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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【七年前の回想】提示された解決策

「絶縁体というのは、魔力を通さない物質のことだよ」

「魔力を通さない物質……? それを見つけてどうするんだ?」

「探知魔法というのはね、地面を伝って周囲に魔法を張り巡らし、対象の魔力を感知して居場所を見つけるものなんだ。地面と言っても土の上だけでなく、建物の二階にいたって感知される。これは、建物が魔力を通す物質だからだ。魔法は建物を伝って二階の人物を見つけ出す」


 ライネルによると、世界の物質のほとんどが魔力を通す物質だと言う。もちろん人間もだ。


 つまり基本的には、宙に浮いている以外に逃れる術がない。


「……そこで魔力を通さない絶縁体か! 地面との間にそれを挟めば、探知の魔法は遮断される……!」

「そういうことだね。……ただ、絶縁体を手に入れるのがまた一苦労なんだけど」


 そう言ったライネルは、アレオンに差し出した書類のひとつの項目を指差した。


「ここに、使えそうな絶縁体のリストをまとめてきた。実用的なものはもちろんだが、そうでないものも一応書いてある。知っていればどこかで役に立つことがあるかもしれないからね」

「一番効果がありそうなのは超聖水か。これって、聖水の中でも不純物の全くない、純度の高い聖水だよな」

「そうだね。完全なる聖属性で、他の魔法の干渉を一切受けない。結界と違って術式として弾かれることもないから、たとえばこの部屋の中にまいておけばひと月ほどは安全だ」


 国の地鎮祭などで使われる超聖水は、汚れた物や場所を浄化するかなり稀少なものだ。おまけに自然界から採取できるものではないと聞いたことがある。


「……これは、どうすれば手に入れられる? 金があれば何とかなるのか?」

「いや、高価なのはもちろんだが、そもそも今は作り手が見つからなくて難しい。超聖水は『精霊使い』に類する者にしか作れないものでな。……十数年前までは王都にもいたそうだが、今は行方知れずになっていると聞いた」

「じゃあ、そいつが以前作ったものを探してみるしかないのか……」

「それもどうだろうな。超聖水は時間がたつと普通の聖水になってしまう。聖の魔力が次第に蒸散して、不純物が混じってしまうのだそうだ」


 つまり、超聖水は作りたてでないと意味がないということか。

 となると、手に入れられる確率はほぼゼロに近い。


「……王都以外に精霊使いはいないのか?」

「私は聞いたことがないね。ただ『精霊使い』を名乗っていなくても、大精霊か主精霊の加護を受けた者には作れることがあるらしい。手に入れるのは難しいが、これを知っていればどこかでそういう者に会ったときに機会を逸せずに済むだろう」

「その偶然の遭遇を待てってか。……そんなものに期待してられねえわ」


 偶然なんてアテにならない。アレオンはそういう類いのものに全く望みを掛けない人間だ。

 超聖水は使えないと割り切って、残りのリストを眺める。


 見れば、大体は特殊な鉱石のようだった。ただ魔法に対する絶縁耐力(魔法を通さずに耐える力)がまちまちで、絶縁破壊(魔力に耐えきれず壊れる)のリスクがつきまとう。


 鉱石を靴底にはめれば移動もできそうだが、破壊された時に逃げ場がないのが困る。


 自分ならかまわないが、チビのためにはもっと安全確実なものが欲しい。

 そう思いながら項目を目で追っていると、ふと見慣れた名前に出くわして、アレオンは目を丸くした。


「……魔石?」


 魔石なんて、魔法を通す最たる物だと思うのだが。


「魔石はどう考えても絶縁体じゃなく導体だろ。魔力抵抗が小さくて魔法通しまくりじゃねえか」

「質の悪い方は不純物が多いからね。でも特上魔石は違うんだよ」

「……魔石は魔石だろ?」


 アレオンがそう言うと、ライネルは苦笑した。


「お前はあんまりこういう勉強をする機会がなかったからな」

「……そもそも本とかあんまり好きじゃねえんだよ。最低限、戦う上での知識があれば問題ないし」

「でもね、様々な知識は時に強い武器になるんだよ。一見無駄に思える知識も、思わぬところで役に立つなんてことはよくある。子どものためにも、少し視野を広げてみるといいかもね」


 子どものために。

 そう言われると、何となく本を読んでみようかという気になってしまう自分が悔しい。まんまとライネルに乗せられている気がする。


 しかし実際戦うこと以外知らない自分。

 もう少し、自力でチビを護れる人間になりたいのも確か。兄の知識ばかり当てにしているわけにもいかないのだ。


「……とりあえず、魔石のこと教えてくれ」

「もちろん。きちんと学んでいくんだよ」


 少々知識への意欲を示した弟に、ライネルはにこりと笑った。


「まずクズ魔石から。これは一番純度の低い魔石で、簡単に魔力を通す。だから魔法初心者の練習用によく使われるんだ」

「それって確か、普通の魔石を魔石燃料として使った後の残りクズだよな」

「そう。普通の魔石には魔物の体内で蓄積された魔法がこもっていて、そのエネルギーを取り出されると残った不純物がクズ魔石になるんだ」


 普通の魔石も魔力を作用させることでエネルギーを作るのだから、やはり魔力を通す。ただ、そこにエネルギーが発生するのは魔力抵抗があるからで、クズ魔石ほど魔力は通さないのだろう。


 となると、もしかして純度が上がるほど魔力抵抗が増すのか。


「上魔石は? あれは確か手に入った時は何の魔法も入ってないが」

「上魔石はそれ自体の魔力純度が高いから、魔物の体内魔力に汚染されない。だからまっさらの状態で手に入るんだ。つまり、絶縁耐力が高いということだね」

「そうなのか……。だが、上魔石って魔法の出し入れや封入ができるよな。やっぱり魔力を通すんじゃないのか?」

「まあ、そうだね。でもこの段階まで来ると、魔法を込めるのも刻み込むのも、それなりに高い威力の魔力が必要になってくる。……つまり、弱い魔法は通さないんだ。ちなみに、一度絶縁破壊を起こして魔法を込めると二回目からは弱い魔法も通すようになってしまうから、上魔石は魔法の出し入れができるようになる」


 何だかややこしいが、とりあえず魔石にも絶縁耐力があって、絶縁破壊が起きなければ絶縁体として機能するということだろう。

 ただここまでは、他の鉱石の絶縁体と変わりなく、リスクが高い。


 しかし、魔石にはこの上にもう一つ特別なものがあった。


「絶縁体にするなら、特上魔石か……!」

「そういうことだね。それも魔法を封入していないまっさらなものだ。特上魔石は純度が高い。それ故に特殊で強力な術式を使ってしか魔法の封入ができない。つまり探知魔法ごときでは魔力破壊は起きないんだ」

「俺が自力で調達できそうで、効果がありそうなのはこれ一択だな。……石だからどう使うかは悩むところだが、それは手に入れてから考えよう」


 これからゲートに戻ったら、敵を片っ端から倒して絶対特上魔石を手に入れるのだ。そう考えているアレオンに、ライネルが苦笑した。


「普通の人間からすると、これが一番手に入れづらいものなんだけどね。さすが我が弟、頼もしい」

「手に入れづらいか? 多少運の要素もあるが、討伐の分母を増やせば手に入る確率は自ずと上がる。特上魔石はランクSでも出るし、俺向きだろう」

「そんなことを簡単に言えるのはアレオン殿下くらいです」


 ルウドルトも少し呆れ気味に肩を竦めた。


「まあでも、一応の対応策が見つかったのは良いことですね。これでゲートから出てこれますし。……今回はいつもよりゲートの滞在が長いので、アレオン殿下が何か良からぬことを企んでるのではないかと、陛下が疑い始めていたので」

「はっ、相変わらず見当外れでケツの穴が小せえ男だ。もっと喉元で刃を研いでる息子がいるっていうのにな」

「ふふ、私も懸命に猫を被っているからね。……お前にはつらい役割をさせてしまって申し訳ないが、もう少し我慢してくれ」

「別につらかねえよ。狸どもに関わらなくて済むのはありがたいくらいだ」


 これは全くの本音だ。頼まれてもライネルと立場を替わろうとは思わない。


 アレオンの世界は敵か味方かそれだけで、敵なら倒す、とってもシンプルで分かりやすい。

 しかしライネルは、味方に見える敵の中で、自分も味方のふりをしながら毎日駆け引きをしなくてはいけない。はっきりと敵ならば排除すればいいだけなのだが、体面、家柄、謀略が絡み合って、悪即断とは行かないのがもどかしいのだ。


 たぶんアレオンが王宮で普通に暮らしていたら、少なくとも数回は刃傷沙汰を起こしていたに違いない。


「しかしお前が不自由なことも事実だろう。今回の半魔の子のことだって、父上と魔研のつながりがなければここまで面倒ではないはずなんだ」

「まあな。この先もずっと気を張って、子どもを隠していかなきゃならないのは大変だが……」

「この先もずっと、ではありません」


 不意に、横からルウドルトが聞き捨てならないという顔で突っ込んできた。


「その前に、もっと根本的な解決策があるではありませんか、アレオン殿下」

「根本的……あの首輪をどうにかするってことか?」

「違います、もっと根幹の話です。……そうでしょう、ライネル殿下」

「まあ、そうねえ」


 やたらに力の入っているルウドルトに、ライネルは苦笑した。


「さっき私が『もう少し我慢してくれ』と言ったろう、アレオン。結局お前の抱えている問題って、父上と魔研が消えれば解消するんだ」

「そうです。こうして利害が一致したからには、アレオン殿下にも是非、クーデターの折には加勢頂きたく存じます」

「……ああ、なるほど。そういうことか」


 確かに、チビが首輪を着けてようがどこにいようが、父王と魔研さえいなければ誰もとがめることはないのだ。


 現国王を廃しライネルを国王にするのはルウドルトの悲願でもある。そこに利害の一致を見たアレオンを加えたいという算段があるのだろう。

 もちろん、アレオンにとっても利するところが大きいのだから、悪い話ではない。


 しかし乗り気になった二人に対して、ライネルは鷹揚に窘めた。


「ただ、まだ気の早い話だね。政権を奪取してすぐに国をまとめるには、もっとしっかり地盤を固める必要がある。我々が混乱していては、市井の人々が安まるはずがないからね。安定的かつ速やかにことを成すためには、あと一年以上裏での手回しが必要だろう」

「もちろん、すぐに成せることとは考えておりません。しかし、今からそういう心構えで時を待つことで、成すべきことが見えてくることもありますから」

「俺もゴールが見えているなら気を張っていられる。……まあ、魔研を潰す時は声を掛けてくれ」

「血気盛んで頼もしいことだねえ」


 実際この話で、アレオンはだいぶやる気が起きた。ここ最近では覚えがないくらい気分が晴れている。

 だってライネルが国を変えてくれれば、何の心配もなくここでチビと過ごすことができるのだ。それはとても明るい展望だった。


「とりあえずは明日ゲートに戻って、特上魔石探しから始めることにする。……色々調べてくれて助かったよ」

「ふふ、どういたしまして。ついでに、父上がいないからこんな物も持ち込んでみたよ。良いのがあったら持って行きなさい」


 ライネルが今度は別の鞄を取り出した。

 その中には、子供服がいっぱい入っている。もちろん、上質なものばかりだ。


「……これは?」

「私やお前が小さい頃に着ていた服だ。良かったら何枚か持って行って、子どもに着せてあげなさい。魔研ではきっと大した服は着せてもらえてなかっただろう」

「ああ。悪いな、じゃあこれをもらう」


 こういうことにあまり気が利かないアレオンは、子ども服を何枚かありがたくもらうことにした。

 それをライネルは微笑ましげに、にこにこと眺めている。


「アレオンにそんなふうに気に掛ける子ができたのはめでたいことだね。……きちんと守ってあげるんだよ」

「そんなこと、言われなくても分かっている」

「……そうだね。今度こそ……」


 ライネルは何かを言いかけたが、そのまま言葉を切ってただ微笑んだ。


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