表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

454/767

【七年前の回想】宝箱の思惑

「実は俺、殿下が万が一にも対価の宝箱に差し出さないように、あの本を王宮図書館から持ち出しておいたんですよね」

「……貴様、王宮に忍び込んだのか」

「いえ、オネエに頼みました。殿下に渡す本の一冊に紛れ込ませてもらって。どうせおチビちゃんの首輪の件が解決すれば返却する予定でしたしね」


 何とも手回しのいい男だ。

 まあ結局、それはアレオンが手にせずに済んだわけだが。


「それで、あの対価の宝箱がどうしてこの本を持ってこいと言ったのか気になって、ひととおり目を通してみたんですよ」

「……稀少性じゃないのか? 前時代のことを書いた書物はそれだけで価値があるし」

「いいえ。対価の宝箱は、『殿下にとって』価値があるものを対価とするんです。簡単なものと交換できるのは最初の一回だけ。つまり、二回目のこの本からは、一見関係なさそうに見えても、殿下にとって価値のあるものだということです」


 見たこともない歴史書が、自分にとって価値がある?

 さっぱり意味が分からない。


「俺にとっての価値……もしかして、今回の隷属術式の知識か」

「そのあたりはもちろん、他の情報もかもしれません。たとえば、今回のこと。俺が止めてなかったら、おそらく殿下はこの歴史書を対価として差し出していたかもしれませんよね?」

「……まあ、俺にとってはあまり必要性を感じない本だったからな」

「もしこの本に載っている隷属術式のことを知らずにおチビちゃんのお守りを受け取って、今まで通りに過ごしていたらどうなると思います?」


 もしもチビが自分の身代わりとなって死ぬことを知らなかったら。

 ……おそらく、多少リスクのあることも、平気でしていたに違いない。


 先日のイエティを深追いしてしまった時のように、自分一人ならどうにかなる、と考えてしまう。

 そして本当に危機に陥った時、自分の代わりにチビが死んでしまったとしたら。


 ……考えるだけでぞっとする、けれど。


「……だが、この隷属術式はチビが自発的に掛けたものだ。対価の宝箱が、チビがここまですると見越して、その本を対価に寄越せと言ったとは思えないんだが」

「まあ、それはそうなんですけどね。……でも、もしも対価の宝箱も隷属術式を使わせるつもりだったとしたらどうでしょう?」

「……どういうことだ?」


 カズサの言わんとしていることが分からず、眉根を寄せる。

 そんなアレオンに、カズサは一から説明を始めた。


「対価の宝箱のやり口は、悪徳な売り込みみたいなものって言ったでしょ。あの宝箱はターゲットの不安や悩みにつけ込み、それを解消するんですけど、絶対に完全な解決はしないんです」

「……完全に解決しない……?」

「超聖水をあっさり出してくれたのは、使用しても一時的なもので、絶対に次の解決策が必要になるからです。その『次の解決策』として提案されたのが、おチビちゃんの首輪の術式の書き換えなわけですが」

「ああ。……でも考えてみれば、その時点で書き換えをしてもらえば解決して、今のような隷属術式も必要なかったんじゃないのか?」


 アレオンとしては、あの首輪が探知に掛からなくなり、かつ使役の術式が残ればそれだけで完全解決だった。


 他の全てのことは、自分たちでどうにか出来る。

 そうなればアレオンは、何のためらいもなく対価の宝箱を真っ二つに出来たはずだ。


 しかしそう考えたアレオンに、カズサは肩を竦めて見せた。


「殿下はあの時すでに、対価の宝箱に思考を持って行かれ始めてたからなあ……。いいですか、あの宝箱は首輪を外したくないという殿下の願いに対して、『首輪の術式を書き換え、探知を逃れることが出来る』アイテムを出せると言ってましたよね?」

「……そうだ。どんなアイテムを出す気だったかは定かではないが」

「まあ、そのアイテムや方法は今は置いておいて」


 カズサは、一度軽くため息を吐くと、細い目をさらに眇める。

 そして、言い含めるようにアレオンに言った。


「あの宝箱、使役の術式を残すとも言っていないし、首輪の術式をどんなものに書き換えるとも言っていないんですよ」


 その言葉に、先日の宝箱とのやりとりを思いだし、頭を掻く。


「……それは、確かに……。だが、宝箱は俺の思考を分かってるみたいだし平気だろう」

「分かっているからこそ、殿下の不安を解消しきらないように立ち回るのがあの宝箱の質の悪いとこですよ。歴史上でも、あの宝箱は同じような方法で人を破滅に追い込んでいます」


 カズサはそう言うと、強い口調で訴えた。


「よく聞いて下さい。もしあの宝箱を使っていたら、おそらくおチビちゃんの首輪から探知は外れたでしょう。しかし、使役や感情封印を別の術式に……それも多分、そのままにしておけないような、緊急の対応が必要な術式に改悪したはずです。だって殿下は『首輪の術式を書き換え、探知を逃れる』ことしか望んでいないんですから」


 チビの首輪の術式が改悪される。

 そんな可能性を全く考えていなかった。

 何故って、アレオンの中に、『宝箱は自分の思考を分かってくれているはず』という根拠のない信頼のようなものがあったからだ。


 おそらくは対価の宝箱から掛けられた思考誘導。

 普段なら他人の言葉を疑う自分が、ここまで盲目になるなんて。


「……そこまでされたら、さすがに俺も宝箱を叩き切るが」

「無理です。そこからは宝箱に頼らないと容易には解決できない事柄ばかりになってしまうので、さらに頼らざるを得なくなります。……たとえばおチビちゃんの首輪に、『魔法攻撃の威力は上がるけど確率でその半分のダメージを受ける』みたいな術式を付けられたらどうします?」


 そんな術式を付けられたら、チビを戦闘には参加させない。……だがもし自分たちが劣勢になったら、子どもは間違いなく魔法を発動するだろう。

 その威力から考えて、半分のダメージが戻ってきたらチビは確実に死ぬ。


 使役が消えているから『絶対使うな』と言っても聞かないだろうし、危うくていつまでも子どもに付けさせてはいられない。


「……そうなったら、急いで首輪を外す方法を探す」

「そうなりますよね。でも魔研自体も外せない首輪なわけですよ。……もう、宝箱に頼るしかなくなるでしょ? そうして後は取引するたびにどんどん解決しきれない問題が出てきて、宝箱を壊すことも出来ず、どんどん重い対価が必要になる」


 カズサはそう言って、人差し指でとんとテーブルを叩いた。


「……ここからは俺の推論なんですけど。おチビちゃんの首輪を外したら、殿下はあの子に使役を付けようとする。さっきの殿下の様子を見たら、まず間違いなくそうなりますよね」

「……まあ、そうかも、な」

「その時、対価の宝箱が提示しようとしていたのが隷属術式だったんじゃないかと思うんです」

「……何? このお守りと同じものを?」

「もちろん、そんなチューリップの可愛らしいものじゃないと思いますけど」


 もし宝箱を経由したとしても、今と同じ状況になったということだろうか。

 違うことと言えば、こちらに隷属術式の知識があること、それからチビが自分から術式を差し出してきたことくらいだが。


「言っておきますが、これは宝箱からもたらされた結果とは全く違います。宝箱に歴史書を渡していれば、殿下は隷属術式のことを知らぬままに宝箱と取引をしてしまったでしょう」

「そうかも知れんが……何でこの隷属術式なんだ?」

「多分、これが使役や支配系の術式の中で一番一方的で、倫理的に許しがたいものだからです。……今回はおチビちゃんから捧げられたものだからまだ耐えらてれますけど、もしも殿下が自分から隷属術式で契約を結んだ後に、こんなひどい契約内容だったと知ったらどうします?」

「あ……」


 そう言われて、ようやく合点がいく。

 対価の宝箱はまず隷属術式の知識を得る機会を取り上げ、アレオンに隷属契約を結ばせるつもりだったのだ。その後に内容を告げ、それを解消するためにまた宝箱を使わせようとしていた。

 なんとも狡猾なやり口。


「状況は似ていますが、今は自分たちで対応できているんです。宝箱なんて頼ってたら、こんなふうに落ち着いてはいられなかったでしょう」

「まあ、確かに……」

「……どうです? そろそろ、対価の宝箱を叩き切る気になったんじゃないですか?」

「それは……」


 対価の宝箱は、聞けば聞くほど質の悪いものだ。それは頭では分かっている。

 ……だが、もしも宝箱がこの隷属術式をアレオンに使わせようとしていたのなら、この術式を解除する術を持っているのではないかと考えてしまうのだ。


 これは自分の思考なのか、それとも宝箱に引っ張られているのか。


 黙り込むと、向かいにいるカズサはじとりとこちらを睨み、それから大きくため息を吐いた。


「まあ、殿下がその気にならないことには仕方ないですけど。どう転んでも良い結果にならないということだけは、肝に銘じておいて下さいね」

「……とりあえず、使わなきゃいいんだろ」

「とりあえず、ね」


 呆れたように返されて、しかしもちろん反論することもできなくて、アレオンはそのままむすりと口を結んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ