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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【七年前の回想】アレオン絡まれる

 アレオンが街を歩く時は、極力存在感を消す。

 商店の人間と顔馴染みになることなど以ての外で、物資を調達する店も毎回変えていた。


 まあ、各地から冒険者や観光客の集まる王都だ。目立たずに買い物をしていれば、そうそう覚えられることはない。エルダーレアは店舗数も多いから、不自由することもなかった。


(食料は日持ちするもの以外にも、新鮮な野菜が欲しいな……)


 肉は魔物からのドロップで結構どうにかなるのだが、圧倒的に野菜が足りてない。葉物は痛みやすいから断念するにしても、キュウリやトマトあたりは持ち込めるだろう。


 カズサから劣化防止BOXを借りて来れれば良かったとは思うが、戦利品としてルウドルトに回収されると元も子もないので仕方がなかった。


 そうして必要なものを買い出して、アレオンは自室に行くため墓地へと向かう。

 すると、明らかに自分を狙って後ろからついてくる人間の気配を感じ、眉を顰めた。


(……面倒臭えなあ……)


 目立たぬように歩いていても、ひとりきり、人気のないところに向かっている、というだけで目を付けてくる輩がいる。

 物盗りだ。

 軽く殺気を飛ばしても気付かない、完全なる小物。


 正直無視したいが、このまま王家の隠し通路を知られるわけにもいかないし、お引き取り願うしかない。

 ……ルウドルトに問題を起こすなと言われたばかり、だけれども。

 不可抗力だ。俺のせいじゃない。


 墓地の奥に行き、他の人目がなくなると、その気配が足早に近付いてきた。気配というか、もはや足音すら消していないが。


 振り向かなくても分かる。体格のいい男が三人。

 殺して捨てるにはちょっと目立ちすぎる大きさか。


「おい、てめえ! 命が惜しかったら金目のモン出せやあ!」


 めっちゃ声デカい。回りに気付かれたいんだろうか。

 アレオンは億劫な表情を隠さずに振り返った。フードの下からじろりと睨むその眼光の鋭さに、一瞬盗人どもが怯む。


 しかし、ここで引くことを知らないのが小物だ。

 ビビったことを覚られまいとさらに大きく出てくる。


「お、おとなしく金を出さねえと、てめえを三枚おろしにしてやるぜ! てめえも冒険者なら聞いたことくらいあんだろ、俺は『死神』と呼ばれてる男なんだぞ!」

「死っ……!? ブッ……」

「ククク、ビビって声も出ないようだな!」


 アレオンはとっさに口を押さえた。

 やばい、思わぬ通り名の登場に、危うく吹き出すところだった。

 そういやあいつも確か三枚おろししてたわ(魚)。何、あいつの三枚おろしって有名なの?


「おい、最近本物の『死神』が復活したって噂だぞ。もうあんまりその名前使わねえ方が……」

「うるせえな、バレやしねえよ。それに復活してくれた方が、俺が本物の『死神』かもしれないっていう恐怖感が出るじゃねえか」

「どうせ『死神』の顔を拝んだ人間は全員殺されてるんだもんな。俺らが偽物かなんて分かりゃしねえか」


 こそこそしゃべっているが、墓地は静かなので丸聞こえだ。

 どうしよう、ここは乗ってやるべきか、突っ込むべきか、何も言わずに斬り捨てるか。

 そもそもこいつら、『死神』が暗殺者であって物盗りではないことが分かっているのかも怪しい。


 もしもここにいるのがアレオンでなくカズサだったら、彼は怒り狂うのか笑い転げるのか、ちょっと興味がある。

 まあ元『死神』と言っているのだから、その通り名に未練もないだろうし、後者になるか。多分その後殺すだろうけれど。


「おい兄ちゃん、とにかく金目のモンと武器防具一切置いていきな! そしたら命だけは許してやる!」

「『死神』はターゲットを絶対に殺ると聞いてるが?」

「そっ、それはそうだが、街中で死体を作ると処理が面倒だし、憲兵に追っかけられるし……」


 憲兵に追われるのを恐れる『死神』。弱っ。


「街中で死体を作ると処理が面倒というのは同意だ。……さて、こんな図体のデカい男の死体、どう処分するか……。どうせ墓地だし、切り刻んで埋めてやろうか」


 見ているとちょっと面白いが、さすがにこれ以上は付き合っていられない。

 彼らの言に同意しつつ剣の柄を揺らすと、盗人どもは一・二歩後退して、三人で顔を見合わせた。


「……ちょ、こいつに全然『死神』の名前が効いてないぞ」

「ば、馬鹿な……はっ!? も、もしかしてこいつ『死神』本人じゃ……!? 何か強そうだし!」

「た、確かに、本人ならその名を恐れるわけがない……!」


 話の飛躍がすごい。『死神』をどんだけ万能無敵な通り名だと思っているんだろう。『死神』好きすぎんだろ。


「残念だが、俺は『死神』じゃねえ」

「な、なーんだ、脅かしやがって……」

「俺は『死神』よりだいぶ容赦ないからな」

「ひぇっ!?」


 言いつつ鞘から剣を抜き、一瞬で距離を詰める。

 得物を一振りすればヒュンと鋭く空気が鳴って、切っ先が目の前ぎりぎりを掠めた盗人たちは、青ざめて硬直した。


 この段になって、ようやくアレオンが声を掛けてはいけない類いの相手だったことに気付いたのだ。


「覚悟し……」

「きゃーーーーーーっ!」


 しかし盗人たちを切り捨てようとした瞬間、野太い金切り声がしてアレオンは手を止めた。

 目の前の男たちではない。離れたところにいる第三者だ。


「きゃーーー! 盗人が冒険者を襲ってるわ! 憲兵さん、憲兵さーん!」


 野太い声は大音量で憲兵を呼んでいる。

 ……どう見ても今やられそうなのは盗人の方なのだが。けれどどうやら自分が襲われている方らしいので、アレオンは渋々剣を鞘に戻した。

 そしてそれを見た盗人たちもはっとして立ち上がる。


「やばい、憲兵が来る前にずらかるぞ!」

「てめえ、命拾いしたな!」

「次はねえぞ!」


 さっきまでの腰を抜かしそうな及び腰はどこへやら。

 アレオンに追撃する意思がないと見るやいなや、それぞれに見事な捨て台詞を吐いて逃げて行った。


 ……まあ、これで問題を起こさずに済んだということか。

 おそらく墓地の出口にはすでに本当に憲兵が待ち構えていて、奴らをしょっ引いているに違いない。


 周囲に誰もいなくなると、さっきの野太い金切り声の主が物陰から現れた。


「お前、そのオネエ言葉分かりやすすぎんだろ。任務上問題ねえのか?」

「問題ないですう、お気遣いなく。それより、こんなところで騒ぎを起こしちゃ駄目よ、殿下。ルウドルト様に怒られますよ」


 そこにいたのは、筋肉ムキムキのオネエだ。ライネル専属の隠密のひとりで、チームのまとめ役を担っている。

 こんな色物的な見た目だが、とても優秀でルウドルトからの信も厚いのだ。


 おそらく今回もアレオンが問題を起こさないよう、ルウドルトに見張りを言い渡されて来たのだろう。


「今来たばかりか? さっきまで気配がなかったのに」

「ええ。殿下ったら見つけたらもう絡まれてるんだもの。正当防衛とはいえ王都の中で人を殺すのはやめて下さい、治安に響くわ」


 ゴツい男に「めっ」と叱られて、アレオンは肩を竦める。


「あんなもんを野放しにしとくのが悪い。……まあちょっと面白かったが」

「面白かった? アレオン殿下がそんなこと言うなんて珍しいわね。何があったんです?」

「ああ、さっきの奴ら、『死神』を名乗っててな」

「死神を……?」


 アレオンが『死神』の通り名を口にすると、明らかにオネエの表情が変わった。予想外の反応だ。

 眉根を寄せ、とても不愉快そうに顔を歪めている。


「あんな盗人が『死神』を騙るなんて身の程知らずな……少し私がお灸を据えてやるべきだったかしら……」

「……お前、『死神』のことを何か知ってるのか?」


 思わぬ言葉にアレオンが訊ねると、オネエは不機嫌そうに口を尖らせた。


「まあ、殿下にとっては半殺しにした相手ですけど、昔から隠密をやっている人間には結構信望ある人で……少なくともあんな小物が名乗っていい通り名ではないわね」

「信望がある!? 俺は依頼人の話も聞かない頭のおかしいヤバ系の暗殺者というイメージしかないんだが」

「……暗殺者『死神』になってからはそうね。……でもそれ以前、隠密として働いていた頃は、育ててもらったり世話してもらった者も多くて。私もコレコレも色々世話してもらったクチだし、チャラ男と真面目に至っては捨てられてたところを拾って育ててもらったのよ」


 それは意外だ。……いや、そうでもないか。

 あの子供好きと世話を焼くマメさは、どちらかというとそのイメージに合っている。


「もちろんあの人に世話をしてもらった隠密は他にもいて、そういう人間はみんな彼を信望してるわ。……ただ、一匹狼の暗殺者『死神』になってから変わってしまったのだけど」

「……へえ、ただの変態かと思ってたが、そうでもないのか」


 それにしてもオネエたちの世話までしてたって、あいつ今何歳なんだろう。どうでもいいけど。


「まあ、あいつはもう『死神』返上しちまったけどな」

「え? 殿下に負けたときにもう『死神』じゃないという奴らはいたけど、実力的にはまだ……」

「本人が『死神』の称号いらないんだってよ」


 アレオンがそう言うと、オネエは目を丸くしてこちらを見た。


「ちょ、待って。その言い方って……殿下、もしかしてあの人に……」

「狐目野郎だろ。今なんか知らんが部下になりたいとか言って俺のとこに来てる。俺に半殺しにされて痺れたとか変態的なこと言ってた」

「マ・ジ・で!?」

「ニヤけてて胡散臭えから、今のゲート出たら捨てっけど」

「捨てちゃダメーーーーーー! もったいない!」


 ゴツい男が口元に両手を当ててくねくねしながら体を振る様子はなかなかに衝撃映像だ。やめてほしい。


「何だもったいないって」

「あの人超級の隠密だし、絶対殿下のためになるから! ほんと、おすすめだから捨てちゃダメよ! ……あの人にもやっと仕えたいと思う人が現れたのね、良かったわ……!」


 ……オネエのあまりの押しっぷりに引くが、まあこの反応を見るに、とりあえず狐は信頼できない男というわけではなさそうだ。

 確かに、今現在役にも立っている。が。


「あの人がいればあたしたちとも直接コンタクトが取れるし、是非使ってあげてね!」

「……俺の眼鏡にかなったらな」


 他人の言で決めるつもりはないのだ。

 全ては今後の働きによる。


 その後も何だかすごい熱量のオネエをどうにかいなして、アレオンは隠し通路から自室に戻ったのだった。


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