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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【七年前の回想】殺さないで

「心配しなくても、他言はしませんよ。隠密は口が堅いんで」

「……俺が貴様を部下にすることを拒否してもか?」


 そう訊ねると、カズサはにやりと笑った。


「断られて腹を立てた俺が情報を陛下に売って、全てを台無しにするとでも思ってます? そんな愚行をする奴は無能です。貴重な情報は隠しているからこそ価値がある。バラしたらもう何の役にも立たないじゃないですか」


 確かに、自棄になって情報をバラせば情報提供料としていくらか金は入るかもしれないが、それだけだ。

 それに感情的に多少すっきりするとしても、事が成せなかった事実は変わらない。


 カズサはそれを愚行と断じた。


「情報と脳みそは、事を成就させるために使うもの。一度断られても、俺なら次にこの情報を元に搦め手でいきます。情報を持ってライネル殿下に近づけば、彼をこちら側に巻き込むことも可能……。あの手この手で必ずやアレオン殿下の配下になってみせます」

「……うぜえ……」


 これは、おそらくアレオンが断ったら本当にやる。

 そうなるときっと、ライネルとオネエたちがこぞってアレオンに『カズサを部下にしろ』と言ってくるだろう。そもそもメリットばかりで、断る理由がないからだ。


 そこで断る理由を『チビが俺より狐に懐くと困るから』とは、さすがにアレオンも言えない。


「……やはり殺すしかないか」

「ちょ、だからなんでそうなんの!? 俺めっちゃ忠実に働く良い部下ですよ!?」


 牽制をするように軽く脅しを掛ける。

 と、不意に隣から袖を引かれてそちらに目を向けた。


「……どうした、チビ」


 すぐ近くでガラス玉がこちらを見上げている。

 何か言いたげな様子に訊ねると、子どもは一度カズサを見、それから再びアレオンに視線を戻した。


「お兄ちゃん、きつねさんを殺さないで」

「……あ?」

「キツネさんが死んだら嫌なの」


 ……なん、だと?

 もちろん(まだ)本気で殺すつもりなんてなかったが、チビの思わぬ懇願にピキッとこめかみに青筋が立った。


 ……もしかして己の恐れていたことが、今目の前で起こっているのか。


 アレオンは鬼のような険しい顔でカズサを睨め付けた。


「……貴様、とうとうチビを手懐けやがったな……コロス!!」

「うわっ、本意気の殺意キタコレ! ちゅうか、おチビちゃんが俺をかばったからって嫉妬とか、心狭すぎでしょ!」

「し、嫉妬じゃねえわ! 仮でも今は俺の下にいるくせに、懐かれ度で俺の上に行こうとする貴様に制裁を加えるだけだ!」

「行ってないし、行こうとしてない! おチビちゃん、暴れん坊お兄ちゃんをどうにかして!」


 突然の険悪な展開について行けずに固まっていた子どもに、カズサが助けを求める。

 するとチビははたと何かを思い立ったように、アレオンの右腕に縋り付いた。


「よし、良いぞおチビちゃん! そのままがっちりホールド!」

「くっ、何を……!?」


 ふわもこ着ぐるみを着た子どもが、ぴったりと体の右側にくっついている。

 くそ、これは振り払えない。和み効果で戦意がごっそり奪われて、このまま抱き込んでもふりたい衝動にすら駆られる。


「……ふう、危なかった。やっぱ殿下の沈静にはおチビちゃんがよく効くわ~」

「貴様……俺がいない間にこいつに仕込んだな……!」

「嫌なら『離れろ』って命令したらいいじゃないですか」

「べ、別に嫌なわけじゃ……」


 ついもごもごと口ごもっていると、子どもが間近でじいっとこっちを見上げてきた。その瞳に若干怯む。


「お兄ちゃん」

「な、何だ」

「ぼくは、きつねさんがいなくなると、アレオンお兄ちゃんがお休みできなくなるから嫌なの。だからきつねさんを殺さないで」

「ん?」


 きちんと聞くと、どうもチビの意図とアレオンの理解には齟齬があるようだった。


「お兄ちゃん、ぼくのせいでずっとお休みできなかったでしょ。でもきつねさんが来てくれて、お兄ちゃんがゆっくりお休みして元気になって、すごくほっとしたの」

「……ああ、うん、そうか……」


 なるほど、チビはアレオンの体調を気遣っていたのだ。

 カズサがいないと、アレオンがきちんと休息を取るのは難しい。だからこそ、カズサを殺すなと言っている。


 カズサのための言でなくアレオンを思っての言葉だと知れば、嫉妬心はすうっときれいに霧散した。

 少しだけ照れくさく思い、ひとつ咳払いをする。


「……まあ、お前がそう言うなら殺すのは考え直してもいい」

「ほんと? 良かった……。そしたらね、これからもついてきてくれるように、きつねさんをアレオンお兄ちゃんのハイカにしたら良いと思うの」

「そう……うん? んんん?」


 しかし、まっすぐこちらを見つめる子どもが次に発した科白に、一瞬アレオンの思考が止まった。


 ハイカ……配下?

 すっかり和んでいたアレオンの瞳が、その単語で再び剣呑な光を帯びてカズサを捉えた。


「……狐目野郎……これは貴様の入れ知恵か」

「入れ知恵とは人聞きの悪い。俺がいるとどれだけ殿下にとってお得か、おチビちゃんにプレゼンしただけですよ?」


 カズサはニヤニヤと笑っている。


 アレオンが未だカズサを配下にする気がないと見越して、ライネルどころかすでにチビを相手に搦め手を仕掛けていたわけだ。

 おそらくこの子どもに言わせるのが、一番アレオンに効果があることも分かっているのだろう。腹立たしい。


「言っときますが、俺はおチビちゃんに『殿下にこう言え』なんて命令は一切してませんからね。今のはおチビちゃんの意思です」

「えっとね、きつねさんがいると、お兄ちゃんは休めるし、ご飯も作ってもらえるし、いっぱい野営グッズ持ってるし、手に入れたアイテムを預けたりできるって」

「そういう怪しい売り込みを簡単に信じるんじゃない」


 アレオンはため息を吐いた。

 ……まあ、カズサを使うメリットは十分分かっているのだ。ただそうして、子どもの懐に入るのが上手いことが鼻につく。


「……その話はもういい。全く、狐のせいでだいぶ話題が逸れてしまった。話を戻すぞ」


 とりあえずカズサを部下にする件は放っておこう。


 アレオンは話を無理矢理に軌道修正した。

 何につけ、今必要なのは特上魔石なのだ。


「まず下の階に降りたら、魔物一匹ずつを相手にしていく。ランクS魔物は群れないのが唯一の利点だからな」

「敵を見つけたら一気呵成に攻めちゃっていいんですか?」

「いや、基本は俺が行く。狐はチビを守ってろ。ただ、魔族が出たら狐に任せる。俺は鎧に状態異常の耐性がないからな。魔族は他の魔物に比べて小柄だし、急所突きやすいし、貴様向きだろう」

「まあ、俺の短刀だとでかい魔物の急所に届かないことがありますしね。魔法耐性さえしっかりしてればどうにかなる魔族の方が、いくらか対応しやすいかな」


 基本的に物理で行ける敵はアレオン、魔法で向かってくる敵にはカズサという態勢だ。


「チビは必要がなければ手を出すな。だが、実態のない幽体系の魔物だけはお前に任せる」

「うん、分かった」


 チビはできれば危険な目に遭わせたくないが、最低限の仕事は任せる。アレオンもカズサも、実態がない魔物とは相性が悪いのだ。

 ひとりにしない、魔力残量に気をつける、この二つを守れば、特に問題はないだろう。


「殿下、宝箱は? この階まではだいぶスルーして来ちゃったけど……宝箱って特定のものを除けば、開ける瞬間に開封者の幸運値なんかを加味して自動生成されるから、超聖水が手に入る可能性もあるよ」

「あ、そうか。その瞬間にアイテムが生成されるなら、超聖水だって出るかもしれんな。……よし、宝箱も開けながら行こう。狐、もちろん解錠スキル持ちだろうな?」


 訊ねたアレオンに、カズサは自慢げに頷いた。


「当然です」

「なら良し。解錠した宝箱はチビが開けろ。幸運が高いからな、良い物が出る確率が上がる」

「うん」

「俺も幸運は高い方ですけど」

「却下」


 宝箱開けはチビにやらせると喜ぶからチビ担当だ。狐にやらせる義理はない。


「まあ良いっすけど……良い物が出たら、一応俺が預かっておきます? 殿下、王宮に持ち帰ると没収されんでしょ?」

「あー……そうだな……」

「そうだ、こっからは素材も剥ぎますか。俺が裏ルートで売っ払って金に換えておきますよ。偽名義で殿下の口座カード作っときます」


 ……こいつ、金とアイテムをえさに、つながりを保つ気だな。全く、油断も隙もない。

 しかし実際、外部でアイテムや金の管理をしてくれる人間がいるのは、ありがたくもあるのだが。


「……とりあえず飯を食い終わったら下るか。今日の到達目標階は70階だ。1フロアに敵が10体いれば、100体狩れるな。全滅させながら行けば、休息もゆっくり取れる」

「……俺は今、恐ろしいハードノルマを聞いた」

「1フロアを1時間ちょっとで回れば余裕だ」

「敵1体あたり10分もないんですけど」

「歩き回る時間を考えたら1体5分が理想だな」

「宝箱の鍵を解錠する時間より短いんですけど」

「つべこべ言わずやれ」

「ハイ」


 アレオンたちは食事を終えると、早速身支度を調えて61階へと下っていった。


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