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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【七年前の回想】カズサの帰還と新たなゲート

 基本的に、ゲート攻略の依頼がなければアレオンは自室にいる。


 身体を動かしたい時は、衛兵の教官をしているイレーナを呼び出して剣の修練をすることもあったが、最近はアレオンがさらに力を付けるのを恐れる父王に禁止されていた。


 おかげで本を読む時間は十分にある。

 隠密経由でライネルから受け取った本に、アレオンは片っ端から目を通した。


 チビはというと、ライネルが一緒に届けてくれた文字の書き方の本を隣で熱心に読んでいる。

 最初こそ色々教えてやらないと本自体を読めなかったが、今は基本の文字を教えてやったら簡単な読み書きはひとりでできるようになった。


 他にも兄が差し入れてくれた楽しげな子供用知育教材で、退屈せずに済んでいるようだ。ありがたい。


 いつから魔研にいたのかは知らないが、今までこんなふうに勉強をする機会はなかったのだろう。表情はなくても熱中してどこか楽しげな様子に、アレオンも触発されるように本を読みふけった。


 そうして10日ほど経った頃。

 ルウドルトを経由して、ザインに行っていたカズサからようやく連絡が入った。


「アレオン殿下、死神が秘密裏にお会いしたいそうです」

「ああ、あいつやっと戻ってきたか」


 拠点は問題なく準備しただろうが、それよりも重要なのは特上魔石の加工の件だ。首尾良く手配できていればいいが。


「オネエたちとあいつの連携はちゃんと取れそうか?」

「はい。彼らはみな死神にずいぶん好意的なようです。……そういえば、『もうあの人を死神と呼ばないで!』とオネエに叱られましたが」

「まあ、暗殺者やめたしな。あいつは狐でいい。チビもそう呼んでる」

「それが殿下の使う死神への呼称ですね。では私もそれに準ずることにします」


 ルウドルトはそう言って頷くと、話を変えた。


「そちらの話とは別で、今日はゲート攻略の任務をお持ちしました」

「あ、そっちもか。今度はどこだ?」

「王都から少し距離のあるランクSSのゲート、8番です。古くて封印がほころんできているので、今回潰してしまおうということになったようです」

「8番……これか」


 アレオンはリストを眺め、詳細を確認する。

 そこはドラゴン系魔物のゲートだった。


「バリバリ属性持ち物理耐性大のゲートじゃねえか……。ドラゴンキラーもブレスを防ぐローブも無しで行けってか。ゲートを潰したいのか俺を潰したいのか分からんな」

「とりあえずはゲートでしょう。表向きは封印のほころびがあるからという理由ですが、攻略してドラゴンの素材を持ち帰れという指示ですし」

「ドラゴンの素材? ……もしかして、魔研の要望か」


 つい嫌な顔をしてしまうのは仕方がない。

 一体今度はどんな胸くそ悪い研究をするつもりなのか。正直関わりたくないのだ。


 ただ、もしも魔研が子どもをあきらめて別の研究に入ってくれたというのなら、話は別なのだが。


「魔研が陛下に要請したのは間違いありません。その目的は定かではありませんが、今度もまた攻略の供として殿下に半魔を預けると言っています」

「俺にまた半魔を?」

「ゲートに行く前に、魔研に寄るようにということでした」


 現時点ではどういうつもりなのか分からないが、まあ行くしかあるまい。

 貴重な素材が欲しいなら、さすがにアレオンに不利になるようなものは押しつけないだろう。


 ……それに、少しだけ子どもの捜索についての探りを入れられるかもしれない。


「んで、今回の支度金は?」

「銀貨10枚です」

「食料以外何も買えねえじゃねえか。舐めてんのか?」

「貴方のお父上はクソ野郎なのであきらめて下さい」

「じゃあ仕方がない」


 もう怒るのも馬鹿らしい。

 どうせもう金の心配はいらないのだし、とっとと兄貴に潰されろ、とだけ念じておこう。


「ゲート攻略の件は狐には?」

「あちらからの接触には情報が間に合いませんでしたが、その後に伝言を命じたのでもう伝わっていると思います。さっきチャラ男がアメちゃんをもらって帰ってきていたので」

「……アメちゃん?」

「ちゃんと仕事をすると死神……狐がくれるそうです。昔からの恒例だと言っていました」


 チャラ男はアレオンとそう変わらない歳のはずだが、そんな男にアメちゃん。カズサの世話焼き保護者臭がすごい。

 あいつオカンか。


「ま、話が通っているならいい。一度街に出て狐に会って、それから魔研に行ってこよう」

「はい、くれぐれもお気を付けて。ではこれが今回のゲートの封印を解除するコードです」


 ルウドルトはコードのメモを差し出すと、立ち上がって一礼し、退出していった。


「チビ」


 再び二人になった部屋の中で、子どもを呼ぶ。

 今日のチビはアレオンがルウドルトと話している間、ソファでなく、ずっとベッドの縁に座って本を読んでいたのだ。


 呼ばれた子どもは本を閉じて置くと、すぐにアレオンの側にやってきた。


「俺はこれから出掛けてくる。ひとりで留守番できるか?」

「……ぼく、ひとり?」


 心細げに訊ね返されて、何となく慌てる。


「少しの間だけだ。狐と会って、……それから以前お前のいたあの建物に行ってくる。お前を連れて行くわけにはいかないんだ」


 魔研のことを遠回しに言うと、チビはびくりと肩を震わせた。

 やはりあそこには帰りたくないのだろう。

 おどおどしながらも頷く。


「……ここで待ってる」


 アレオンはその言葉に安堵し、なだめるようにチビの頭を撫でた。


「よし。……いいか、この部屋から絶対出るなよ。命令だ」

「うん、分かった」


 ある意味、今ここはどこよりも安全だ。念を押すように子どもにそう命令すると、アレオンは身支度を始めた。


 身支度と言ってもどこに行くにも持って行くものは決まっているし、少ないからいつもポーチに入っている。あとは鎧を着けてマントを羽織り、腰に剣とナイフをぶら下げるだけだ。


「じゃあ行ってくる」

「……お兄ちゃん、早く帰ってきてね」

「ああ」


 どこか不安げな子どもの頭をもう一度撫でると、アレオンは墓地へ通じる隠し通路の扉を開けた。

 そのまま足早に地上を目指す。


 狐とは特に落ち合う場所も決めてはいないが、街中を歩いていればどうせ勝手にこちらを見つけて近寄ってくるだろう。


 アレオンはフードを目深に被って墓地に出ると、そのまま大通りのある商業区に向かった。


 ここは冒険者が多く、誰と接触するにも紛れやすく目立ちづらい。特に華美でも高価でもない装備のアレオンは、気配を消していればひとりであること以外は一見凡庸な冒険者だ。


 今回も一般冒険者を装いながら街を歩き、ついでにゲート攻略用の食材も買い回った。

 ……まあ、資金が寂しいせいですぐに買えるものがなくなったが。


「お兄さん、これ落としましたよ」


 そんな時、アレオンは突然背後から声を掛けられた。

 ほぼ視線だけで振り向くと、丸眼鏡を掛けた長髪の男がこちらに向かって身に覚えのないカードを差し出している。


 一瞬だけそれを怪訝に思ったが、しかしすぐにそれが知った気配だと気付いて、アレオンはそのカードを受け取った。


「……ああ」


 ためらいなくそれを受け取ってポーチに入れる。

 そしてそのまま歩き出すと、長髪の男もその後ろをついてきた。


「お肉は買いました? ドラゴンの肉は硬くて調理しづらいので、おチビちゃんのためには柔らかいお肉を買っておいた方がいいですよ」

「……資金が足りなくて買えなかったとこだ。これから買う。……しかし何だその胡散臭え格好。いつもの胡散臭さの五割増しくらいになってるぞ」

「変装ですよ、変装。一瞬俺だって分かんないでしょ?」


 長髪の男はカズサが扮したものだった。

 確かに、見た目では分からない。眼鏡の奥の目もメイクを施しているようで、いつもの狐目が大きく見える。こんな化粧もできるとは器用な男だ。


「買い物終えたら一息つきません? 俺いい店知ってるんですよ」

「……そうだな」


 おそらく報告をするのに情報が漏れない場所を提案しているのだろうと察して、アレオンは頷いた。

 子どもを部屋に残したままゆっくりする気にはなれないが、必要な小休止だ。


「……この後は魔研にも行かねばならん。手短にな」


 そう告げると、カズサが目を丸くした。


「え? 何? おチビちゃんの件ですか?」

「いや、直接的には違いそうだが……後で話す」


 この往来でする話ではないだろう。

 話はそこで切って、まずは買い物に専念した。


 さっき渡されたカードはアレオン用にカズサが作ったもので、先日の素材などの売り上げ金が入っている。

 それで必要なものを十分に買いそろえると、二人は大通りから路地に入り、目立たないひとつの茶屋に入った。

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