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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【七年前の回想】キイとクウの過去

 二人の竜人……キイとクウは、チビの魔法生物研究所での呼び名を知っていた。

 やはり意思はなくとも、魔研にいた頃の記憶までしっかりと残っているのだ。


 その記憶や意識の断片を一晩掛けてつなぎ合わせて、それぞれの自我が成立したのだろう。彼らは今、何の違和感もなくそこに存在していた。


「……あいつをその名前で呼ぶな。……チビならまだ寝ている。もうすぐ起きてくるだろうが」

「ああ、それは貴方様があの方に差し上げた名前だったのですね! かしこまりました、キイたちも今後あの方をチビ様とお呼びします」

「貴方様のことはジアレイスが殿下とお呼びでしたが、クウたちもそうお呼びしても?」

「俺のことはアレオンでいい。お前たちに殿下と呼ばせるのは忍びねえしな」


 カズサたちは一応国の保護下にあるから、まだ殿下と呼ばれても気にしないが、チビやキイ、クウのように国のせいで苦しめられている半魔にそう呼ばせるのは違うと思う。

 そう告げると、キイとクウはどこか懐こい様子で羽をぱたぱたと揺らした。


「ではクウたちは貴方様をアレオン様と呼ばせて頂きます」

「……ジアレイスは呼び捨てなのに、俺たちは様付けなのか?」

「ジアレイスはキイたちの味方ではありませんから」

「なるほど、違えねえ」


 昨晩チビが言っていた通り、この二人は誰が敵で誰が味方かきっちり理解しているようだ。

 とりあえず彼らの自我を取り戻す手助けをしたアレオンたちは、味方という括りになっているのだろう。


「チビ様は行方不明になったと聞いていましたが、アレオン様が匿って下さっていたのですね。キイは安心しました」

「だいぶお元気になられていた様子。アレオン様が大事にして下さったのが分かります。クウも嬉しいです」

「……安心……嬉しい……? お前らは別にチビと知り合いってわけじゃないんだろ? チビも見かけたことがある程度って言ってたし」


 何故彼らがチビのことをそんなふうに言うのか、不思議に思って訊ねる。すると二人は尻尾もぱたぱたと振った。


「直接的な関わりはありませんでしたが、チビ様がキイたちを救って下さる唯一の方だと知っていましたので」

「生きていて下さって本当に良かったです。ジアレイスがアレオン様にチビ様の処分を要請していたのに、それを背約して生かして下さっていたこと、クウたちは感謝しかございません」


 チビが彼らを救う唯一の者。

 昨晩の意思の形成などのことだろうか。確かにあれはかなり特殊な能力を使っていたようだった。

 ……本当に、あの子どもは何者なのだろう。気になるけれど、知ってはいけない。小さな存在のままでアレオンの腕の中に収めておくためにも。


 ざわざわとする胸の内をごまかすように、アレオンは話を変えた。


「……ところで、お前たちはどうして魔研に?」

「キイたちは拾われたらしいです。記憶はないのですが、ジアレイスの話によると、国王に逆らって討伐された貴族の子どもだったようです。死にかけていたところを拾って、半魔にすることで救ってやったのだと、ジアレイスから何度も聞かされました」

「親父に逆らって討伐された貴族……」


 つい苦い顔をしてしまうのは、その貴族がおそらく正義感にあふれ、国王に讒言をする気概のある者だったと思われるからだ。

 ライネルの目が届く範囲の者なら救えたかも知れないが、さすがに数年前だと兄にもそこまでの力はない。


 ちなみに全く同じ理由で、ルウドルトの家も潰されていた。その時はライネルが傷ついた彼を密かに匿い、そのまま自身の従者としてしまったのだけれど。


(ルウドルトも一歩間違えばここで人造半魔の実験体になっていたかもしれないということか……)


 父王の悪行と、それを利用するジアレイスのやり方には反吐が出る。ライネルもアレオンも、その血が自分の中に流れていることに常に嫌悪を感じているが、こういう時にはその思いがさらに強くなるのだ。


 本当に、救いようがない。


「……お前たちの記憶というのは、じゃあ半魔合成された後からしかないのか」

「クウたちが人間の頃のことだと、感情に付随するような記憶はないです。でも、言葉などの教養的なものは残っています」

「ああ、その礼儀正しさとか冷静で穏やかそうな思考とかは、やはり人間の頃の名残なんだな」


 彼らの家は、きっと良識のある家柄だったのだろう。

 ライネルの治世の下だったら、良い忠臣になったに違いない。もはやそれは適わないけれど。


「お前たちと合成されたドラゴンは?」

「キイたちは、生きたドラゴンと合成されたわけではないんです。ジアレイスが言うには、宝箱から出したドラゴンの心臓を使ったと」

「ひとりにひとつだと合成に耐えられないので、双子のクウたちに半分に切り分けて合成したと言っていました」

「宝箱から出した、ドラゴンの心臓……?」


 その内容に、アレオンはふと妙な既視感を覚えて眉を顰めた。


 ……宝箱から『出た』ではなく、『出した』というのは……。


 真っ先に脳裏に浮かんだのは、対価の宝箱だ。

 いや、しかし、そんなことがあるだろうか。カズサは確か、『対価の宝箱』は最初に開けた人間について回ると言っていた。

 まさかアレオンの前の所有者がジアレイスだったというわけでもないだろうし、思い違いか。


 万が一、他にも『対価の宝箱』か、それに相応するものが存在するとしたら、話は別だが……。


 まあとりあえず、ジアレイスがどういう意図でそんな言い方をしたのかは分からないのだ。ただの杞憂だと思いたい。


「……お前たちが意思を破壊されずに済んだのは、合成されたドラゴンの素材が二人で分割されたおかげかもしれんな」

「キイもそれが大きいと思います。今までいろいろ合成された他の半魔を見てきましたが、魔物の比率の高い者は弱体化し、人間の比率の高い者は返って強化されるようでしたし」

「ジアレイスたちはクウたちの合成成功によって、強い魔物を合わせれば半魔も強くなると認識していたようですけど」


 確かにジアレイスたちの研究報告書を読んだ時、そんなことが書いてあった気がする。

 強い半魔を作るには魔物の能力重視、人間としては言語理解能力だけ残れば意思が破壊されていても問題ないと。


「キイたちが見た感じですが、半魔の魔物比率が高くなると身体にすぐに瘴気が溜まり、それによって人間の部分が毒されて弱体化するのではないかと」

「クウたちのように人間の比率が高いと瘴気は幾分溜まりづらいですし、魔物の力と適合さえ出来れば成長という形がとれるのだと思います。……ただ、意思を失っていると大きな成長は見込めません。だからクウたちも、今までは言われるままの戦いしか出来ませんでした」


 キイとクウは今までの記憶を基に、半魔について理論立てていく。

 おそらく元々頭の良い人間だったのだろう。半魔を金づるか実験道具としか思っていないジアレイスたちよりも、ずっとよく観察している。


「じゃあ、意思を取り戻したお前たちは今までより強くなるってことだな」

「もちろんです。アレオン様も分かっていると思いますが、キイたちはこれまで自分で思考を展開することができなかったため、想定外のことに対応したり、戦法を応用したりということが出来ませんでした」

「しかしこれからは、クウたちも自分で考えて戦うことが出来ます。それにもう少し自分の身体で実験的に動いてみれば、もっといろいろ分かることがありそうです」


 彼らは強くなることに意欲的なようだ。

 人間だった頃の記憶がないせいか、特に半魔になったことに卑屈な様子もない。

 ……まあ、ただただ今を受け入れようとしているだけなのかもしれないが。


 何にせよ、二人は思った以上に強いようだ。精神的にも。

 アレオンはこの竜人たちに好感を持った。


「それは頼もしいな。……では、このゲートを攻略し終わるまで、お前たちの意思で俺たちについて来るか?」

「使役の首輪があるのですから、アレオン様がご命令になればもちろんキイたちはご一緒します」


 その返事に、アレオンは片眉を上げる。


「俺は『お前たちの意思で』俺たちについて来るか聞いたんだ。その気がねえなら無理に同行する必要はねえ。ゲートクリアまで別行動でも構わんぞ」


 そう言うと、キイとクウはぱちりと瞳を瞬いた。

 そしてすぐに、翼と尻尾をぱたぱたと忙しなく動かす。何だか犬みたいだ。


「クウは自分の意思で喜んでアレオン様に同行させて頂きます!」

「キイだって!」

「そうか。……じゃあ、ついてこい」


 そう言ってテントに戻ろうと踵を返すと、木陰の呪縛を解かれた二人がアレオンにじゃれるようにしながら付いてきた。

 この竜人、本当に人懐こくて犬っぽい。


 それを気にせず、好きなようにさせたまま歩いて戻ったアレオンは、テントの前で何故かニヤニヤしたカズサに出迎えられた。


「おチビちゃんに見られたら『浮気者!』って言われそうな光景ですねえ」

「はあ? 何だそれは。チビはそんなこと言わん」

「あらら、自覚無しかあ。ま、いいですけど。……そちらの竜人さんたちは、仲間になったという認識でいいのかな?」

「ああ。赤い方がキイで青い方がクウだ。……キイ、クウ。こいつは狐。うちの雑用係だ」


 二人にそう紹介すると、カズサは小さく肩を竦めた。


「俺はいつの間に雑用係に……まあ、大して変わんないけど。よろしく、キイとクウ」

「「はい、よろしくです、狐様」」

「あー、様はいらないなあ。殿下に仕える者同士だし、呼び捨てでいいよ」


 そうやって彼らが初対面の挨拶などを終えたところで。


 おそらく表が騒がしくなって目が覚めてしまったのだろう、チビが可愛らしく目をくしくしとこすりながらテントから出てきた。


「ああ、チビ、起きたか」

「……お兄ちゃん……?」


 今日もきっと朝から笑顔を見せてくれるだろう。

 そう思ったアレオンだったのだが。


 チビは何故か、アレオンにじゃれつく竜人二人を見て固まってしまった。


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