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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【七年前】アイテム完成【アレオンの記憶外】

 翌日、カズサは再び長髪に丸眼鏡を着けて、チビを連れて魔工翁の店を訪れた。

 相変わらずその店内に客はおらず、二人はまっすぐカウンターに向かう。


 そこに魔工翁の姿を見つけると、チビはきちんと挨拶をした。


「おじいさん、こんにちは」

「おお、いらっしゃい。もうアイテムはできておるよ」


 子ども相手だと老人の表情は柔らかい。彼は礼儀正しいチビのことを、存外気に入ってくれたようだ。

 カズサはカウンター前の椅子に子どもを座らせて、自分はその後ろに立って魔工翁に挨拶をした。


「こんにちは、魔工翁。さっそくアイテムを見せてもらっても?」

「ああ。これが特上魔石を削って作ったアイテムだ」


 すでにそれをカウンター下に用意していたらしい。魔工翁は、アイテムの入った箱を取りだして子どもの目の前に置き、蓋を開けた。


 一体どういう探知魔法阻害アイテムを作ったのだろう。

 カズサが興味津々とのぞき込むと、想像したより小さいパーツがいくつも入っているのが見えた。ひとつひとつがアールを描き、突起やへこみがある。


 てっきり靴や手袋などで周囲とのチビの魔力伝導を遮断すると思っていたから、意外な形状だ。


「……これは?」

「首輪だ。……正確に言うと首輪カバーだな。子どもの首輪の形状に合わせてある」

「……ああ! なるほど!」


 そうか、つい子ども自体を探知から隠そうと考えていたけれど、実際に探知に引っかかるのはこの首輪。

 だとしたら、この首輪自体をまるっと覆って魔力伝導を遮断してしまえばいいのだ。


「子どもの首と首輪の接地面がなくなれば、この子の身体を通して首輪の術式が探知されることはなくなる。後は他の誰かと接触した場合のことも考えて外側も完全に覆ってしまえば、魔石の中に封じ込められた首輪の術式にはどんな魔法もたどり着けなくなるだろう」

「確かにそうだ。……まあ、首輪を外さない限り根本的な解決にはならないけど、今の時点では十分だわ」


 形状の違うパーツがたくさんあるのは、接合に他の素材を使えないため、凹凸を使ってパズルのように複雑に組み上げていかなくてはならないからだったのだ。


「さすが魔工翁。これなら万に一つも見つかる心配はないですね」

「さらに、首輪のもたらす術式自体も遮断できるからな。この子も自由になれるぞ」

「……ん?」


 魔工翁のその言葉を聞いて、はたとカズサは我に返った。

 そうだ、首輪の魔法を絶縁するということは、首輪の子どもへの影響も消えるということ。


 封じられていたチビの感情が解放される、これは結構。制御不能アウトオブコントロールから解放される、これも結構。

 しかし、使役が消えることをアレオンはきっと歓迎しない。


 彼は子どもを失うことをひどく恐れている。

 それも、この子が自由意志を取り戻し、自ら離れていくことを強く危惧している。

 その不安がどこに起因しているのかは分からないが、だからこそアレオンは使役という強制力を手放せないでいたのだ。


 それを失うとなると、正直、他のどんな不安よりもこれが『対価の宝箱』を使うトリガーとなり得る気がする。


 カズサは眉間を押さえ、しばし悩んだあげく、自身の問いがかなりの矛盾をはらむことを承知の上で、魔工翁に訊ねた。


「……つかぬ事を伺いますけど、首輪の影響を少し残したりすることって可能です?」

「……何?」


 当然だが、怪訝な顔をされる。

 まあ、子どもを魔研から救うためという名目でアイテムを作ってもらったのに、魔研の術式の影響を残せというのはおかしな話だ。


 それでもどこかに打開点を見つけなくては、危なくてアレオンの元には戻れない。カズサは慎重に言葉を選んだ。


「半魔の保護をするにあたって、きちんと人間社会で生活していけるようになるまでは、万が一の事態に備えて使役を付けておきたいんです。……使役だけでも残せませんか?」


 しかし、やはりと言うべきか、魔工翁は呆れたため息を吐く。


「無理に決まっているだろう。一部でも穴を開けては、そこから探知魔法に侵入される。そもそも使役の術式に探知のフックを掛けられているかもしれないんだ。それを感知されては、この絶縁体自体が意味を成さなくなるぞ」

「……では、新たに別の使役アイテムを作れませんか?」

「わしはそういうアイテムは作らん。……一応言っておくが、アイテムを使った強制的な使役は子どもにとって悪影響しかないからな」

「悪影響?」


 また嫌なワードが出てきた。


「意思に反する命令に従わされるのが苦痛なのは、考えれば分かるだろう。半魔や魔物はその影響が顕著で、そうしてどんどん鬱憤をため込むと、たとえば何に対しても攻撃的な者になったり、逆に生気を失って常に死ぬことばかり考える者になったりするのだ」

「……ああ、なるほど……」


 その状態、思い当たるところがある。

 以前、アレオンがチビの死にたがりを懸念していたのだ。


 カズサが加わった時には、もうチビの死の欲求をそれほど感じなかったけれど。

 未だにその状態の頃の子どもの印象が残るアレオンは、勝手に死ぬことを禁じるためにも使役を必要としていた。


(使役の影響で死にたがりになった子どもを死なせないために、さらに使役を使ってるってことか……。めっちゃ悪循環じゃないの)


 それでもアレオンの命令が子どもに反発心を抱かせるような内容ではなかったから、その心はだいぶ回復したのだろう。


「大体、この子に使役が必要か? お前たち……特に先日の保護者の男にはずいぶん懐いているようじゃないか。使役なんかよりそうした信頼関係の方が、ずっと強いつながりになるぞ」

「はあ、それはもう俺的には完全同意なんですけども」


 問題は、アレオンがそれを納得してくれないと思われることだ。

 子どもを失うことに対してひどく臆病な彼は、それでも何かしらの強制力を欲するだろう。


 カズサは頭の中で情報を整理しながら思考を巡らせ、何か良い案はないかと打開策を探る。

 そしてふと、先ほどの魔工翁の言葉を思い出した。


「……そういえば、さっき『アイテムを使った強制的な使役』は悪影響と言ってましたよね? ってことは、『アイテムを使わない任意的な使役』もあるってことですか?」

「ん? ……まあ、あるにはあるな。だが、そちらはわしの管轄外だ」


 まあ、アイテムを使わないのだから確かに魔工翁の管轄外だろう。

 それでも使役として使える手なら知りたい。カズサは身を乗り出した。


「管轄外でも、その方法を知っているなら教えて頂けませんか?」

「方法は知らんが、言えるのはこれだけだ。この子と契約をしろ」


 そう言った魔工翁は、おとなしく座っている子どもの頭を撫でた。


「何でそんなに使役にこだわるのか知らんが、この子がお前たちを認めて自分から契約をしてくれれば使役は可能になる」

「あー、なるほど……!」


 アイテムによる使役と違い、半魔や魔族との契約は双方の合意や利害の一致、対価がなければ成立しないらしい。

 つまり互いの関係性により成り立つ取引なのだ。だから、鬱憤も溜まりづらい。


 使役だと従属契約になるので完全に主と従になってしまうが、それは大して問題ではないだろう。


 これならきっとアレオンも安心できる。

 カズサは想像したよりずっと明るい解法を見つけて、ひとまず大きく安堵の息を吐いた。


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