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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【五年前の回想】ザインで夕食を

 アレオンたちは一日20階をノルマにゲートを下っていき、60階でちょうど中ボスを倒した。


 最低限の敵としか戦わず、キイとクウからのフォローもあるおかげで、ここまではそこそこ順調だ。

 特筆すべきアイテムを手に入れることはないが、それでも高ランクの素材やドロップ品は良い金になる。竜人二人の生活費に充てる程度なら十分すぎるほどだ。


「よし、一旦ゲートを出るか。ちょうど三日目だし、ポーチくらいは準備ができてるだろ」

「そうですね、チビ様がお待ちですからね」

「アレオン様も朝からうきうきしていらっしゃいましたし。微笑ましいです」


 ……ポーチの話をしたはずなのに、キイとクウの返しがおかしい。解せぬ。


「でもアレオン様、このまま出てしまうと監視者たちに見つかってしまいます。ゲートの中から直接転移はできませんし、どうなさるおつもりですか? 何か考えがあるとおっしゃってましたが」

「……ああ、それな」


 クウからの指摘に、アレオンは頷いた。

 そう、自分には秘策があるのだ。

 ただ、一人だと対応が少し難しい。

 となれば、今のアレオンが頼るのは彼らしかいない。


「お前たちに手伝って欲しいことがある」

「キイたちにできることなら喜んで」

「クウたちは何をすれば?」

「ゲートを出たらすぐに、監視の奴らを取っ捕まえてくれ」


 その言葉に、竜人は怪訝そうに首を傾げた。


「彼らに危害を加えると、アレオン様の死んだふり計画が駄目になってしまうのでは……?」

「別に襲って殺すわけじゃねえ。捕まえて一時的に身動きが取れないようにしてくれりゃ、それでいい。……後はこれがあるからな」


 アレオンはそう言いつつ、ポーチを探って目当ての薬瓶を取りだす。これは先日チビが開けた宝箱から手に入れた、特殊な薬だった。


「アレオン様、この薬は?」

「一滴口に含ませるだけで、直近一時間の記憶がなくなる薬だ。これを奴らに飲ませる」


 この薬、隠密のカズサはまだしもアレオンにとってはさほど使い道がないと思っていたけれど、いやいやどうして、確かに役に立つ。さすがチビが引き当てたアイテムだ。


「なるほど、アレオン様がゲートを出たという記憶自体を彼らから消してしまうのですね! それなら報告される心配もありません」

「その後、俺はザインの拠点に飛ぶ。お前たちはどうする?」

「ではキイたちは、再びここに戻ってアレオン様をお待ちしています」

「そうですね。中ボスフロアは他の敵もいませんから、クウたちはのんびりアレオン様のお帰りを待てます。地上にいることがジアレイスたちにバレたら面倒ですし」

「そうか」


 キイとクウの使役の首輪にも、まず間違いなく探知のフックが掛かっている。

 使役できている(と思っている)二人の位置を、探知魔法を掛けてわざわざ探る可能性は低いだろうとは思うが、アレオンが同行しているうちは全くないとは限らない。

 彼らはそれを警戒しているのだ。


 やはり彼らはよく考えている。状況もよく見ている。

 改めて思うが、この二人も殺されてしまったその父も、もしもライネルの施政下だったなら、きっとかなり重用されていたに違いない。

 この二年彼らの過去を調べ、その有能さは疑いようもなかった。


 だが、その家にあった文献や研究資料が、未だに見つからないことが気に掛かる。

 有能だったからこそ、正義感があったからこそ、排除された一族。


 彼らはいったい、どんな情報を持っていたのだろう。

 気になるけれど、それを彼らに訊ねるのは酷だし、無駄でもある。

 とりあえず今はその研究資料をどうにか探し出すのが、一番手っ取り早かった。


 何にせよ、まずはアレオンが父王と魔研の縛りから逃れ、自由に動けるようになってからだ。


「……では、一旦ゲートを出るぞ。奴らが隠れる岩場は一カ所。出たらすぐそこに向かってくれ」

「お任せ下さい」

「了解です」


 三人は示し合わせると、フロアの脱出方陣へ向かった。






 ゲートから突然現れて急襲したアレオンたちに、油断していた監視者たちは対応できずにあっさりと捕まった。

 その口に薬を一滴ずつ垂らして記憶を奪うと、昏倒した監視者二人をさも居眠りしてしまったふうに配置する。


 これで目を覚ました時には、自分たちが監視中に寝落ちしてしまったとしか思わないだろう。

 アレオンはそうして手回しを終えると、キイとクウを振り返った。


「じゃあ、俺はザインに行ってくる。明日の朝には戻るから、それまでゆっくりしていろ」

「はい。アレオン様もごゆっくり」

「お戻りの際はひとりで大丈夫です?」

「まあゲートから出る時と違って、戻ってくる時は奴らに気付かれないように様子を見ながら近づけるからな。ひとりでもどうにかなるだろ」


 魔物を一匹この洞窟に誘導してきて、こいつらに対応させている間にでもゲートに入ってしまえば気付かれまい。

 やりようはいくらでもある。


 アレオンとしてはチビに癒やされるためならそんな手間、どうということもないのだ。


 この時間なら一緒に夕飯の席に着けるはず。

 そっちの方が余程重要だと考えながら、アレオンは転移魔石を取りだした。






「戻ったぞ」

「お兄ちゃん! お帰りなさい!」


 拠点のリビングに転移すると、夕飯のカトラリーの準備を手伝っていたらしいチビが出迎えてくれた。

 そしてすぐにカズサのいるキッチンに飛び込んでいく。


「きつねさん、お兄ちゃんが帰ってきたよ!」

「あー、はいはい。今日三日目だもんね、戻って来ると思って夕食三人分用意してるよ。じゃあおチビちゃん、殿下の分もカトラリー出してあげて」

「うん!」


 再びキッチンから出てきたチビは、アレオンのカトラリーを自分の隣の席に揃え、マグカップを取りにまたキッチンに戻る。

 アレオンはその間に手洗いとうがいをしに洗面所に向かった。


 その途中、マントを外して玄関口のポールハンガーに掛ける。

 ついでに鎧も脱いで棚に置き、ブーツも履き替えた。そして剣を廊下の武器棚に立てかければ、すっかり日常モードだ。


 腰にポーチだけ下げたまま手洗いうがいを済ますと、アレオンはリラックスした気分でリビングに戻る。


 するとすでにテーブルには料理が並んでおり、チビが足をぱたぱたさせながらアレオンを待っていた。

 もちろん向かいにカズサもいる。


「お疲れ様です、殿下。おなか空いてるでしょ。さ、まずは夕食といきましょう。……色々報告はありますが、それは後ほど」

「お兄ちゃん、座って。……では、いただきます!」

「はいはい、召し上がれ」


 アレオンが来るまで律儀に待っていたチビは、いつものように手を合わせた。それにカズサが答えて、すぐに食事が始まる。

 喉の渇いていたアレオンが最初に麦茶を一気にあおると、チビがポットを取ってすぐに隣から二杯目を注いでくれた。


 こうしたチビのいつもと変わらぬ様子は、アレオンを安心させてくれる。


「チビ、俺がいない間、何も問題なかったか?」

「うん。お留守番もちゃんとできたよ」

「そうか」


 にこにこと答えるチビに和んでいると、なぜか向かいのカズサが微妙な顔をした。


「……問題ないと、いいんだけどね……」

「何だ、その顔は」

「いえ、ちょっと。……込み入ったご報告は後ほど。それより、ゲート攻略の進捗はいかがですか」


 カズサがあからさまに話題を変えたが、アレオンもすぐにチビがいるとできない話なのだろうと理解する。

 まあ後で報告をすると言うのだから、今追求することもあるまい。

 アレオンはそのまま話に乗ることにした。


「キイとクウがいるおかげで何とか予定通り進めている。あそこのゲート自体が何階まであるのか分からんが、この次にもう一回戻ってきた後はクリアするまで帰らんつもりだから、三日後までに転移魔石を準備しておけ」

「となると、明日か明後日には王都に取りに行かないとですね。またおチビちゃんに留守番させることになっちゃうなあ……」

「ぼく、次もちゃんとお留守番できるよ?」

「いや、まあ、そうなんだけどね……」


 カズサはちょっと困ったように笑う。

 やはり何かあったようだ。おそらくチビの留守番中に、カズサが戸惑うような何かが。

 子どもの様子を見る限りでは悪いことがあった感じではないが、明言できないのなら、これも後の報告待ちか。


 アレオンは再び話題を逸らした。


「……ポーチの準備はどうした?」

「ああ、そちらはもうできてます。明日の朝に渡しますね」

「こっちに入れてる劣化防止BOXや魔法の蛇口なんかは、そちらに移さないといけないな」

「ぼくのうさぎさんも忘れないでね」

「ああ、もちろん」


 大事な、チビの代わり。これは絶対移し忘れるわけがない。

 当然だとばかりに頷いてその頭を撫でると、チビは満足げに微笑んだ。


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