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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【七年前の回想】カズサにバレた

 翌日、アレオンは早朝からゲートへと戻った。


 必要な物は買いそろえてあるし、他に足りない物が出れば今度はカズサにお遣いを頼めばいい。

 とにかくアレオンは、早くチビの顔を見て安心したかった。




「お帰りなさい殿下、だいぶ早かったですね」


 雪山は相変わらず寒く、地吹雪が舞い上がっている。

 そんな中を洞窟に向かって歩いて行くと、フロアに入ったと同時にアレオンを感知していたらしいカズサが出迎えた。


「チビは」

「まだ寝てますよ。殿下がいないからかな、遅くまで寝付けなかったみたいで」

「……そうか」


 子どもが寝ていると知り、少し声を小さくして洞窟に入る。

 するとたき火の脇で、ウサギの着ぐるみを着たチビが丸まってすうすうと眠っていた。


「……テントに入れなかったのか?」

「ええ、一人で寝るのが不安そうだったから。どうせ俺は殿下が来るまで寝るつもりなかったし、側で見ててあげようと思って」


 子どもの下には、わざわざテントから持ち出してきたのだろうマットレスが敷いてある。体には寝返りをしてもきちんと掛け直されていたのであろう、整えられたブランケット。

 やはりこの男は子ども好きの世話焼き体質だ。


「殿下、朝食は?」

「食ってない」

「じゃあ、今から作りますね。今日からまたフロアを下っていくんでしょ? 少しボリュームがあるものにしようかな。殿下、買ってきた食材下さい」

「ああ」


 カズサの出した劣化防止BOXに、買ってきた野菜や肉を詰め込む。子どものための甘い果物類も多めで、結構な量だ。

 それを確認していたカズサは、途中で早々に入りきらないと判断したようで、アレオンが入れたそばから仕分けを始めた。


「……おチビちゃんにいっぱい食べさせてやりたいからって、持ち込みすぎでしょ。ピクニックじゃないんだから」

「うるせえな。一応日持ちするものを多めにしてきた」

「それでも多過ぎですって。……まあ、ちょうどいいからこのフロアで先に下ごしらえだけしちゃいますか。野菜は茹でちゃえばかさが減るし、肉や魚も切り分けて調味液に漬けちゃえばいいし。雪山で食材が傷みにくいのが救いだな」


 ぶつぶつと文句を言いながらも、カズサは食材を持って洞窟の出口近くに向かった。おそらくここのたき火でなく、向こうでかまどセットを使うのだろう。

 たぶん匂いや音で子どもを起こさないためだ。


 ……気配りが行き届いているというか、なんというか。

 とても最近まで一匹狼の『死神』を名乗っていたとは思えない。


(……以前俺に挑んできた時は、もっと暗い目をしていて、無礼で、高慢で……どこか投げ遣りな印象だったが)


 しかしオネエの話を聞いた限り、おそらくこっちの方がこの男の本来の性質なのだろう。

 捨て子を拾い育て、皆の世話をしてきたというカズサ。

 コミュニケーションが上手く、マメで気が利く。その上、隠密としての腕は超級。


 オネエがクネクネしながらオススメしてたのもまあ、分からなくもない。


(……だが、チビが俺よりあいつに懐いたら困る)


 結局アレオンのカズサに対する懸念は、この一点に尽きる。

 だからこそおいそれと、あの男を部下として認めることはできないのだ。


 アレオンは子どものそばに腰掛けると、その滑らかな頬を撫でた。


 会った頃よりもだいぶふっくらとしている。もちろんまだ痩せぎすではあるのだけれど、カサカサだった肌ももっちりと潤っていて、それだけで彼が健やかであると安堵した。


 でもまだ足りない。

 この子のためにもっと何かをしてやりたい。けれど、これ以上どうしていいか分からない。

 カズサのようにそつなく自然に世話をしてやれればいいのだが……自分の引き出しの無さが、なんとももどかしい。


(こういうときこそ必要なのが、知識か……)


 子育て、栄養、心理、魔法、術式、半魔、などなど……。きっとこの知識があるだけでも、できることは色々増える。

 ……やはりライネルに勧められたように、王宮に戻ったら本を読むことにしよう。


 そう心に決めて、それからはしばらく飽きることもなく子どもの寝顔を見守っていると、ようやく彼が目を覚ました。

 とろりとまぶたが上がり、大きなガラス玉のような瞳がアレオンを捉える。


「……アレオンお兄ちゃん」


 その小さな唇が自分を呼んだだけで、アレオンは心が温かくなるのを感じた。


「ただいま」

「うん、お帰りなさい」


 過去に誰ともしたことのないような柔らかいやりとりをする。

 すごく自分らしくない、けれど悪くない。


 子どもが半開きの目をこすって起き上がり、そのままアレオンの隣にくっついて座る。もしかするとまだ寝ぼけているのかもしれない。

 チビと接した部分の温かさに、つい表情が緩みそうになる。


 しかしカズサが朝食を持って戻ってきて、アレオンは慌てて表情を引き締めた。

 そうだ、ここで緩んでいる訳にはいかないのだ。


「今日からはフロアの敵を全部倒しながら行くぞ」

「うわ、マジで?」


 朝食を食べながらのアレオンの宣言に、カズサが軽く驚いた。

 だが、特に嫌がっている様子はない。まあこのメンツなら、大して苦労もないと踏んでいるのだろう。


 子どもはアレオンを見ていただけで、その表情からは何を考えているかは読み取れなかった。


「別に良いですけど、何でまたそんな面倒なことを?」

「特上魔石が欲しいんだ。数があればあるほどいい」

「特上魔石~!? それはまた、ハードル高え……」

「運もあるが、確率的にはランクS魔物なら50体倒せば1個くらいは手に入る。ランクAだと100体に1個だからだいぶマシだろ」

「……それだけの数のランクS魔物を倒すって軽く言えるの、殿下くらいですよ。それも何個か欲しいんでしょ? どんだけ倒すのって話」


 カズサがルウドルトと同じようなことを言って、呆れた顔をする。

 だが愚痴っただけで拒絶はしない。今はお試し期間とはいえ、やはり従順に部下の立場を取るのだろう。


「特上魔石は魔力の絶縁体の役割を果たすんだ。地面を伝ってくる探知魔法とチビの間に特上魔石を挟めば、感知されなくなるらしい」

「あ、なるほど。だから数が欲しいんですね。……でも、一つが手のひらに握れるくらいの大きさの石ですよ? 形もまちまちで靴底にくっつけるわけにもいかないし……使い方が難しくないですか?」


 それは、アレオンとしても悩みどころだ。靴底が石でゴロゴロして転けたら結局地面に接してしまうし、さらに寝るときなんかはどうすればいいか見当もつかない。

 だが、探知魔法を退けるには、特上魔石は絶対なのだ。


「……とりあえず、手に入れてから考える。あとは超聖水も手に入れば、安心感はずっと増すんだが」

「超聖水か~。そういやあれも魔法の侵入を防ぎますもんね。でも今は作れないんじゃなかったでしたっけ? 最近の地鎮祭とかも確か普通の聖水でやってたし」

「作り手の『精霊使い』が行方不明らしいな。ただ『精霊使い』じゃなくても、精霊の加護を受けている者なら作れるかもしれないという話だが」

「ふうん……詳しいですね」


 そこまで普通に話を聞いていたカズサが、何だか意味深にこちらを見た。

 何か含みを感じる視線。

 それにアレオンは片眉を上げる。


「……何だ」

「いや、地上に戻ったたった一日で、そこまで詳細に調べてこれるわけないなあと思って。……殿下って、陛下によって王宮で完全に隔離されていると思っていたんですけど、もしかして情報をくれる支援者がいるんですね?」


 しまった。そんなところからバックの存在を覚られるとは。


 図星を突かれて一瞬押し黙る。しかしその沈黙は、カズサの指摘が合っていたと答えたようなものだ。

 アレオンは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「召使いとか、そういう人間ではないですよね。それだけの情報をそろえられるなら、王宮図書館を自由に利用できる人間……。王族か、爵位の高い貴族。……いや、貴族はないか。殿下は幼い頃から体が弱くて、公の場はもとより、貴族たちの前に出たこともなかったはず。そもそも接点がない」

「……いらん詮索をするな」

「いらんことないでしょ。自分の主人の支援者なら今後協力することもあるでしょうし」

「貴様はまだ正式採用ではない」


 考えてみれば、カズサは優秀な隠密だった。会話から情報を探ることはお手のもので、そこからの考察だって鋭く的確だ。

 対人スキルが激低のアレオンでは抗しえない。


 こちらが苦し紛れに撥ね除けた言葉など気にもしない様子で、彼は考察を続けた。


「残る中で考えられるのは王族……陛下、皇后様、ライネル殿下。でも皇后様はないですね、陛下と不仲で、王宮と完全に離れた別邸に軟禁状態でいらっしゃいますし。当然陛下のわけもない。それならそもそも魔研からおチビちゃんを隠す必要がないわけですから」


 その推論は、あっという間に答えに辿り着く。

 元々アレオンのこともだいぶ調べていたのだろう。カズサはこちらの反応を確認するように見つめながら、口を開いた。


「となると、ライネル殿下、ですかね。アレオン殿下とは不仲だと巷では言われていますけど。まあ、陛下に従順で腰巾着みたいな立場ですしね。……でも一方で、腐敗した国を憂う貴族たちと裏でコンタクトを取っている、したたかな方でもありますけど」

「……っ!? 貴様、何故それを知って……!」

「あは、これに反応しちゃった時点で、アレオン殿下がライネル殿下とつながってるって言ってるようなもんですよ」


 そう指摘されて、はたと口を閉じたがもう遅い。

 カズサはまんまと引っかかったアレオンにニヤニヤと笑った。


「まだ『死神』の仕事をしているときに、情報収集の途中で引っかかったんですよね~。どこだかの狸貴族が、ライネル殿下と内通して王家に取り入ろうとしている田舎貴族がいるから殺してくれ、みたいな依頼してきて」

「……殺したのか?」

「いえ、俺が田舎貴族を殺る前に狸貴族が殺されたんで、契約不成立でした。料金前払いだったら殺ったんですけど、後払いでしたし」

「狸貴族が殺された? ……あ、そうか」

「ライネル殿下、優秀な隠密雇ってるでしょ」


 ライネルが革命の仲間を守るために隠密に命じたのだ。

 そして今の言で、カズサはライネルがオネエたちを使っていることもすでに知っていることが分かった。


「……貴様、色々知りすぎてるな。殺した方がいいか」

「ちょ、なんでそうなるのよ! 余計な説明いらなくて話が早いでしょ! ……それでもさすがに、殿下同士がつながってるのは知らなかったですけど」

「そこまで知ってたら危険すぎてマジで殺すわ」


 アレオンは大きなため息を吐く。

 正直ここまで内情がバレていると、ゲートを出てすぐに放り出すわけにもいかない。


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