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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【七年前の回想】可愛いが過ぎる

 №8ゲートは半魔ドラゴンの二人がいるおかげで、アレオンがひとりで戦うよりも断然進みが早い。


 フロアを一掃しながら進んでいるが、それでもこの三日で15階まで下って来れた。

 すでに四種のドラゴンとは遭遇していて、魔研の依頼である素材の回収も終わっている。あとはチビとカズサが合流してきたら、一気に進んでクリアしてしまえばいい。が。


(……チビの首輪の探知魔法対策は、どうにかなっただろうか)


 魔工翁がアイテムが出来上がると言っていたのは今日だ。

 おそらくカズサなら午前中には受け取って、チビを連れてこちらに向かっているはず。

 まもなく夕刻だし、そろそろ来てもいい頃合いだ。


(上のフロアで宝箱を開けながら来るにしても、敵はいないんだからそれほど掛からないはずだが)


 戦闘をしながらも、そわそわと落ち着かない。

 これ以上進む気にもなれず、このフロア最後の敵はドラゴンに任せて、アレオンはここで子どもの来訪を待つことに決めた。


 ……それにしても、このドラゴン二人。

 戦い方は、見ているとほぼ定型のようだ。

 敵によって、展開がパターン化されている。

 はまればそつなく戦闘が終わるが、何かイレギュラーがあると途端にもろい。


 たった今フロア最後の敵は普通に倒しきったが、ここに来るまでには数度、障害や他のドラゴンの乱入などによって起こった想定外に混乱して、動きが停止してしまうことがあった。


(まるで事前にインプットされた戦い方しか出来ないみたいだな。脳内の色んな知識が、つながらずにぶつ切りにされている感じだ。学習や応用が利かない)


 一応ここまでドラゴン肉を食べてきて、その身体は頑強になっては来たけれど。


(力ばかりで従順な傀儡か。……まあ、ジアレイスたちが望んでいるのは正にこういう半魔なのだろうが、胸糞悪ぃ)


 戦闘を終えて地面に降り立ったドラゴンが、翼を畳んでこちらにやってくる。

 ……本当に、操り人形のような動きだ。


「今日はここで休むことにする。お前らも変化を解いて良いぞ」


 アレオンがそう声を掛けると、二人は小さなドラゴンに変わった。

 彼らはこの姿がオリジナルらしい。


「お前らはそこの木陰で休んでおけ」


 ここまで指示しないと、ドラゴンたちはそこに立ち尽くしたままになる。『好きに過ごせ、自由にしてろ』と言ったところで彼らには『好き』がないし、『自由』もない。


(こんなの、生きてるって言えねえだろ……)


 アレオンは何とも言えない苦い気持ちで二人を見る。

 彼らへの同情心というよりは、魔研への強い嫌悪から来る怒りの感情。


 魔研の存在は、魔物なんかよりよっぽど害悪だ。


 荒んだ気持ちで大きく息を吐いて、アレオンはドラゴンたちの向かいの木の根元に腰を下ろした。


(あー……もう限界、早く癒やされたい)


 例のウサギをもふもふしても、やはり中身がチビじゃないと意味がない。

 拗ねたように、もう子どもが追いついてくるまでは一歩も進まないことに決めて、水筒を取りだして水を飲む。


 以前はこの刺々しい気分と不快な疲労が当然のように自分を満たしていたのに、一度あの癒やしを知ってしまうともう戻れない。

 もちろん戻る気もないし、戻りたくもない。

 あの子どもは、世界をあきらめていたアレオンを生かすために現れてくれたのではないかとすら思う。


(……もう二度と、どこにも見失わないようにしなければ)


 もう二度と。

 何故かそう考えた自分の思考に、ふと疑問を持ちかけたところで。


(……来た!)


 フロアに覚えのある二つの気配が現れて、アレオンのそんな疑問はあっという間に霧散した。

 すぐさま立ち上がり、その気配のする方へ意識を向ける。


 当然向こうのカズサもこちらの気配に勘付いているのだろう。

 方向を誤ることなく、子どもの速度でゆっくりと近づいて来た。

 しかしそのスピードがもどかしい。


 まあ、こちらから出迎えに行けばいいのだが、それも何だかすごく待っていましたという感じで気恥ずかしい。

 アレオンはそわそわと周囲を歩き回り、ようやく岩で仕切られた通路の向こう側まで彼らが来たところで出迎えに向かった。


「……やっと来たか」

「あ、殿下、お待たせ~」

「お兄ちゃん!」

「……お?」


 何でもないふうを装って出迎えたアレオンだったが、こちらに向かって微笑む子どもに、途端に動揺して固まった。


 そんなことは気にせずに、ぱたぱたと走って来たチビがアレオンの腰にしがみついて見上げ、にこにこしている。


 ……何だ、どうした、何がどうなった。

 ものすごく可愛いんですけど。いや、普通に無表情でも可愛かったけども、この笑顔の威力半端ないんですけど。


 混乱してその答えを求めるようにカズサを見ると、この状況にめっちゃニヤニヤしている。


「後で詳しく話しますけど……とりあえず、おチビちゃんに影響を与えていた術式は魔工翁によって封じられました。もうね、『お兄ちゃんのところに行ける!』って言ってずっとにこにこしてて、可愛いが止まんなかったですよ」

「いや、待て待て、よく分からんのだが、魔工翁は魔石でどんなアイテムを……?」

「だから、それは後で。おチビちゃんが、殿下は食事も睡眠も満足に取ってないだろうって心配してたんで、先に飯作ります」


 確かに、ゲートに入ってからの食事は干し肉をかじっていた程度だし、休息も腰を下ろして水分を取ったくらいだが。


「別にこの程度の日数では、どうってこと……」

「……お兄ちゃん、お休みしないの?」


 子どもの声に視線を降ろすと、さっきの笑顔が消え、眉尻をへにゃんと下げて心配そうな顔をしている。その上目遣いが超けしからん愛らしさだ。


「くっ、か……っ!」


 思わず可愛いなどと口走り掛けて、慌てて右手で自分の顔を押さえる。そして左手でチビの頭をめっちゃ撫でた。


 いや、元々可愛いとは思っていたが可愛すぎる、可愛いの最上級。

 表情が付くとさらに倍増だ。

 やばい、一瞬でも気を抜いたら顔面の筋肉が崩壊する。


 アレオンが必死に表情を堪えている向こうで、口元を押さえてうつむいたカズサが、声を出さずに激しく肩を震わせて笑っている。

 あいつ、後でぶっ飛ばす。


「わ、分かった。……ひとまず向こうで休もう。連れの半魔もあっちにいるしな」

「くふっ……そういや殿下、何の半魔を預かってきたんです? ぷふっ」

「笑いが漏れてんぞ、貴様。……竜人を二人付けられて来た」

「竜人? ドラゴンの半魔ですか」

「そうだ」


 アレオンは腰に子どもをくっつけたまま方向転換をして、元いた場所に戻る。そこの木陰にはさっきの命令のまま動かない、子ドラゴンが立っていた。


「あれ、想像と違う。何か小さいですね」

「この状態から変化をするんだ。戦闘時にはもっとでかくて戦闘向きの形状になる。人間にもなれる」

「へえ。……ところで、何でフリーズして動かないんですか?」

「……こいつらは自由意思を破壊されている。半魔生成の時の副作用みたいなものらしい」

「はあ。つまりただ使役されるだけの操り人形か。不憫だねえ」


 カズサへの説明だったが、それを聞いていたチビが不意にアレオンから離れ、ドラゴンの元に歩いて行った。

 そして彼らに話しかける。


「こんにちは」

「「……」」


 子どもの挨拶に、もちろんドラゴンは返さない。だが、彼らはチビを見た。


「チビ、そいつらは話しかけても無駄だぞ。意思がないんだから」

「ん、でも……。何か言いたいことがあるみたい」

「言いたいこと?」


 よく分からないことを言う。意思がないのに言いたいこととは。

 しかし怪訝に思うアレオンたちをよそに、チビは彼らの瞳をのぞき込んだ。


 以前の子どもと同じ、ガラス玉のような瞳。

 そこに何が見えるというのだろうか。


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