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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【七年前の回想】対価の宝箱

 壊れた壁の向こうには、小さな小部屋があった。

 その中央に、見たことのない宝箱が鎮座している。


 真っ白な本体に、真っ黒な金具。完全なるモノクロだ。


「……何だ? この宝箱。鍵は掛かっていないようだが……」

「えっ、うわ、これ、もしかして『対価の宝箱』!?」

「知っているのか?」


 どうやらこの宝箱が何かを知っているらしいカズサに訊ねる。

 すると彼は、困惑気味に口を開いた。


「見るのは初めてです。……殿下は魔法史の本や歴史寓話はあんまり読まない人? 他国の興亡記に時々出てくるんですけど」

「……本は剣術書や魔物に関してのレポートくらいしか読まん」

「あー……じゃあ知らないか。これは『対価の宝箱』と言って、対価を払えば望みのものを何でも出してくれる宝箱です」

「……望みのものを、何でも?」


 その言葉に、アレオンはつい前のめりになる。

 だってそれは、対価を払えば超聖水だろうが究極の剣だろうが、何でも出してくれる、ということだからだ。


 しかし、カズサはそんなアレオンを制した。


「安易に食いつくのは危険です。この宝箱は究極の欲望の罠と言っていい。実際、過去にこの宝箱に囚われて滅んだ国の逸話がいくつもあるんですよ」

「……こんな宝箱ひとつで国が滅ぶって?」

「考えても見てください、どんな愚者にも対価さえ払えば望みのものをもたらす宝箱ですよ。そんなものを得て徐々に自分が他者より優れているという錯覚に陥った者が、国を簒奪し自らが王になろうとすればどうなるか。……それに、相応の対価を払うために、大きな犠牲も必要になる」


 確かに、大きなものを望めばその分対価も大きくなるが。


「……待て。もしかしてこの宝箱との等価交換って、一回だけじゃないのか?」

「何回でも使えます。……まあ、その使用者が本当に大事なものを対価として差し出して滅ぶまで、ですかね」


 カズサによると、どうやらこの『対価の宝箱』は最初に開けた人間について回り、欲望を満たすべくどんどん願いを叶えてくれるのだそうだ。

 初めは小さなものから始まって、徐々に願いも対価も大きくなり、やがて最後には取り返しのつかない取引をしてその人間を滅ぼす。


「最後の対価は自分の命か」

「……そういうわけでもないですね。一番メジャーな話だと、最初は最愛の奥さんの病気を治したくて宝箱と取引を始めた男が、最後には王位を取るために奥さんの命を対価として差し出したってのがありますよ。まあ、その直後に男はひどく悔やんで自ら命を絶ったという話ですけど」

「王位を取っておいて勝手に死ぬとは迷惑な奴だな」


 思わず憐憫も何もない突っ込みをすると、カズサは肩を竦めた。


「感想そっち? 殿下にはあんま響かなかったか~。……とにかく、欲望は人を狂わせるって話ですよ。と言っても、囚われている最中は何らかの暗示に掛かっている可能性もありますがね」

「状態異常か? 魅了とか混乱とか」

「それなら簡単なんですけど。どっちかっていうと、洗脳とか深層心理に作用する厄介なやつです、多分」


 カズサ的には、だからこの宝箱には手を出さない方が良い、ということなのだろう。

 しかしアレオンとしては、せめて超聖水だけでも欲しいのだ。

 一回だけの使用なら大丈夫じゃなかろうか。


「まさか、全員滅んだわけじゃあるまい。この宝箱との取引を途中で止めた奴だっているんだろう?」

「一応います。ただ、すごく難しいらしいですよ」

「取引を止める条件がか?」

「いえ、自身の意思で宝箱を手放すのが、です」

「は? 俺の胸三寸なら問題ねえだろ。終わったら宝箱叩き割る」

「……そうできれば良いですけどねえ……」


 カズサはやたらと懐疑的だ。


 だがアレオンは気にせずに、宝箱の前に行って蓋を開けた。


「あっ、もう! 面倒なことになるのに~」

『こんにちは! 開けてくれて嬉しいわ』


 文句を言うカズサにかぶせるように聞こえる、女性の声。

 すぐに、宝箱の中から羽のついた小さな妖精らしき見た目の女性が姿を現した。精霊とはまた違うようだ。

 コロコロとした声には、おもねるような響きがある。


『アレオン様。対価を払えば、望むものを差し上げましょう』


 なぜだか、こちらが名乗る前に名を呼ばれた。


「……俺のことを知っているのか?」

『もちろん。私はあなたの悩みを理解し、望みを叶える者。あなたのことは何でも知っているわ。まずは超聖水が欲しいのでしょう?』

「……そうだ」


 本当に分かっている。

 宝箱は一人の人間に付きまとうと言うし、どうやったのかは知らないが、最初に宝箱に触れた時点でアレオンのパーソナルな情報を読み込んだのだろう。


 それだけで、この宝箱はゲートから独立した存在だと分かる。一介の魔物が用意できるものではないからだ。


 やはり、少し気を引き締めた方がいいようだ。

 アレオンは警戒しながら取引を始めた。


「……超聖水を出すには、何を対価に差し出せば良い?」

『では、特上のハイポーションを』

「これか」


 先日、ゲートに入る際にルウドルト経由でライネルからもらったものだ。この妖精もどきは、所持品も把握しているらしい。


 だがまあ確かに、価値としてはほぼ等価。

 惜しいものでもないしと、アレオンはそれを差し出した。


『ではアレオン様、それを宝箱に入れて、一旦閉じてください』


 言われた通りに宝箱にアイテムを入れる。

 それを確認して、彼女はその蓋をコツコツと叩いた。

 何かの合図だろうか。だとすると、アイテムを出す力自体はこの妖精もどきでなく、宝箱が持つものなのかもしれない。


 そんなことを考えながら観察していると、一度ふわりと宝箱が光り、しかしすぐに収まった。


『アレオン様、では宝箱を開けてください』

「ああ」


 アレオンは無造作に宝箱を開ける。

 すると、中には特上ハイポーションに替わり、本当に超聖水が入っていた。


「超聖水……! まさか、こんなに簡単に手に入るなんて!」

『喜んで頂けたならなによりです』

「ハイ殿下、目的のものが手に入ったんですから、宝箱叩き割って!」

「ん、ああ」


 後ろからカズサが促す。が、早速アレオンは少しその気持ちが削がれていた。


 超聖水の効果は一ヶ月。当然その後も必要になることを考えると、これだけ楽に手に入るなら、この入手手段は残しておきたい気がするのだ。


「殿下、それ悪質な売り込みの手口ですよ! 二個目からはどんどん対価の条件が厳しくなっていきますからね!」

『あら、アレオン様が欲しいのは超聖水だけではないでしょう? もちろん別のものでも良いのですよ』

「……別のもの?」

『大きなお悩みの一つ、チビ様の首輪に関するものです』

「何……!?」


 アレオンは思わず身を乗り出した。

 そういえばこの宝箱は、対価さえ払えば何でも望みのものを出してくれるのだったか。

 だとすれば、根本的に現状を変えるアイテムが用意できるのかもしれない。


「俺は、首輪を……外したくないんだが」

『承知しております、アレオン様。だとすれば必要なのは、チビ様の首輪の術式の書き換え……。それが為せれば、探知を逃れることができます』

「書き換えなんて、できるのか!?」

『その望みを叶えるアイテムを私がご用意しましょう』


 首輪は外すか隠すかの二択しかないと思っていたけれど、書き換える術があるとは。

 アレオンは妖精もどきの話にすっかり食い付いてしまった。


 だってもし書き換えができるなら、探知を回避できることはもとより、使役は残したままでチビの感情を戻すこともできるのだ。


「もー、殿下チョロすぎ~。警戒心強い割に直情的でこういうやり口に引っかかりやすいんだなあ」

「うるせえな、これが解決すりゃそもそも超聖水とか特上魔石とか、他のもんいらなくなるんだ。手に入れた方が得だろうが」

「これで全てが解決すれば、ですけどね」


 端で見ていたカズサは大きくため息を吐いた。

 アレオンは構わず妖精もどきに訊ねる。


「で、そのアイテムの対価は」

『では、エルダール王家に伝わる初代の歴史書を』

「王宮図書館にあるやつか。確かあそこは警備自体は普通だと聞いたし……まあ、どうにかなるかな」

「はいっ、終了~」


 対価を聞き、それを手に入れる算段を練っていると、唐突にカズサが間に入ってきて宝箱の蓋を閉めた。妖精もどきもろともだ。

 そしてアレオンの方を見ると、再び大きくため息を吐いた。


「だから言ったのに……。さ、殿下、一回頭冷やしますよ。おチビちゃんを早くちゃんと寝かせたかったはずなのに、すでに腕の中におチビちゃんがいることすら忘れてたでしょ」

「……あ? い、いや、断じてそんなことは……」


 カズサに指摘されて、確かにチビの存在に意識が行ってなかったことに気付く。今まで一度たりともなかったことだ。

 ……たったこれだけのやりとりで、すでに引き込まれていた?


「まあいいです。とりあえず宝箱はこのままにして、もっと酸素の濃いところでテント張りましょ」


 アレオンが自覚したことに気付いたのだろう、特に突っ込むことはせず、カズサは話を切り替えて移動を始めた。

 子どもを抱えて、アレオンもその後に続く。


(欲望の罠か……気をつけなくては)


 しかし何となく後ろ髪引かれる思いがして振り向くと、どこからか『明日もお待ちしています』という声が聞こえた気がした。


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