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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【七年前の回想】チビの使役

 温かい飯というのは、やはり満足感が違う。

 そして隣にチビがいれば、数時間前までのアレオンのささくれ立っていた気分はどこかに行ってしまった。

 これだけで気力も体力も回復するようだ。


 しばらくは会話もなく集中して食事をし、最後にスープを飲み干してほっと一息吐く。

 そうしてアレオンの腹が落ち着くと、見計らったようにカズサが口を開いた。


「まずは先日のゲートで取った戦利品の話をしても?」

「ああ、話せ」


 先日のゲートの宝箱から出たのは、腕輪と二つの薬だったはずだ。それをザインで鑑定していたから、その報告か。


「腕輪は、チビが使えそうなものだったのか?」

「ええ、大きな魔法を使う者なら持っていて損はないかと。やはり魔力を使い切った時に一回分だけ魔力の補填ができる腕輪でした。その上マジックドレイン無効と消費魔力5%減が付いてます」

「……それは、ずいぶんとレアなアイテムだな」

「そうですね。おチビちゃんが宝箱を開けると、レアリティの質が違う感じがします」


 レアリティの質が違う、というのは分かる気がする。

 ただ単に稀少性の高いアイテムが出るというよりは、特異な効果が付いているアイテムが多いのだ。

 ただの幸運の高さでは説明できない違い。


 もちろんそれはありがたいばかりで、何の問題もないのだけれど。


(……ドラゴンの意思も戻せるようなことを言うし、この子どもは一体何者なのだろう)


 気になる。けれど知りたくない。

 何となく、その正体を知ってしまうと手放さなくてはならなくなる気がするから。


 この子にはできることなら、腕の中に庇護しておけるただの子どもでいて欲しいのだ。

 アレオンはそれ以上の思考は止めて、カズサを促した。


「……他のアイテムは」

「魔法薬二つですね。見たことがないと言ってた片方の薬は、『忘却の魔薬』でした」

「『忘却の魔薬』? 聞いたことねえな」

「俺もですよ。かなり珍しいものみたいです。一滴口に含ませれば、直近小一時間くらいの短期記憶が消えるんですって」

「小一時間の記憶が消えるだけって……微妙な効果だな」

「そうですか? 隠密なんかにはかなりありがたいアイテムですけど」


 そう言って、カズサが少し悪い顔で笑う。


 ……確かに、隠密のように姿を隠して行動する者には重宝するか。姿を見られるような少し派手な働きをしても、これがあればその場にいた者の記憶を消せる。


 同じように姿を隠して活動するアレオンも、持っていればお守り代わりになるかもしれない。


「殿下も使うでしょ? 小分けにしようと思って魔法薬用の小瓶買ってきたんですよね。俺にも半分下さい」

「それは構わんが……ヘマした後の叱責回避に飯とかに入れるんじゃねえぞ」

「あ、それは大丈夫。俺、殿下に怒られたり殴られたりするの嫌いじゃないし」

「変態か」


 あ、そういえばこいつ変態だった。


「……もう一つの薬は? 魔力増強薬っぽいと言ってた方」

「これはそのまま魔力増強薬でした。ただ、やっぱり普通のものより質がいいですけどね」

「そうか。ならそれはチビ用だな」


 アレオンがそう言うと、途端に隣でおとなしくご飯を頬張っていたチビが割って入ってきた。


「じゃあ、ぼくのポーチに入れる!」

「ああそうか、魔工翁のポーチも買ってきたのか。小ぶりでサイズもぴったりだな」

「アイテム支払いのついでに買ったら、魔工翁がサービスでサイズを合わせてくれたんです。入る量は少ないけどポーチ全体に劣化防止が付いてて、すごく便利で良いものですよ」

「へえ、劣化防止が。なら大事なものはチビのポーチに入れてもらうかな」

「うん!」

「はい、じゃあおチビちゃん、とりあえずこれね」


 嬉しそうににこにこするチビは本当に和む。

 魔力増強薬をカズサから受け取った子どもは、いそいそとそれを真新しいポーチにしまった。


「では次に、ここに来るまでに上階で取った宝箱の戦利品です」

「そういや、それもあったな。確か三つくらいそのまま置いてきたと思ったが」

「ええ、探して全部取ってきました。で、今回は俺の幸運とおチビちゃんの幸運を掛け合わせて開けてきましたよ」


 そういえばチビを抱えると、そのステータスが抱えた側のステータスに乗っかってくるのだった。

 つまりカズサは子どもを抱えて、そのステータスを自分の幸運に上乗せした状態で宝箱を開けてきたということなのだろう。


「俺の幸運はどっちかって言うと、武器防具系を引き当てる率が高いんですよね。だからおチビちゃんの特異性がある幸運と掛け合わせれば、あれが狙えるんじゃないかなーっと思って」

「あれって……もしかして、ドラゴンキラーか」

「ご名答です。ゲートの宝箱って、そのゲートに関連するものが出ること多いですからね」


 ドラゴンキラーは王宮にも一本しか存在しない、かなり稀少性の高い剣だ。

 固いドラゴンの鱗を貫く、竜特効を持つ武器。

 それがあればこのゲート、ここから先の進みがかなり楽になるが。


「……取れたのか?」

「はい、取れました! じゃーん! 褒めて褒めてー!」


 そんな軽いノリでカズサから差し出された剣は、本当にドラゴンキラーだった。


「マジか……えらいぞ、チビ!」


 ためらいなく隣の子どもの頭を撫でる。


「殿下、俺にもお褒めの言葉を」

「貴様、俺に許可なくチビを利用しやがって、クソが。後で殴る」

「理不尽!」


 嘆くカズサは気にせずに、アレオンは手元に来たドラゴンキラーを眺めた。


 適度な重みがあり、固い鱗を両断した後に振り抜きやすい重心になっている。それなりに刀身も長く、アレオン好みの作りだ。

 これなら少し戦えばすぐに馴れるだろう。


「他の二つの宝箱から出たのは?」

「ファイア・ロッドと一分で何でも煮える圧力鍋です。圧力鍋は地味に嬉しい」

「まあ、圧力鍋は貴様が持っとけ。ファイア・ロッドは戦利品として王宮で提出する」


 炎の魔法はチビが遙かに強力なものを持っているから不要だ。

 アレオンはそう割り切って、カズサから受け取ったロッドをポーチに突っ込んだ。


 さて、後はチビの首輪に関する報告だけだ。


 全員が食べ終わったところで一旦食器を片付けると、食後のコーヒーを淹れて三人は再びテーブルを囲んだ。

 そしてすぐにアレオンが口火を切る。


「ようやく本題か。……魔工翁は結局何のアイテムを作ったんだ? 見たところチビの靴に細工がしてある様子もないし、防護用の何かを身につけているわけでもないようだが」

「はいはい。俺もおチビちゃんと周辺のものを触れさせないように、あっちこっちにシールドみたいなものでも付けるのかと思ってたんです。でも、魔工翁は根本から遮断してくれたんですよ」

「……根本?」

「これです」


 カズサは、チビの首輪を指差した。

 それをよく見ると、革の首輪の上につやつやとしたガラスのようなカバーが付いている。

 これが魔工翁の作ったアイテムか。特上魔石を加工して作った絶縁体……。


「……そうか! この首輪の術式に探知が引っかかるんだから、首輪を封じれば良かったわけだな……!」

「そうなんですよ。……まあ、おかげで殿下にとってはちょっと困ったことになったんですけど」

「……何?」

「絶縁体によって周囲から首輪に干渉できなくなったのと同時に、首輪からの干渉もなくなったわけです。……おチビちゃんの感情封印が解けたのもそのせいなんですよ」


 そこまで言われて、ようやくその意味を理解する。

 つまり、今のチビは首輪から何の干渉も受けていない。完全に首輪の呪縛から自由になっているのだ。

 だからこそこうして隣でにこにこしている。


 だがそれはアレオンの使役も無効になっているということで、いつこの子どもが離れていってしまうかも分からないということだ。

 ……そんなの、耐えられるわけがない。


(どうにかしないと……)


 その不安から思わず子どもの首輪に手を伸ばそうとすると、とっさにカズサに突っ込まれた。


「ちょっ、まさかせっかく付けたそのカバー壊そうとか思ってないですよね!? 使役に関してはちゃんと代替案を頂いて来てますから!」


 言われてはたと手を止める。

 ほぼ無意識だったからそんなことをするつもりだったわけではないが、しなかったとも言い切れない。……正直ちょっと危なかった。


 アレオンは行き先を失った手を不自然にならないように引っ込め、少しきまりの悪い気分でがりがりと頭を掻いた。


「……で、代替案とは何だ」

「おチビちゃんと、直接使役契約をしちゃうといいんですって」

「直接使役契約って……どうやるんだ?」

「さあ。個々人によって違うらしいですから、おチビちゃんに訊くべきですね」

「……チビに?」


 アレオンがちらりと見ると、隣の子どもはじっとこちらを見上げていた。その視線に何となく動揺してしまうのは、自分のエゴで彼を縛ろうとしていることへの後ろめたさがあるからだ。


 使役というのは完全にこちらが優位の契約。

 そもそも自由意思を持っている今のチビが、これを受けてくれるのだろうか。

 ……断られたら、逆上して首輪の絶縁体を壊してしまいそうだ。


 もしもそんなことになったら。

 ぐるぐると考えていると、ふと思考が何かに引っ張られた。


 ……そうだ、『対価の宝箱』なら、どうにかしてくれるかもしれない。


 こちらの不安につけ込んできたその思考を、アレオンは排除することができなかった。

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