【五年前の回想】ザインの拠点にて
「いらっしゃい、殿下、おチビちゃん。もうご飯できてるよ」
拠点ではすでにカズサが料理を作り、テーブルに並べていた。
新鮮な肉と新鮮な野菜をふんだんに使った料理は、見た目からして食欲をそそる。
最近王都では質素な食事しかしていなかったからありがたい。
「きつねさん、これからお世話になります」
「相変わらずおチビちゃんは礼儀正しいねえ。どうせここは俺たちの拠点なんだから、どこの部屋でも気兼ねなく使っていいからね?」
「うん、ありがとう」
挨拶を済ませると、簡単に荷物を整理してから食卓に着く。
いつものように、食事開始の合図はチビからだ。
「いただきます」
「はい、冷めないうちに召し上がれ」
子どもとカズサのやりとりを見届けて、アレオンもフォークを手に食事を開始した。
「ところで殿下、明日からどう動く予定?」
「まずは魔研に行って、話を聞いてくる。……ジアレイスが今更、親父にチビ捜索の助力を請うた理由もよく分からんしな」
ポークソテーを咀嚼したまま答える。
少々行儀が悪いが、男三人の食卓、それを咎める者はいない。
「奴ら、殿下に何をさせるつもりですかね。対人スキル皆無だし、聞き込み役とかだと全くアテにならないと思うんですけど」
「まあ、常人だと危険で行けない場所の探索なんかじゃないか? 俺に味方を作られたくない親父が、他人との接触を推奨するようなことを許すわけがないし」
「あ、なるほど。それが一番ありえるかな」
カズサがフォークをくわえながら考え込む。
「毒虫の谷、帰らずの洞窟、水中魔神殿……この周辺で人が立ち入れない場所っていうと、そのあたり? でも、半魔のおチビちゃんだって行かないような場所だよねえ」
「ぼくは知らない場所。……すごく危ないところなの?」
カズサがあげた場所の物騒な名称を聞いただけで、チビは不安そうにこちらを見た。
それをなだめるように頭を撫でてやる。
「ゲートと同じ、魔物しかいない場所だ。そんなに心配する必要はない」
「あの辺りって探知魔法が効かないんですかね? いくら人が立ち入らないところだろうと、魔法があれば探知できそうですけど」
「その辺りにたむろしている魔物は、全部ゲートから排出された奴らだ。王都まで悪さをしに来ないから放っておかれてるだけで、奥にそれなりのランクのゲートが、封印されずに放置されてる」
「あ、そうなんですか。ってことは、その奥のゲートにおチビちゃんが逃げ込んでないか見て来いってこと?」
「そういうことだろ」
普通に考えればこんな小さな子どもが一人でそんなところに行くわけがないと分かりそうだが、あいにくチビには強力な魔法がある。
おそらくそれがあるせいで、そこにいる可能性が選択肢から外れなかったのだろう。
「まあ、しばらくは従ってやるさ。こっちに気を取られている隙に、兄貴が上手く事を起こすことができるだろうし」
「あ、ライネル殿下はそろそろ挙兵ですか?」
「最近の親父たちの悪政は目に余るからな。兄貴も準備を急いだみたいだし、おそらくここ数ヶ月のうちに動きがあると思う」
「ま、今ならライネル殿下が父王を討っても、国民の大多数は納得してくれそうですしね。確かに動くならいい時機かも」
そう、機は熟したと言っていい。
ライネルはすでに仲間を固め、兵力を集めて、その気になればいつでも動ける状態になっている。
ただ、ライネルが動くには、ひとつ問題があった。
「後は、親父が王宮を出てくれればいいんだが」
王宮は結界や術式などで厳重に護られている。
大きな魔法を使うことはもちろん、人を傷つける目的での抜刀も不可。転移による侵入や逃亡もできない。
毒や呪いといった状態異常も浄化されるようになっている。
暗殺や武力制圧を企てるにはとても不向きな場所なのだ。
一応王宮の中でもアレオンのいる地下だけはその結界の影響を受けないけれど、そもそも父王がそこに来るわけもないから意味がない。
だとすれば、事をなすには父に王宮を離れてもらうのが一番手っ取り早いのだが。
「陛下ならそのうちまた豪遊に出掛けるんじゃないですか? 以前はよくベラールやジラックに滞在してましたよね」
「それが、最近は王宮内で宴を開いたり贅沢品を買ったりするのが主で、全然王宮から出て行かないらしい。もしかすると自分を害しようとする不穏な空気に勘付いているのかもしれん」
「ええ? その割に、ライネル殿下を遠ざけようとはしてないですよね。……あ、もしかして、その首謀者がアレオン殿下だと思ってたりして?」
「まあ、あり得るな」
「……なるほど、だからですか。殿下が俺におチビちゃんを預けるなんてよっぽどだと思ってましたけど」
カズサは、アレオンがどうしてチビを預けて一人で動こうとしているかを察したようだ。
そう、父王の疑いの目が自分に向いていて、今後の自分の行動には監視が付くだろうことをアレオンは見越していたのだ。
魔研のチビ捜索の話は口実というわけではないだろうが、それを利用して何かを仕掛けてくる可能性はある。ここからは気が抜けない。
そこにチビを巻き込むわけには行かなかった。
もちろん、自分自身も危機に陥らないよう、細心の注意を払わねばならない。
万が一死ぬような攻撃を食らうと、代わりにチビが死んでしまう。
蘇りのアミュレットは持たせてあるが、それを当てにして気が緩んでは本末転倒。
この二年、戦術や護身術などを学び、カズサを相手に実戦さながらの修練をしてきたのは、全てチビを護るためだ。
魔研さえ潰してしまえば、事は成就する。
チビとの平穏な生活を手に入れる、それまではどんな苦難も耐えよう。
「そうだ、殿下。今回は俺たちがフォローすることもできないし、今まで手に入れた装備を持って行って下さい。王宮で支給されたままの装備じゃ心許なさすぎでしょ」
「ああ、そうする」
絶対に命の危険にさらされることなどあってはならない。
できることは全てする。
「持って行けそうなものは何がある?」
「状態異常無効と即死魔法無効の付いた髪飾りありますよ」
「髪飾り……」
微妙だ。いや、できることは全てする、つもりだけれども。
「そんなに構えなくても大丈夫。ヘアピンだから」
「ヘアピンか……まあ、仕方がない」
どうにか許容する。
「あとは防御アップの熊さんのワッペン、素早さと回避アップの猫ちゃんワンポイントのハイソックス(フリーサイズ)」
「全部チビ仕様のアイテムなんだよなあ……」
「数値的にはものすごく優秀ですよ」
「分かってる。身に着けていく」
ワッペンは鎧の内側に付ければ良いし、ハイソックスはブーツに隠れるからまだいい。ニーハイじゃないだけマシだと思っておこう。
「武器はオールラウンダーの斬絶属性を一本と、ドラゴンキラーを持って行くか」
「アンデッド系用に特効武器も一本あった方がいいですよ。帰らずの洞窟は確か不死者がいたはず」
「分かった。他に、野営用のアイテムをいくつか借りていくぞ」
「はい。劣化防止BOXと魔法の蛇口も一応持って行って下さい。あって損はないし」
「……お兄ちゃん」
そうしてカズサと持ち物の話をしていると、不意に横からチビがこちらの袖を引っ張った。
「……どうした?」
「うさぎさんも持って行って」
「ああ、うさぎのぬいぐるみか。……またお前の代わり?」
「うん。……邪魔かな?」
「邪魔じゃないさ。寒い時なんかに助かるし。借りていくよ」
チビの代わりとしてはだいぶ物足りないが、今までずっとお気に入りの、そのアイテムを預けてくれる気持ちが嬉しい。
寒暖の極端な場所で使えるブランケットも地味に助かる。
そう告げると、チビもほっとしたように笑った。
「ぼくは何もできないけど、これがお兄ちゃんの役に立つなら嬉しいな」
また、いじらしいことを言う。
アレオンはその気持ちに応えるように、手を伸ばしてことさら優しくチビの頭を撫でた。




