【七年前の回想】ドラゴンの目覚め
アレオンとカズサの話が終わっても、未だにチビはドラゴンのところで彼らを見守っていた。
竜人たちにあまり変化は見られないようだが、意思の形成は上手くいっているのだろうか。
アレオンはひとまずテントを立てて、子どもと休むための場の準備を先に済ませた。
ゲートの中では日が暮れないので時間の経過が分かりづらいけれど、地上の時間で言えばもう日付が変わる頃合いだ。
そろそろチビを寝かせないと、明日に響く。
「チビ、そっちに行って良いか」
「うん、もう大丈夫」
少し離れたところから声を掛けたアレオンに、子どもは振り返って頷いた。もう大丈夫、ということは、やはりさっきまではアレオンがいると困る事情が何かあったのだろう。
まあ、もう問題ないならどうでもいい。
「ドラゴンはどんな様子だ」
チビのところに辿り着いたアレオンは、未だに目を閉じたままの竜人を見ながら訊ねた。
さっきまでと同じように微動だにしないのに、纏う気配が変わっている。
「今、このひとたちは『自我』を形成してる最中だと思う。ぼくにできることはやったから、後はこのひとたちが目覚めるまで待つだけ」
「自我か……それが芽生えた瞬間に暴れ出したりしないだろうな」
「お兄ちゃんがこのひとたちにひどいことをしてなければ大丈夫。ここまでの記憶はちゃんとあって、誰が敵で味方かは分かってるはずだから」
彼らにひどいことはしていないつもりだが、どうだろう。
まあとりあえず、記憶があるなら自我を取り戻させてくれたチビに危害を加えることはないか。
アレオンとカズサなら襲われたところで問題ない。
おそらく竜人たちが術式に抗する力を持たない限り、すぐに首輪の使役で押さえ込めるはずだ。
「チビ、後は待つだけならもうここにいる必要もないだろう。明日もゲートを下らなくてはならんのだし、そろそろ寝るぞ」
「ん、分かった。……起きるまで待っていたかったけど、まだまだ掛かりそうだし。アレオンお兄ちゃんもお休みしないとね」
「そうだ。俺ももう寝てえ」
アレオンはそう言うと、問答無用で子どもを抱き上げた。
小さくて軽い身体が容易に腕の中に収まり、驚きつつもすぐにおとなしくこちらの胸元に頬をすり寄せてくるのに癒やされる。
考えるべきことはいっぱいあるけれど、とりあえず今はこの小さな子どもを抱き枕にして寝たい。
アレオンはチビの子ども体温に眠気を誘われ、一つあくびをした。
今ならよく眠れそうだ。
子どもを抱えたまま、アレオンはテントの前まで戻る。すると、テーブルから場所を変え、たき火の前に陣取ったカズサがこちらに声を掛けてきた。
「殿下、明日は?」
「七時に起こせ。……その前でも、もしもドラゴンが目を覚ましたら声を掛けろ」
「了解です。美味しい朝食作っておきますね」
おそらくこいつは今晩寝るつもりがないのだろう。すでに敵のいないフロアだが、警戒心の強いカズサはドラゴンを見張っておくつもりなのだ。
これはアレオンとしても助かる。絶対にそんなこと、本人には言ってやらないが。
「おやすみなさい、殿下。おチビちゃんも」
「きつねさん、おやすみなさい」
チビがカズサに挨拶をしたところで、アレオンはさっさとテントに入る。
本来なら、チビはとうに寝ている時間だ。子どもに十分な睡眠は不可欠。早いとこ、眠らせねばならない。
すでに寝床の準備はしてあるから、そこにポーチから取りだしたウサギのぬいぐるみを置けば後は寝るだけだ。
子どもを降ろしてウサギも置くと、アレオンはチビに向かって手を差し出した。
「チビ、脱いだマントをよこせ」
「うん、ありがとうお兄ちゃん」
子どもはマントを外してアレオンに渡すと、ウサギを抱いて寝床に潜り込んだ。アレオンもマントと鎧を脱ぎ、それをテントのフックに掛けてから、チビの隣で横になる。
そのまま、子どもをウサギごと腕の中に抱き込んだ。
すでに今までの野営で何度も抱き枕にしていたから、チビは特に驚くこともない。
ただ「くふふ」と小さく笑って、そのまま目を閉じる。
「おやすみなさい、アレオンお兄ちゃん」
「……ああ、おやすみ」
こういう挨拶は未だに少しこそばゆい感じがするが、それでも以前よりだいぶ馴れた。後はもう少し優しい声音で言えるよう、精進せねば。
そんなことを考えながらチビの体温を堪能していると、やがて子どもは寝息を立て始めた。
その静かなリズムは、アレオンの心をとても穏やかにしてくれる。
やはり腕の中に置くのはこの子でなければ。ウサギのぬいぐるみをモフったところで、チビの代わりにはならない。
そう改めて実感して、アレオンは温かな気持ちで目を閉じた。
「……殿下、殿下。起きてます?」
「……何だ」
翌朝、アレオンは予定より少し早めにカズサに起こされた。
チビが起きない程度の小さな声だが、他人の気配があれば反射的に目を覚ますアレオンはすぐに気付く。
まだすうすうと気持ちよさそうに眠っている子どもに気を付けながら寝床を出て、アレオンはマントだけを引っかけて静かにテントの外に出た。
「おはようございます」
「……七時前に起こしたということは、何かドラゴンに変化があったのか?」
「はい、どうやら目を覚ましたみたいで。ただ、こちらに寄ってくるでもなく、あの木陰でうろうろしてるんですよね」
あれ、とカズサに指差された方に視線を送ると、確かにドラゴンが木の下でうろうろしている。
一本の木を中心とした円の中でしか動けない様子の竜人を見て、アレオンは「ああ」と頷いた。
「おそらく俺が昨日、『そこの木陰で休んでおけ』と命令したからだ。あの木陰から出れないんだろう」
「あ、なるほど。意思が戻っても殿下の使役が十分有効なら、危険はないかな?」
「多分大丈夫だ。魔研の付けた首輪だし、使役者に危害を加えることは出来ない仕様になっているはずだ。……意思が戻ると首輪の効力に抗うかと思ったが、そうでもないようだしな」
アレオンは一つあくびをすると、首の後ろを掻きながらドラゴンのいる木陰に向かって歩き出す。それを見たカズサが、背後から声を掛けてきた。
「殿下、俺も行きます? おチビちゃんのこともあるし、あんまりリスク取れないでしょ」
「平気だ。あのドラゴンなら、もし攻撃されても返り討ちに出来る。貴様はチビのために美味い朝食作っとけ」
「うわっ、殿下カッコイイ~」
「茶化すな。黙って目玉焼き焼いとけ、クソが」
ひやかすカズサを置いて、アレオンはゆっくりと木陰に近付いていった。だが、竜人二人に対する警戒心は、特に強まらない。
なぜなら、彼らにはアレオンに対する殺意や敵意のようなものが全く見えないからだ。その気配は、とても凪いでいた。
ただ、すぐにこちらに気がついた竜人たちは、まるでお出迎えでもしようとでもいうように二人並んでアレオンの方を見て待ち構えている。
……これはこれでやりづらい。
これほどガン見されていては、まず最初にどう声を掛けていいか迷う。
しかしある程度距離が近付くと、アレオンより先にドラゴンの方から声を掛けてきた。
「キイに名前をありがとうございます」
「クウも名前を頂いて感謝しています」
「あ、ああ」
ドラゴンの姿でも人語を話せるらしい。
そして、やはり昨晩の記憶もちゃんと残っているようだ。
妙に礼儀正しいのは、人間だった頃の記憶だろうか?
彼らは短く感謝を述べると、それからすぐに周囲を見回した。
「ところで、我々を救って下さった管理№12のあの方……暗黒児はどちらにいらっしゃいますか?」




