【七年前の回想】竜人の融合変化
意思を取り戻したキイとクウは、昨日までとは全く違った。
二人の連携もさることながら、とにかくよく考えて戦う。最低限の労力でもって繰り出されるピンポイントを狙った急所への攻撃、そして攻撃が防がれた時のリカバリー。
まるで危なげがない。
アレオンの方も、チビとカズサがゲットしてくれたドラゴンキラーのおかげで、さくさくとドラゴンを倒せるようになった。
ドラゴン一体あたりの討伐所要時間は、昨日までの十分の一程度だ。
翼竜関係はキイとクウに任せ、それ以外をアレオンが倒せば何の問題もない。
結果、余程のことがない限り出番のないチビとその護衛をしているカズサは、すっかり倒したドラゴンの素材回収係になっていた。
「この素材採取用ナイフいいなあ。ドラゴンの鱗をものともしないわ。俺も今度買おうっと」
「きつねさん、宝石ドロップしてた」
「おっ、いいね。金にもなるし、アイテムにも使えるしね」
「これ、毒とか呪いとかないかな?」
「時々よく似た偽物があるけど、これは大丈夫」
このドラゴンだらけの洞窟の中、何だかこの二人だけ山菜狩りにでも来たような雰囲気だ。
「おい、早くしろ。もう下り階段見つけたぞ」
「うわっ、もう!? またしても討伐に素材回収が追いつかないんですけど!」
「後はドロップ品と魔石だけ回収すればそれでいい。いちいち鱗と皮を剥いでたら時間が足らん」
「すごく高く売れるのになあ……。男のロマン、ドラゴンフル装備も作れるのに」
カズサは名残惜しげだが、アレオンはそれをばっさり切り捨てた。
「あれは重くて盾役の戦士しか着んだろ。俺も貴様もチビにも必要ないんだから、そんなにいらん。……それに、いきなり闇市場にドラゴン素材が回ると、魔研に勘付かれるかも知れんしな」
「まあ確かに……。もったいないけどこのままにしていくかあ」
「じゃあ行くぞ。チビ」
「うん」
声を掛けると、チビはアレオンの側にやってきて自分からきゅっと手をつなぐ。これはゲートに潜っている時のいつもの光景だ。
念のために言っておくが、これは断じて、過保護とかそういうものではない。
下り階段を降りる時、チビが先頭だとすぐ近くに次の階段や宝箱が出る確率が高いからだ。
降りた瞬間に何かあったら大変だから、アレオンがぴったりくっついているだけ。不可抗力だ。
「アレオン様はチビ様をとても可愛がっておられるのですね」
「やっぱ分かる? 本人はクールにしてるつもりなんだけど、おチビちゃん可愛いがダダ漏れしてるんだよね」
「大変微笑ましいです」
手をつないで歩く二人の後ろで、カズサとキイクウがこっそりと笑った。
そうしてゲートを下ること五日。
一行は地下120階でボスフロアに到達した。
ここまでは多少中ボス戦に時間を取られたものの、おおむね順調。
怪我もないし、食事と睡眠をしっかり取ったし、万全の態勢でゲートのラスボスに臨めそうだった。
「そこの扉を開けて大きなフロアに出るとボス戦が始まるから、ここでちゃんと戦闘準備を整えておけよ」
「殿下、俺はここでもおチビちゃんを護る感じで大丈夫? 戦闘に参加した方が良ければ出ますけど」
「いらん。どうせここはボスもドラゴンだ。キイとクウがいるし、ドラゴンキラーもある。貴様は命に代えてもチビを護ってろ」
「お兄ちゃん、ぼくは?」
「チビは防御魔法を頼む。俺にブレスが来たらマジックシェルターを掛けてくれ」
「うん、分かった」
チビは初めて会った時に、防御魔法がちょっとだけなら使えると言っていた。
しかし蓋を開けてみれば、その魔法はマジックシェルター。属性のある魔法攻撃を完全に防ぐものだった。
これは効果がひとりにしか付かないものの、それでも大魔法使いクラスの防御魔法。ちょっと使えるというレベルのものではない。
これのおかげで装備にブレス耐性のないアレオンも、だいぶ楽にドラゴンと戦えていた。チビ様々だ。
これならここのボスも、アレオンと竜人二人で問題なく撃破できるだろう。
「それじゃ、そろそろ……」
「アレオン様、アレオン様」
そう思って、これで話を切り上げようとしたアレオンに、不意にキイたちがお伺いを立ててきた。
「アレオン様、キイたちは普通に戦った方が良いのですか?」
「クウたちはできれば、この戦闘でちょっと試してみたいことがあるのですけれど」
「試したいこと?」
雑魚相手の時ならともかく、ボス戦で何を試すというのか。
怪訝に思って片眉を上げたアレオンに、彼らは二人並んで自身の変化を説明してきた。
「実は、キイたちは未だに記憶や知識をいろいろつないでいます」
「クウたちの記憶や魂とつなげるべきパーソナルな脳内データは膨大で、全てをつなぎ終わるにはまだまだ時間が掛かります」
「ああ、確かにそうだろうな。……それで?」
未だに脳内でシナプスが生成されているのは分かる。今までなかったものを一から作っているのだから当然だ。
だが、試したいことというのがその話と何の関係があるのか分からずに訊ねる。
するとクウが、自分の頭を指先でちょんちょんとつついた。
「先日、そうして色んなものをつないでいる最中に、クウの魂がキイの魂とつながったのです」
「おそらくキイたちが同じドラゴンの心臓を二人で分けたせいだと思うのですけど」
「魂がつながった? どういうことだ? ……今まで以上の連携が出来るようになったとか?」
「はい。認識としてはそれでいいと思います」
「キイたちは魂の同化が可能になったのです」
「魂の同化……?」
やはりよく分からなくて首をひねると、彼らは二人で声を揃えた。
「「つまり、二人で一体のドラゴンに変化できるようになったということです」」
「……はあ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまったのは仕方がない。二つの個体がひとつの個体に変化するなど、今までほとんど聞いた例しがないのだ。
いや、スライムのような個と個の境界があいまいな魔物ならそういうこともあるだろうが、二体のドラゴンが融合するなんて。
「……どうやって二人で一体に変化するんだ?」
「ひとりでの変化と一緒です。一度身体の組織を崩し、再生成します。ただ二人での変化は、身体のどこかを触れ合わせた状態でないとできませんけど」
「本当にそんなことが可能ならすごい話だが……。しかし、もし一個体になった場合、二体の時よりメリットがあるのか?」
二人でいれば、それぞれ役割分担などで戦い方の幅が広がる。敵を攪乱することも出来る。背中合わせで戦えば、死角を補うことも出来る。
逆に一体になってしまうと的になりやすく、敵に行動を読まれやすく、死角も生まれる。
そのデメリットを払拭するだけの価値があるのかどうか。
そう訊ねると、彼らも首を傾げた。
「どうでしょう。それを確認するためにも、キイたちは一度変化をしてみたいのですけれども」
「そもそもクウたちは特殊な形態で、自分たちがどんな種類のドラゴンと合わせられたのかも分からないのです。おそらく、二人で融合すればその成体になると思うのですが」
「本当に『試し』なんだな」
アレオンは呆れたように軽くため息を吐く。
ここはランクSSのゲート、だというのに、そのボスのフロアで初めての融合を試みるとは。
「何でまた、今? もう少し前のフロアで良かったろ」
「前までのフロアは天井が若干低く、少し狭すぎました。キイたちの攻撃は、皆様方を巻き込んでしまうかもしれませんでしたから」
「その点、このフロアはとても天井が高い。ボスは間違いなく翼竜系だと思われますので、皆様方と離れた上空で安全にブレスの試し打ちなどもできます」
「ふうん……」
試しと言っても、どうやら彼らは変化後の自分たちが今よりだいぶ強くなると確信しているようだ。
まあどうせ相手は一体だし、アレオンは地上で待って、キイとクウが上空からボスをたたき落とす役目。
このくらいなら好きにさせても良いだろう。
「分かった。では試しに融合変化してみるといい。ただし、敵への攻撃は上空でのみにすること。ブレスは下に向かって吐くんじゃないぞ」
「はい、アレオン様。了解しました」
「クウたちの勇姿をお見せしますね」
お試し変化の許可をもらった二人は、やる気満々という態で翼と尻尾を振った。




