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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【七年前の回想】ゲートクリア

 翌日、魔力が満タンまで回復はしていないものの、チビは目を覚ました。

 そしてきょろきょろと見回してアレオンを見つけ、ぺたぺた触って無事だったことを確認すると、それからは食事を取る間ずっとぴったり横にくっついていた。


「おチビちゃん、殿下が危ない目にばっかり遭ってたから心配なのかな? 可愛いねえ」

「……確かに昨日の雪崩れは不覚を取った。チビの魔法で助かったぞ。命令通り、よくやったな」


 慣れない労いの言葉を掛け頭を撫でると、子どもはこちらをじっと見上げ、アレオンに擦り寄ってくる。

 もっと撫でて欲しいんだろうか。表情はなくても、小動物のようなその仕草だけでも可愛らしい。


(……もしもこの首輪に封じられている感情を解放してやることができれば、笑いかけてくれるのかもしれないのに)


 ふいと脳裏に浮かぶ小さな欲。

 そのすべを手に入れるのに、必要なのは……。


(必要なのは、対価だ)


 意図せずにあの宝箱のことが頭を掠め、はたと我に返ったアレオンは慌ててそれを思考から追い出した。

 動揺を覚られないよう冷静さを装って、話を変える。


「……今日戦うボスはお前の魔法がなくても勝てる相手だ。回復しきってないお前が無理に戦う必要はないからな」

「うん」

「まあランクSの物理系ボスなら殿下一人で倒せるし、俺とおチビちゃんは高みの見物させてもらおうね」

「ボスを倒し終わったら、ボスフロアでアイテム整理をしてから出るぞ。外ではゆっくり仕分けもできん」

「おチビちゃんが宝箱で良い物いっぱい出してくれたもんね~」


 当然だがアレオンは、アイテム隠しがバレない程度には王宮に戦利品を持ち帰らなければいけない。その分をきっちり確保しておかなくてはいけなかった。

 とはいえ、元々ほとんど宝箱を開けないアレオンだ。必要なものをカズサに預けたところで、持ち帰る総数はそれほど減らないだろう。


「……そういや貴様、王都の中に拠点はあるのか?」

「もちろんです。ただ、場所はさすがに殿下にも教えられませんけど」

「それは構わんが、俺たちが預けたものをどのくらい置いておけるんだ?」

「あんまり広くないんで、武器防具なら大きめのクローゼット一個分くらいですかね」

「他の街に拠点は」

「今はないです。死神稼業の時はほぼ王都での仕事でしたし」


 カズサが暗殺者だった頃は、他の街に情報収集に向かって長く滞在する、なんてことはなかったらしい。

 ……まあ確かに、死神を使ってまで暗殺を企むような奴は、国の権力が集中する王都にしか居まい。


「なら、他の街にも拠点を作れ。このゲートで魔物から剥ぎ取った素材を売っただけでも、十分その資金になるだろう」

「了解です。そうですね、他の街にも拠点があれば、おチビちゃんを一時的にでも隠すことができますし。少し広めのところを見繕えば、殿下から預かった荷物も置いておけますもんね」

「そこは俺も出入りするから、貴様の重要なものは王都のアジトに置いておけよ。その拠点に置いてあるもんは俺も勝手に使うからな」

「はいはい。……あれ、でも」


 軽く返事をした後、ふとカズサが首を傾げた。


「殿下って、他の街で転移できるところあるんですか? 一度でも来訪履歴がないと転移できないでしょ。検問所を通るわけにもいかないし」

「ああ、それもそうか」


 一応どこだろうと忍び込めるとは思うが、万が一見つかると後々面倒だ。


「あ、村は却下ですよ。人数が少ないとみんなが顔見知りで、余所者が目立ちますし。やはりジラックかザインですね」

「だったらザインだ。幼い頃、母親に連れられて療養に行ったことがある。あそこには王族の別邸があるからな」

「ザインですか。うん、魔工翁の店もあるし、ちょうどいいかな。じゃあ魔石加工の件と一緒に手配して来ます」

「他のことはボス戦が終わった後に整理しよう。……チビ、ちゃんと飯食ったか?」

「うん。いっぱい食べた」

「では片付けて出発する」


 アレオンは立ち上がった。


 何となく背後……通路の奥から見えない糸で手繰られているような感覚を覚えるが、それを振りほどく。

 その誘いに乗るのが愚行であると理解できているうちは大丈夫だ。


 気を紛らわせるように積極的にテントの片付けをすると、アレオンは子どもを連れてその洞窟を後にした。






 そして辿り着いた最下層。

 敵はオールドイエティ・キングで、アレオンが得意とするパワータイプだった。


 チビをカズサに守らせて、アレオンはそれを何の問題もなく葬る。

 全てが終わると、三人で報酬部屋へ入った。


「チビ、ボス宝箱を開けてこい」

「うん」

「このゲートで手に入るアイテムはそれで最後ですね。じゃあここでアイテム整理しますか」


 ここは独立した空間で、雪山の寒さの影響もない。たき火のいらない快適空間は久々だ。

 チビが宝箱を開けに行っている間に、カズサはくつろいであぐらを掻き、ポーチから戦利品を取り出した。


「おチビちゃん、宝箱には何が入ってた? 持ってこれる?」

「うん、持って行けるよ」


 子どもが上半身をまるまる宝箱に突っ込むようにして中のアイテムを集めている。アレオンはそのまま中に転げ入ってしまうのではと心配したが、大して重いものはなかったらしく、チビはそのまま「よいしょ」と上半身を起こした。


「チビ、何が入ってた?」

「なんかお薬ふたつと腕輪」


 大きな宝箱だが、入っていたものはチビの手の中に収まる量だ。

 子どもはそれを持って、とことここちらに歩いてきた。


「おチビちゃんが開けると色々珍しいものが出るね。俺も幸運ラック高いから結構良い物出るけど、分かりやすい武器とか装備アイテムメインだもんな」

「……俺は宝箱自体を滅多に開けないし、あんまり特別なものも出ないから、このアイテムがどういうものかも分からんな」


 チビから渡されたアイテムは、アレオンの見たことがないものだ。そのままカズサに渡すと、彼はそれをしげしげと眺めた。


「薬は……何だろう? 俺もこっちは見たことないな。もうひとつは魔力増強剤に似てるけど……薬は怖いから、ちゃんと鑑定してもらったほうがいいですね」

「腕輪はわかるか?」


 魔法鉱石でできているらしい腕輪は、魔石と宝石がはまっている。内側には術式が書いてあるが、アレオンにはさっぱりだ。

 ……今後のことも考えると、簡単な術式くらいは勉強した方がいいかもしれない。


「あー、これ、もしかして。おチビちゃんには最適のアイテムかも」

「ぼくに?」

「うん。多分だけど、これ魔法を使い切った時用に予備魔力を一回分溜めておく腕輪だよ。ただ俺もこれ系には詳しくないから、一応こっちも鑑定に出してくるね」

「おい。他の、途中で見つけた宝箱のアイテムはどうだ?」

「こっちはボス宝箱ほど特殊なものは出ないんで、大体分かります。殿下が隠しておきたいものだけ選り分けて下さい。俺が持ち帰りますから」


 カズサに言われて、アレオンは特に必要なアイテムだけを手に取った。


 実際は属性付きのアイテムはほとんど全部欲しいところだが、王宮に持ち帰るものの数やグレードをあからさまに下げるわけにもいかない。

 いくつか稀少なものも含めておかなければ怪しまれてしまうのだ。


「とりあえず欲しいのは状態異常無効の指輪と、この斬絶属性+のアダマンタイトの剣だな。それから劣化防止BOX『小』」

「ああ、劣化防止BOXは出て良かったですね。俺のも『小』だったから、二個あってちょうどいいくらいです。この『魔法の蛇口』も取っときましょうよ。これ、壁に取り付けて蛇口をひねればどこでも水が出る優れものですよ」

「それは、チビにシャワーを浴びさせるのに是非必要だな。許可する」


 そうして選別し終えたアイテムを、カズサとアレオンはそれぞれポーチへとしまった。

 とりあえず後は地上に戻るだけだ。


「今後、殿下への連絡手段にはオネエたちを使っても?」

「構わん。ルウドルトを通して話を付けておく。俺からの連絡もそっちを通すから、俺たちがゲートに行くときはちゃんと、今預けた荷物を届けろ」

「んもー、なんで素直に『ゲートに一緒に来い』って言ってくれないかなあ」

「きつねさん、次も一緒にゲート来てね」

「もちろんだよ~。おチビちゃんは素直で可愛いねえ」

「チビを手懐けんな、クソが!」


 カズサをしっしっと追い払うようにして、アレオンは子どもに向き直った。


「おいチビ、ここを出たら俺が描いておいた魔方陣がある。探知魔法を阻害できるものだから、出てすぐに魔力を注いで発動させろ」

「うん、分かった」

「……そのウサギの着ぐるみも目立つから脱いだ方がいいな。待ち構えている輩がいると困る。兄貴から子供服を何着かもらってきてあるからそれを着て、この子供用のマントを着けろ」


 最後に子どもに着替えをさせれば、もう外に出る準備は万端だ。

 アレオンはチビを連れ立って脱出用の魔方陣に向かう。カズサがその後ろで、忘れ物がないか確認してからついてきた。


「俺はここを出たらそのまま一旦ザインに飛びますね。王都に戻ったら一度連絡します」

「ああ」

「……殿下、くれぐれも欲望の罠に唆されませんよう、お気を付け下さい」

「……分かっている」


 そんなやりとりをする二人の間で、チビが不思議そうにぱちりと目を瞬いた。


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