【五年前の回想】暗殺計画を逆手に取る
帰らずの洞窟の周囲にいる魔物は、どうやらランクS級のようだった。
雑魚がこれということは、おそらくゲートはランクSS。
状態異常系の特殊攻撃を仕掛けてくる敵が多くて厄介だが、今回のように対応策を取り特効武器を持っていれば、体力がっつりの物理一辺倒の敵よりも時間は取られない。
まあ、痛し痒しといったところか。
アレオンたちは三日掛けて余裕を持って敵を倒し、野営をしながら監視者を待つ。
周辺だけでなく地中に向かって伸びる洞窟にも入り、ゲートの手前まで魔物を一掃しておけば後は問題ない。アレオンは一旦特効武器やヘアピンをポーチにしまってテントを張り、たき火を焚いた。
「そろそろ監視の者が来る頃でしょうか」
「おそらくな。方角や目印は事前に聞いてるだろうし、魔研が途中で他の魔物にやられるような人間を送り込んでこないだろう」
「その者たちがここに来たら、いつまで泳がせておくのですか?」
「一応そのまま生かしておくつもりだ。お前たちが最後に剣とポーチを持ってゲートを出て行くところまで見届けてもらう」
まあ、アレオンたちが殺さなかったところで魔研に戻ったら口封じされるだろうが、それは知ったことではない。
監視者には都合良く働いてもらうだけだ。
「アレオン様は三日に一度くらい、チビ様のところにお戻りになるのですよね? 途中でゲートを出るのを報告されてしまいませんか?」
「きっと彼らは書簡転移ボックスで、魔研に一日一回の報告を入れるはず……。その日のうちにバレて行き先を探られますよ」
「その辺は一応考えてる。監視者の気配は二人だけだったし、この洞窟の出口は一つ……。お前たちが手伝ってくれればどうにかなる」
アレオンはそう言うと、たき火から一本薪を拾ってたいまつ代わりにし、洞窟の中を調べ始めた。
監視者たちが身を潜められる場所を確認するためだ。
こうしてみると、洞窟内にはいくつか手頃な岩陰がある。
そのうちの一番ゲートに近い壁際にある岩陰が、スペース的にも場所的にも隠れてもらうには丁度良い。
よし、ここにしよう。
アレオンは竜人二人を振り返った。
「キイ、クウ。ここ以外の岩場を、人が隠れられない程度に崩してくれ。監視者たちにはこの岩陰に隠れてもらう」
「了解しました」
キイとクウは少し不思議そうにしつつも、アレオンの指示に従い岩を崩していく。
姿は小ドラゴンだが力は人間よりも遙かに強く、二人はあっという間に不要な岩陰を消してしまった。
「よし、ご苦労だった。とりあえずここまでで今日は休もう。……今夜辺り監視者が来てそこに潜むかもしれん。明かりが点いていると寄り付きづらいだろうから、このままたき火を放置して消してしまうが、いいか?」
「キイたちは暗闇でも目が利きますので問題ありません」
二人はこくりと頷いた。
「クウたちはここでアレオン様のテントの見張りをしております。……ここに来てから三日たっておりますし、今日はテントの中からチビ様のところへ飛ばれるのでしょう?」
「……分かってたのか。悪いな、明日の朝には戻る」
「お気になさらず。チビ様によろしくお伝え下さい」
……こちらから切り出す前に、思惑をクウに指摘されてしまった。
そう、アレオンは最初から、ここで一旦チビのところに行くつもりだったのだ。
テントの中から飛んで、向こうからもテントの中に戻ってくれば、外からは分からない。監視者もキイとクウがいるうちはテントまで近寄ってこないだろうし、都合が良かったのだ。
「すまんが、行ってくる。後は頼む」
「はい、いってらっしゃいませ」
何だか微笑ましげに見送られて、少しこそばゆい気持ちでテントに入り、入り口を閉じる。
まあとりあえず、ありがたくザインに行かせてもらおう。
アレオンはいそいそと転移魔石をポーチから取り出すと、チビの待つザインの拠点に転移した。
「わあ! お兄ちゃん、お帰りなさい!」
「ああ、ただいま」
拠点のリビングに飛ぶと、ちょうど目の前にいたチビが腰に抱きついてきた。その頭をさらさらと撫でる。
するとキッチンの方で主の来訪に気が付いたカズサが、エプロンをしたまま顔を出した。
「あ、殿下、お帰りなさい。俺たちちょうど食事終わっちゃったんですけど、残り物で良かったら食べます?」
「食う」
「了解」
野営では自分だけの食事の用意をするのが面倒で、干し肉しか囓っていない。おかげで街に戻った時は、やはりちゃんとした飯が食いたくなる。
カズサもそれが分かっているようで、すぐに請け合った。
こうして考えると、三日に一度戻ってくるというのは、精神的にも肉体的にも食事的にもちょうどいいのかもしれない。
「殿下、追加で少し何か作りますから、先におチビちゃんとお風呂入って来て下さい」
「ああ。行くぞ、チビ」
「うん」
じゃれつく子どもを抱き上げて、風呂場に向かう。
自分のこととなると面倒臭くて仕方がないのに、チビの頭を洗ったり背中を洗ったり、そういう世話は全く苦じゃないのが不思議だ。
湯船から上がってほこほこと湯気を立てる子どもの髪の毛を丁寧に拭いてやると、アレオンは再びリビングに向かった。
チビも部屋には行かず、一緒にリビングにやってくる。
起きている間はアレオンと一緒にいるつもりなのだろう。
アレオンがすでに食事の準備がしてあるテーブルの椅子に座って勝手に食べ始めると、子どもも隣にちょこんと座った。
「今はゲート攻略中だからエールは飲まないですよね。麦茶どうぞ。はい、おチビちゃんも」
「ありがとう、きつねさん」
キッチンから飲み物を持ってやってきたカズサは、アレオンの正面に座る。
そうして三人が揃ったところで、アレオンは食事をしながら話を切り出した。
「今、俺はキイとクウを連れて、帰らずの洞窟の探索に行ってる」
「うわ、殿下が一番相性悪いとこだ。じゃあ、ヘアピンとかワッペンとか、やっぱり持って行って良かったですね」
「まあな。まだゲートには突入してないんだが、おそらくランクはSS。フロアに特殊なギミックなんかがなければ、七・八日で帰ってこれると思う」
状態異常の魔法耐性と特効武器があれば、魔力偏重で体力の低い敵の討伐速度は俄然短くなる。
そう言うと、カズサは軽く頷いた。
「体力馬鹿が相手じゃない分、攻撃さえ通ればさくさく進みますもんね。……でもそこが終わると毒虫の谷か水中魔神殿か。毒耐性とかはあるけど、昆虫特効や水中呼吸のアイテムが欲しいとこですね。今のうちにどこかで調達しないと……」
帰らずの洞窟はクリアできると判断したカズサは、すぐに次のゲートに気を回す。
しかしそんな男に、アレオンはひらひらと手を振った。
「いや、それは必要ない。俺はこれ以降、魔研のために働くことはなくなるからな」
「……は? どういうことですか?」
「俺は、魔研の暗殺計画に乗ることにしたんだ」
「……暗殺計画?」
「やっとと言うか、今更と言うか。今回の探索で親父とジアレイスが俺を殺そうと画策しててな。それに乗っかって、消えることにした」
アレオンはキイとクウがジアレイスから暗殺命令を受けていること、それを監視する人間がいること、死んだ証としてポーチと剣が必要なことなどを説明した。
暗殺という不穏な言葉にチビが不安げな顔をしていたが、その頭を撫でて宥める。
「お兄ちゃんを殺そうとする人がいるなんて……」
「良いんだ。おかげで何の問題もなく王宮から出られるし、魔研に従う必要もなくなる」
「殿下としては、ここで気兼ねなくおチビちゃんと過ごせるようになるから万々歳ですよね」
「余計なことは言わんでいい、クソが。……それより、ここにポーチの予備はあるか」
そう、今回はこの準備が必要だ。
今持っているアレオンのポーチは、中身ごと魔研に持って行かせなくてはならない。
となると、その代わりとなるポーチが必要だった。
「通常の大容量ポーチならありますよ」
「じゃあ次までに、それに野営道具やゲート攻略に必要な道具を一式揃えて入れておけ。……転移魔石も調達できるか? 今俺が持っているのは魔研にくれてやらんといかん」
「あー、転移魔石かあ。確かにそれだけポーチから抜くわけにもいきませんもんねえ……もったいないけど……」
カズサは腕を組んで思案するように上を向いた。
「……転移魔石はありませんけど、絶縁体に使うかもって取っておいた特上魔石が二個あります。それに転移術式を封入してもらうのが早いかな」
「術式を封入できる者に心当たりは?」
「資料と技術が必要だから、魔法学校の教授か、王宮の魔法研究機関でないと難しいかもです。ライネル殿下に頼んだ方が良いかもしれません」
「兄貴に頼むのか……もう俺からルウドルト経由では無理だからな。だとするとオネエたちに仲介してもらうしかないが」
王宮のあの部屋に戻ることがなくなるということは、ライネルやルウドルトとの接点もなくなるということだ。
今後の彼らとの連絡は、この隠密たちを経由するしかなくなる。
「オネエたちか……。じゃあ明日あたり王都に行って頼んで来てみます。おチビちゃん、一人で留守番できる?」
「うん、大丈夫」
さすがに隠密が忍んで行くのにチビを連れて行くのは無理か。
まあ今の王都は治安が悪いし、このザインでおとなしくしていた方がずっと安全だ。
「とりあえず転移魔石は少し遅れても仕方ない。次に来るまでにポーチの方は準備しろ」
「そっちは大丈夫です。今殿下が持っているのより良いもので揃えておきますよ」
ゲートを攻略するまでに、ここには途中で二回くらい飛んで来る予定だ。転移魔石はその二回目までに手元に来れば良い。
アレオンはそう割り切って、これからのことを考えつつ温かいスープを啜った。




