージを負います。ただ、キイと違ってブレスの攻撃は効きますので、体力を削る要員にはなれるかと」
属性が真逆の二人。ここではセットで動いてもらった方がいいか。
「じゃあお前たちは一緒に行動して、キイが盾になりクウが攻撃する形で動いてくれ」
「かしこまりました」
「アレオン様は?」
「ドラゴンゾンビと戦うなら、ドラゴンキラーが効くはずだ。俺は単独で直接本体を狙う」
敵の攻撃云々より、暑さでやられる前に終わらせるにはそれが一番早い。アレオンは多少のやけどは覚悟するしかなかった。
「……さて、灼熱フロアで休息を取っても消耗するだけだから、このまま一気に100階まで向かうぞ」
日付を跨いでの連戦になるが仕方がない。
以前はよくやっていたことだし、竜人二人も特に毎日休憩が要るような体力ではないから問題はないだろう。
そして100階をクリアしたら、一旦チビのところに帰って癒やされるのだ。
そう考えて進もうとしたアレオンに、なぜかキイとクウが制止をした。
「お待ち下さい、アレオン様」
「そのままの格好でお進みになるつもりですか?」
「……そのままの格好も何も、これ以外の装備は持っていないが」
あまりの暑さに鎧の腹当て部分は取っ払い、すね当ても外してしまっているが、これは仕方がないと思う。
しかし、二人はそうではないのだと首を振った。
「いえ、アレオン様はもっと最適な装備をお持ちですよ」
「せっかくチビ様が持たせてくれたものがあるではないですか」
「……チビが? ……おい、お前たちの言うのはもしかして……」
「「ウサギのぬいぐるみです」」
やっぱりか。
上手にハモられて、アレオンは盛大に顔を顰めた。
「……ブランケットを被って行けって?」
「そっちじゃありません。装備ですよ、アレオン様。あのウサギのガワは伸縮性に優れ、アレオン様の身体でもジャストフィットします」
その姿を自分で想像しかけて、すぐに脳が拒絶する。
何の辱めだ、それは。
「無理無理無理、無理に決まってんだろ! あほか、俺があんなもん着れるか!」
「いえ、アレオン様。あんな優秀な装備を今着ない方があほです」
「あのウサギは最高クラスの耐寒・耐熱の付いたアイテムですよ。溶岩に入っても一時間は耐える優れものです」
「そ、それは分かってるが!」
性能の問題ではなく、アレオンの矜持の問題だ。
激しい拒否反応を示すアレオンに、しかしキイとクウは全く引かず冷静に説得した。
「アレオン様、ドラゴンゾンビが暴れて足場を崩されたら、溶岩にドボンして一巻の終わりですよ?」
「アレオン様が死んだら、お帰りを待っているチビ様がどれだけお嘆きになることか」
「うぐっ……」
それを言われると弱い。
彼らは知らないが、そんな一撃で死ぬような状況だと、隷属術式の影響でチビが身代わりで死んでしまうのだ。
そんなこと、許されるわけがない。
「どうせアレオン様がウサギの着ぐるみを着た姿を見るのは、キイたちだけですよ?」
「クウたちは他言はしませんし、着たところで100階までの辛抱です」
「うぐぐぅ……!」
立て続けに説得されて、反論の余地を失ったアレオンの矜持は結局ウサギにぽっきりと折られた。
やはりチビの命には代えられない。
「……分かった、着る。着るが……誰にも言うなよ」
「もちろんです。ご心配なく」
「どうせ言う相手もおりませんし」
「……それもそうか」
チビかカズサがいなければ、二人がこのことを話す相手などいない。ジアレイスたちは未だに彼らが話せることを知らないし、そんな話をするわけもないのだ。
それにひとまず安心して、だがだいぶ億劫な気持ちで、アレオンはウサギの着ぐるみを取りだした。




