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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【七年前】カズサとチビ【アレオンの記憶外】

 その頃、カズサはチビと一緒にザインの農場区に来ていた。


 どうせ魔工翁の魔石の加工が終わるまで、することは特にない。カズサはその間に、チビを外で遊ばせることにしたのだ。


 遊ばせると言っても、草花を眺めたり虫を取ったり、日向ぼっこをしたりというくらいのもの。けれど、いつも閉じ込められている子どもはそれだけでも十分嬉しいらしく、草原でバッタを追いかけてぱたぱたと走り回っていた。


「おチビちゃん、あんまり遠くに行っちゃだめだよ」

「うん」


 自分は大きな木の下に陣取って、のどかに子どもを見守る。

 青空の下でチビはフードを外してしまっているけれど、まあこの辺りは家畜ばかりで人の気配はないから大丈夫だ。


 カズサは一応周囲を警戒しながらも、ランチの準備を始めた。


 材料はたった今周囲の農場から直接買った新鮮なものだ。野菜にミルク、卵と、切り分けたばかりの香りのいいハム、燻製したてのソーセージ。

 それを使って、サンドウィッチといくつかのおかずと、甘いカフェオレを作る。


 最後に自分用のコーヒーをセッティングして、いつの間にか駆け回るのをやめ、立ち止まっていた子どもに目をやった。


「っ……!?」


 途端に、ひゅっと息を呑む。

 明らかにさっきまで何の気配もなかったのに、いつの間にかチビの前に黒い何かがいたのだ。


 子どもと向き合っていたそれは、カズサの視線に気付いたと同時にぱっと霧になって消えた。


「……おチビちゃん!」


 慌ててチビのところに駆けつける。

 今のは明らかに人間ではない。変化の形状からして闇の眷属か。

 急いで子どもを保護するように抱き上げると、彼はぱちくりと目を見開いた。


「きつねさん」

「大丈夫、おチビちゃん!? 何もされなかった?」

「うん。少しお話をしただけ」


 動揺するカズサをよそに、チビは普通通りだ。

 どうやら本当に何でもない様子にほっとして、しかし困惑は増す。

 あんな得体の知れない奴とお話ってどういうことだろう。


「……あいつ、おチビちゃんの知り合い?」

「ううん。初めて会ったひと。でも、あのひとはぼくのこと知ってるみたいだった」

「ええ? ……何の話をしたの?」

「えっと……いろいろ」

「いろいろって?」

「……あ、『もがれた羽を取り戻すように』って言ってた」


 羽……魔研で毟り取られたというやつか。

 チビの世話をしている段階で、カズサもその傷痕は見ていた。


 それを取り戻せと言うならば、この子どもの羽にはきっと特別な意味や役割があるのだろう。もちろん、チビの存在自体にも。

 あの黒い闇の眷属が、この子を知っていて近づいてきたというのはそういうことだ。


(……それは、殿下にとって良いことなのか、悪いことなのか)


 そもそも、強大な闇魔法を駆使するところからして、チビが特異な半魔であることは明白。今はこうしてアレオンに庇護される身だけれども。


(何らかの能力を取り戻し、庇護を必要としなくなったら?)


 羽を取り戻すことでもしも子どもがアレオンの元を離れてしまうようなら、それは許容できない。

 カズサにとっても、ようやく見つけた新たな主がそれによって壊れてしまうかもしれないからだ。


(一応殿下には報告するとして……あの人にとっても悩ましいところだろうな)


 欠損したものを取り戻してやりたい気持ちと、それを恐れる気持ち。

 チビへの献身と己のエゴ。そのせめぎ合いはきっとアレオンを苦しめる。この子どもを大事に思うからこその苦悩。

 その苦しみの逃げ道が、あの『対価の宝箱』にならないといいのだけれど。


 内心で少々憂いつつ、カズサは子どもを抱えたまま、木の下に戻ってきた。

 そして準備しておいたランチを乗せた、折りたたみテーブルの前に座らせる。


「わあ、おいしそう」

「はい、ちゃんとおしぼりで手をきれいにしてからね」

「うん」


 素直な子どもは渡されたおしぼりできちんと手を拭くと、「いただきます」と手を合わせて食べ始めた。

 カズサもその向かいに腰を下ろし、コーヒーに手を伸ばす。


 子リスのようにサンドウィッチを頬張るチビに和みつつも、カズサは改めてその姿を観察した。


(……皮膚が変色している以外は、ほぼ人間と変わらないよな。耳が尖ってもいないし、尻尾もない。そもそもこの子は一体何の半魔なんだ……?)


 闇の眷属が寄ってきたことを考えても、きっと親はだいぶ高位の魔族か、それに匹敵する者に違いない。

 ただ本人も自身の出自を知らないらしく、確認はできないのだけれど。


(さっきの眷属は知っていたに違いないよな……。捕まえられたら良かったんだが)


 しかし、さすがのカズサも霧になって逃げられてはお手上げだ。

 それに、全く気配を感じさせない空気への溶け込み方といい、個体から気体へのなめらかな変化といい、あれはおそらくかなり魔力をれている能力者。


 その暗いシルエットの中にちらりと赤い瞳が見えたことを思い出し、あの眷属は吸血鬼か、その半魔だろうとあたりを付けた。


 敵意は全くなかったが、それでも今後はもっと神経を尖らせて警戒しよう。敵意があろうがなかろうが、チビをアレオンから奪っていくようなら阻止せねばならない。


 そう決意をしつつサンドウィッチに手を伸ばすと、向かいでカフェオレを啜った子どもがぽつりと零した。


「……アレオンお兄ちゃん、ちゃんとごはん食べてるかな? 心配だね」


 ただの思いつきのように自然に出た言葉。

 しかしその言葉に、カズサの重くなりかけていた心がすっと軽くなる。

 この子が使役と関係なくアレオンという人間に懐いているのだと、知っていたはずなのに、今更のように気がついたのだ。


 今、チビは間違いなくアレオンの方を向いている。

 その事実は何よりもあの人を勇気づけるだろう。


 そうだ、結局全てはこの子どもの心一つ。

 どんな障害があろうとも、チビがアレオンと共にあることを望んでくれれば、きっとその心が折れることはない。


 カズサはその障害を乗り越える手助けをし、二人が仲良く健やかに過ごせるように取りはからうだけでいいのだ。


「……殿下はおチビちゃんがいないと休息取らないから、歩きながら干し肉かじってるくらいじゃないかな? 早く側に行ってあげないとね」

「きつねさんも一緒じゃなくちゃダメだよ。お兄ちゃんはきつねさんがいるから美味しいご飯が食べられて、安心してお休みできるんだもん」

「うあ~、おチビちゃん嬉しいこと言ってくれるなあ~」


 この子がアレオンの側でこうして望んでくれる限り、カズサはこの位置にいられる。

 そう、チビを失うことが怖いのは自分も同じ。それは同時にアレオンから必要とされなくなるということだからだ。

 だからチビを大切にするし、可愛がるし、全力で護る。


 自分本位、エゴで結構。

 それでもこれはアレオンとチビの幸福につながるのだと、カズサは胸を張って言える。


「じゃあ明日は魔工翁にアイテムもらったら、早めにゲートに行こうか。一緒にね」

「うん」


 そう子どもと示し合わせてランチを済ませたカズサは、その後少し日向ぼっこをしてから、商店でアレオンたち用の家具などを買って帰ったのだった。


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