【七年前】チビの笑顔【アレオンの記憶外】
(……さて、そうすると)
もしもチビとアレオンを契約させるなら、必要になるのは子どもの同意と、それを成立させる方法だが。
(自由意思を取り戻した子どもが、一方的な使役契約を受け入れるかどうか……)
魔方陣を使う単発契約の召喚は別として、契約のやり方は魔族や半魔の個々人によって違う。
この子どもが使役を受け入れてくれるなら、多分彼なりの契約の仕方を教えてくれるだろう。しかし、それが正しいと確証する術はどこにもない。疑わずに受け入れていいものか。
チビがそんなことをするとは思えないが、使役と称して別の契約を結ばれる可能性だって完全にゼロではないのだ。
(……そのリスクを取るかどうかは、殿下次第だが)
まあそれでも、『対価の宝箱』を使用するリスクに比べたら微々たるものか。
「……とりあえず、この子の首輪は封じて良いな?」
不意に魔工翁に声を掛けられて、カズサは思考を中断した。
「あ、ええ、お願いします。……おチビちゃん、使役が解けた途端に逃げたり暴れたりしないでね?」
考えてみれば一番注意をしなくてはいけないのは、ここからアレオンのところに戻るまでだ。
その間は完全にチビの自由意思。
この子がどこかに消えてしまったりしたら、カズサがアレオンに冗談じゃなく殺される。
しかしこちらの心配をよそに、チビはきょとんとこちらを見上げて首を傾げた。
「……うん? どうして逃げるの? ぼく昨日、きつねさんと一緒にお兄ちゃんのところに行くって約束したよ?」
「あー……そうね、そうだったわ」
あまりにも普通に返されて、思わず苦笑する。
そうだ、この子は使役と関係なくアレオンに懐いている。昨日も確認したはずだったのに、それでもこうして変に勘繰ってしまうのは隠密の職業病、悪い癖だ。
「心配しなくても大丈夫だ、この子どもは今とてもフラットな状態だからな。強い抑制を受けているわけじゃないから、術が解けたからといって反発はない」
子どもの首輪を組みながら、魔工翁も請け合う。
「……身体のあちこちに見える傷はほとんど治っているし、清潔で肌つやもいい。服も良いものを着せてもらえている。魔研から保護された後はこうして大事にしてもらえているから、精神的に安定できているのだ」
「まあ、保護者がめっちゃ過保護ですからね」
「本当は、この子がちょっとでもお前たちに反発しているようなら手を貸すつもりはなかったんだが」
半魔は通常、魔力も体力も人間より高い。おかげでそれを保護という名目で捕まえて、労働力として売り飛ばすような者もいる。
だがカズサたちはそういう輩ではないと、魔工翁に認めてもらえたということなのだろう。
「……さてと、後はこっちのパーツを組み合わせて、込み栓にこのパーツを差し込めば完成だ」
「すごい、何個もの部品を組み合わせて出来てるのに表面にでこぼこがまるでない……。魔工翁、ずいぶん薄く削られてますけど、強度は大丈夫?」
「絶縁破壊が起きるような規格外の魔法でも食らわなければ問題ない。……気分はどうだ、坊主?」
問われた子どもはぱちりと目を瞬いた。
その瞳には先ほどまでのガラス玉のような無機質さはなく、明らかに生気が宿っている。
「……なんか、身体の中のもやもやしてたのがなくなったみたい」
「お前を絡めていた術式の糸がなくなったからな。首輪が重くはないか?」
「ん、大丈夫です」
首輪は一見、ガラスでコーティングされたような見た目になっていた。これなら以前より簡単に汚れを拭えるし、革の摩擦でチビの首筋に擦り傷を作る心配もない。
「ありがとうございます、おじいさん」
子どもは魔工翁にぺこりとお辞儀をすると、カズサを振り向いて破顔した。
「きつねさん、これでもうお兄ちゃんのところに行けるね!」
「お、おお……笑顔可愛いなおチビちゃん……」
嬉しそうににこにこするチビは、さっきまでの無表情とのギャップがあってとても可愛らしい。
……この笑顔を最初に向けられたのがカズサだと知ったら、アレオンは絶対悔しがって殴りに来るだろう。
恐ろしいが、自慢して反応を見てみたいという思いもある。よし、今から殴られる覚悟をしておこう。
「魔工翁、ありがとうございました。あ、ついでにおチビちゃんのポーチも買っていきたいんで、併せて会計お願いします」
「ポーチか。だったらそのサイズ調整もしてやろう。これはサービスだ。……坊主になら、そこにある小ぶりなサイズがオススメだな。上限は50個程度しか入らんが、ポーチ自体に劣化防止が付いてる」
「え、すごく良いですね、それ。50個しか入らないんじゃ俺たちが持つにはちょっと物足りないけど、おチビちゃんならちょうど良い」
もともと魔工翁の商品に外れはない。その上、彼のオススメなら間違いはないだろう。
どうせ金に糸目を付ける気はないし、性能が良いに越したことはない。
そのポーチをカウンターに持って行くと、魔工翁は子どものサイズに合わせてあっという間にベルトの調整を終えてしまった。
「ありがとうございます、おじいさん。きつねさんも」
新しいポーチを身につけて子どもらしくほわほわと笑うチビに、大人二人はつい和む。
やはり子どもはこうして表情豊かでないと。
「じゃあ魔工翁、支払いを。カードで、口座から一括引き落としね」
「ああ。では金額を確認してこの水晶板にカードをかざしてくれ。……うむ、完了だ」
これで取引は終了。後はアレオンのところに戻り、チビとの使役契約の話をするだけだ。
カズサはカードをポーチにしまってマントを整え、老人と向かい合った。
「魔工翁、すっかりお世話になりました。……今更ですけど、俺たちのことはくれぐれも内密に」
「分かっておる。半魔と関わったなんて言ったら、魔研が詮索してきてうるさくてかなわんからな。他言はせんよ。……お前たちも、ちゃんとその子を護ってやるんだぞ」
「もちろんです」
カズサがお辞儀をすると、隣で子どももお辞儀をした。
「おじいさん、お世話になりました」
「はは、最後まで礼儀正しい良い子だ。坊主、達者でな」
「はい」
笑顔で手を振り挨拶するチビにフードを被らせて、カズサは店を出る。
この後は一旦拠点に戻り、そこからアレオンのいる№8ゲートの近くに転移して、歩いてゲートを目指さなくてはならない。
ゲートの中は敵が一掃されているはずだし、できれば今日中にアレオンに合流したいところだ。
「じゃあ、殿下のところに向かおうか、おチビちゃん」
「うん。お兄ちゃんきっとお休みできなくて疲れてるもんね」
まあアレオンは、チビの笑顔を見たら疲れなんて吹っ飛んでしまうだろうけれど。
その反応を想像すると微笑ましい。
彼はきっとひとしきり固まった後に、堪えつつも萌え悶えるんだろう。
カズサはその予想に忍び笑いを漏らしつつ、子どもの手を引いて拠点へと向かった。




