【七年前の回想】カズサの報告
「……これを兄貴に渡してくれ」
「手紙、ですか?」
数日後、部屋を訪れたルウドルトに、アレオンは一枚の紙片を渡した。
「手紙と言うほどじゃねえ、ただのメモだ。だが、中は見るなよ」
「……私を通しての伝言ではまずい内容で?」
「お前に話していいものか、俺には判断が付きかねるところなんだ。持っていって、兄貴がお前にも伝えていいと思ったら何か言うだろ」
本当の歴史書が存在するかどうかはまだ分からない。
しかしもしそれがあったとして、ライネルがルウドルトにも隠しているのなら、アレオンが不用意にバラすわけにはいかなかった。
「……かしこまりました。この程度の紙片なら、隠し持って行けるでしょう」
ルウドルトはそれをポーチではなく、鎧の継ぎ目のところに落ちないように挟み込む。
この部屋に来るには父王の部屋を通らなくてはいけないため、出入りの際に必ず持ち物をチェックされるからだ。
ちなみにアレオンの戦利品がある場合は、この時点で全部没収される。ルウドルトの話では、どんな小さな物でも換金できそうな物は全て回収されるらしい。
その一方で、こうした密書のような物へのチェックは甘い。アレオンとライネルは不仲だと思い込んでいるせいもあるが、父は基本的に金と権威の匂いがしないことには疎いようだった。
こちらとしては助かるが、これが血のつながった自分の父かと思うと複雑だ。
アレオンは少々うんざりとした気分で、ソファの背もたれに身体を預けて話題を変えた。
「……ところで今日の用向きは何だ? 次のゲート攻略依頼か?」
「いえ、そちらはまだ。先日の№8ゲートの戦利品がかなり高く売れておりまして、陛下の懐具合が良いようなので」
「はあ、それはめでてえこった」
肩を竦めて呆れたようにため息を吐く。
全く、一国の王ともあろうものが、息子二人に働かせて楽に金を手に入れることしか考えていないのだから救えない。
……まあ、ライネルが財政を管理しているおかげで、国費にまで手を着けないのは救いだが。
「私が来たのは、アレオン殿下に面会時間を伝えて欲しいという狐の伝言を、オネエから頼まれたからです」
「ああ、あいつザインから戻ってきたのか。しばらく音沙汰なかったから、裏取引でヘマして消されたのかと思った」
「……あれはそんなタマじゃないでしょう。一度オネエに引き合わされましたが、元死神だけあって、かなりの手練れに見えました」
「あー……ま、確かにその辺のヤツじゃあの男は殺せないだろうな」
カズサは腕力が若干足りないものの、技術とスピード、冷静さ、知識、応用力などは図抜けていて、欠点を補って余りある。
だからアレオンだって、もちろん本気であの男が消されたなどとは思っていない。しかし、まさかルウドルトにまでその実力を認められていたとは。
「……とりあえず、オネエ経由で狐からの伝言です。『明日の三時から四時の間、いつもの場所で待つ』と」
「明日か。分かった」
簡素な伝言だが、これで十分。
いつもの場所というのは、鈴カステラの屋台の近くにある公園のベンチだ。ならば明日はチビに犬耳を着けて一緒に出掛けよう。
あとはルウドルトにライネルへのメモを渡してもらえば、今はそれでいい。
「兄貴へのメモも頼んだぞ、ルウドルト」
「お任せ下さい。きちんと手渡しいたします」
そう言って一礼すると、ルウドルトは立ち上がった。
さて、その返事は一体何と返ってくるのだろうか。
翌日の三時前、犬耳を着けたチビを連れて、アレオンは公園にいた。
ちなみに子どもが自分で犬耳を装着したため、今のアレオンにはチビがころころもふもふの子犬に見えている。
そんな子犬のために今日も鈴カステラを買うと、アレオンは小さな身体を抱き上げていつものベンチに座った。
「チビ、食うか?」
「キュン」
乗せられた膝の上でお行儀良く座り、返事をするチビは大変可愛らしい。
その口元にさっそくひとつ摘まんで鈴カステラを持って行き、食べさせる。なんとも癒やされるひとときだ。
まあこういうひとときは、そう長くは続かないのだけれど。
「お待たせしました、殿下。おチビちゃんの相手、楽しそうですねえ」
「……楽しんでるから貴様はもうしばらく遠慮してくれてていいぞ」
三時きっかりに現れたカズサは、二人を見てニヤニヤとしている。
それをしっしっと追い払う仕草をしたけれど、彼は全く気にせずに隣に座った。
こいつは部下(仮)でありながら、こういう主の意向に従う気はないらしい。そして勝手に報告を始めた。
「先日のゲートで手に入れたアミュレットの鑑定ができましたよ」
「……ああ。で、どうだった」
「やっぱりおチビちゃんの幸運は強かったです」
言いつつ横から伸びてきた手がチビの頭を撫でる。
それに小首を傾げる子犬の仕草が、何とも可愛くて和む。
カズサは少しの間その手触りを楽しんでから、ようやくポーチに手を突っ込んでアミュレットを取りだした。
「これ、蘇りのアミュレットでした。超レアですよ」
「蘇りのアミュレット?」
「死亡確定ダメージを食らっても、装備していれば一度だけ蘇らせてくれるお守りです」
「……何!? それはすごいものじゃなか……!」
これは今まで手に入れたことのない効果のアイテムだ。
アレオンはカズサが差し出してきたそのアミュレットを、少し興奮気味に受け取った。
これをチビに装備させておけば、万が一アレオンが危地に陥っても、子どもが身代わりとなって死ぬのを一度だけ回避できる。
その『一度』が大きい。
アレオンは二度も死ぬ目に遭うようなヘマはしない。子どもの命が掛かっているとなれば尚更だ。『一度』で十分。
これがあれば、チビを死なせる確率は格段に下がる。
「よくやった、偉いぞチビ。お前の幸運値はさすがだ……!」
アレオンは安堵から、膝の上の子犬をめちゃめちゃ撫でた。
それに尻尾をぴるぴると振って、嬉しそうにキュンキュン鳴くのがまた和む。
ああ、くっそ可愛い。この癒やし爆弾に、顔面の筋肉を破壊されそうだ。
「……殿下、真顔を保つために俺の顔見るのやめてくれません?」
「俺だって貴様の狐顔など見たくないが背に腹は代えられん。つまらんものを見ていないと顔面が崩壊しそうなんだ」
「俺今、ものすごく失礼なこと言われてる」
カズサが口を尖らせたが、年上の男の拗ね顔なんてチビと違って全然可愛くないので問題ない。
おかげでどうにか顔面筋肉崩壊を免れた。
「まあいいや。殿下がこっち向いてるうちに、他の報告も済ませちゃいますね」
「……他にも何か報告があるのか?」
「ちょっと気になって、キイとクウの出自が分からないかなと思って調べてました」
「キイとクウの? しばらく貴様の音沙汰がなかったのはそのせいか」
どうやらこの間、カズサはキイとクウの調査をしていたようだ。
特に指示はしていないが、アレオンが気になっているようだったから先回りしたのだろう。
相変わらず変に気の回る男だ。
「調べたと言っても、アミュレットの鑑定結果が出るまでの間だけですけどね。どうやら特殊な家柄だったっぽいし、もしも特定できれば家を潰された理由とか、何か出てくるかと思って」
「ああ、確かにな……。家長が親父に逆らったような話だったが、あの二人の教養からして、単に悪政を糾弾したというよりは他の要因がある気がしていた」
おそらくキイとクウの父は、教養の必要な専門職に就いていたと思われる。国王に直接諫言できるなら、当然相応の爵位持ちの貴族、権力に屈しない正義感のある人間だったに違いない。
そして専門職だからこそ、悪政についてではなく、別の何かについて諫めていた可能性があるのだ。
国のためにはならない、何かを。




