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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【七年前の回想】カプセルフロアの戦い

 アレオンは基本的に、戦闘後に魔物の素材を剥いだり魔石を拾ったりしない。


 ランクSSの稀少な高級素材、普通の者なら一片も残さず持ち帰るところだが、そんな特殊なものを出せば即身バレするから、取引もできないのだ。


 時折命じられた素材を王宮に持ち帰ることはあるが、ほぼそれだけ。

 宝箱も同じ理由で要らないものが増えるだけで売れないのだから、ボスのものくらいしか開けない。


 これが自分で金と装備素材にできるのなら、今よりずっといい戦闘環境になるのだけれど。






 敵を倒すだけで進んでいくせいで、アレオンはゲートの攻略スピードが異様に早い。

 目的の素材もないから、進むのに支障のない敵は完全スルー。


 小さな子どもを抱えたまま、アレオンは途中に一度二度休憩を挟んだだけで30階へと到達した。


「……さて、ここの敵を殲滅して今日の仕事を終わりたいところだが……」

「敵、全然いないね」

「あー……。おそらくここはカプセルフロアだな。面倒臭え……」


 中ボスフロアに似ているが、ランクSSでの最初の中ボス戦は50階だ。ここはまだ30階。

 となると、今回はイベントフロアに違いなかった。


「カプセルフロアって?」

「……ここのフロア、闘技場みたいに大きな密閉型のカプセルドームになってんだろ。敵を全滅させないと進めないし、途中で離脱もできない、生きるか死ぬかの二択フロアだ。……完全ランダムで、普通は滅多に現れないんだがな」


 数多くのゲートを潰してきたアレオンも、過去に二度ほどしか遭遇したことがない。

 フロアの中央まで行くとドームの出入り口が消え、敵が現れる仕様になっている。一応その直前までなら脱出が可能だ。


 中ボス戦と何が違うかと言えば、とんでもない数のザコ敵が出てくること。

 もちろんザコと言ってもここはランクSS。普通の上位ゲートのボス級の奴らが揃っている。難易度はかなり高い。


 過去に遭遇したフロアではまだ物理系の敵ばかりだったからどうにかなったが、ここでは何が出るか分からないのが厄介だった。


「このゲートは霊体も出るからな……。初っぱなにエナジードレインなんか連発されたらかなりキツいぞ」

「ねえ、ぼくも戦えるよ」


 対策を思案するアレオンの顔を、子どもが見上げて主張する。

 確かに、ここはいくらか魔法に頼るべきか。


「……そうだな、このフロアではお前も戦え」

「うん。アレオンお兄ちゃんのために全力出して死ねるように頑張る」


 ……またか。

 無表情でそんなことを言う子どもに、つい眉根が寄る。

 アレオンは別に、こんなところで死んで欲しいわけではないのだ。

 ……命令に沿って死ぬことしか考えていない、小さな子ども。その思考を修正するにも、また命令をするしかないのだが。


「……それは万が一、俺が危機に陥ったらと言ったはずだ。全力は出していいが、簡単に死ぬんじゃない。まだまだ先は長えんだぞ。もっと俺のために、役に立ってもらわんと困る」


 命令を引き合いに出したアレオンの言葉に、子どもは軽く首を傾げた。


「お兄ちゃんはぼくがいないと困るの?」

「そりゃあ……このゲートは俺の攻撃が効かない敵が出るし、お前の魔法をいくらか当てにしてたからな」

「そっか。じゃあ、ここでは死なないようにする」

「……そうしろ」


 とりあえず、もっと役に立ってからじゃないと死んではいけないと、命令を理解したようだ。

 それにひとまず安堵をして、アレオンは子どもを地面に降ろした。


「そう言えばお前、どんな魔法が使えるんだ?」

「えっと、どーんっ、ばああーってなるやつ」

「……なるほど、わからん」


 訊ねられた子どもは真顔のまま、大きく手を広げてジェスチャーをする。しかし大体の攻撃魔法はどーんばああではなかろうか。

 ……まあ、攻撃できるのは間違いなさそうだから問題はあるまい。


「ここではカプセル化が発動すると問答無用で場が閉じて、四方八方から敵が来る。さすがに俺もお前を抱えながら戦うのは至難の業だ」

「うん。じゃあお兄ちゃんとぼく、二手に分かれて戦うんだね」

「分かれんなアホ。離れないように、俺の側にちゃんと自分でくっついてこいってことだ」

「あ、そっか。そうしないとお兄ちゃんが危なくなった時に護れないもんね」

「いや、立場が逆だろ。俺が……あー、まあいいか」


 俺がお前を護ってやるんだ、などと言いかけて、アレオンは途中ではたと我に返って言葉を切り上げた。

 馬鹿馬鹿しい。ゲート攻略に利用するためだけに連れて来た子どもに、わざわざ言う科白ではない。


 アレオンは誤魔化すように小さく咳払いをして、自身の腰の位置から見上げてくるガラス玉を見返した。


「扉が閉じると、全ての敵が一度に出てくる。増援はない。だから敵が現れたら最初の一手が肝心だ。敵がここに到達する前にどれだけ数を減らせるかで、その後の難易度がだいぶ違うからな」


 ちなみに過去にアレオンがカプセルフロアに遭遇した際の戦法は、二回とも腕力だよりのゴリゴリの力押し。

 近寄るもの全てを力任せになぎ倒す戦法だった。


 しかしあれは敵が厄介な魔法を使わない魔獣などであり、さらに自分ひとりだったからできた戦法。

 子どもが近くにいるところにわらわらと群がられたら、間違ってこの子まで斬り捨ててしまいそうだ。

 そうなる前に、できるだけ遠距離攻撃で敵の数を減らしたい。


「いいか。扉が閉じて敵が現れたら、お前の魔法でできるだけ数を減らせ」

「うん、分かった。頑張るね」


 このランクSSゲートの魔物にこの子どもの魔法がどれほど効くかは分からないが、少しでも敵の体力を削ってくれれば御の字だ。

 一応、ボス部屋の宝箱などから手に入れたまま使っていなかった爆裂弾などもあるし、まずはそれを投げまくって、ここまで来た敵だけアレオンが斬り捨てればどうにかなるだろう。


「じゃあ、フロアの中央に行くぞ」

「ん」


 再び歩き始めると、さすがにアレオンの歩行スピードについてこれるほどは歩き慣れていない子どもが、少しだけ遅れる。

 それに気付いて、アレオンは無意識に足を止めた。


 子どもが追いつき、すぐに二人の距離はなくなる。


 それを二・三度繰り返しているうちに、アレオンは今さらはたとこれは自分らしくない行動だと気が付いた。

 しかし、だからといって置いて行くことも出来なくて。

 もはやそんな自分に気付かなかったふりをしつつ、妙に気恥ずかしい感情をやり過ごすしかなかった。


 そんなアレオンの側に来た子どもは、そのたびに子犬のようにこちらを見上げる。

 軽く小首を傾げる仕草は癖なのか。

 無表情のその下に、今どんな感情が眠っているのだろう。

 今まで他人の心の機微など気にしたこともないというのに、そんなことが気になってしまう。


「……今、何を考えてる?」


 しかし、自分がこんな小さな子どもを気にしているなんて絶対に知られたくないのだ。アレオンは平静を装いながら、努めて興味なさげに訊ねた。これが今の精一杯の質問だ。


 素直な子どもはそんなアレオンの心理を訝ることもなく、大雑把な問いにぱちりと目を瞬いた。


「んっと、お兄ちゃんの役に立つために、全力で頑張ろうって」


 アレオンのため。けなげな言葉は、命令に支配されてのことだろうか。

 それでも何となく自分が優位である気がして、妙に安心してしまう。今この時、アレオンではなくこの子どもの方がこちらを気に掛けているのだと。


「……じゃあ、全力で頼むぞ」

「うん」


 そう言って、二人で並んで一歩踏み出す。

 するといきなり、アレオンたちが入ってきた出入り口がバタンと閉じ、霞が掛かるように消え去った。


 これがカプセル化だ。ちょうどここがフロアの中央、全方向に同じ距離、隠れる場所もない。二人はたった今、フロアの全敵の標的となったのだ。


「来る……!」


 途端に周囲におびただしい敵の気配が湧き、殺気が向けられる。

 アレオンは即座にポーチに手を突っ込んで、爆裂弾を漁った。


「ちっ、ポルターガイストとレイスがいる……! ゾンビとスケルトンはどうにかなるが、爆裂弾が効かねえじゃねえか!」


 爆裂弾は範囲攻撃できるが物理寄りの衝撃波だ。霊体にはほとんど効かない。そっちは子どもの魔法に頼るしかないだろう。

 アレオンは敵を見定めながら睨めつけていた視線を、一旦子どもに戻した。


「おい、魔法いける……か……?」

「大丈夫」


 ……いつの間にか、子どもが足下に魔方陣を作っている。すでに魔力が流れ込み、発動寸前だ。しかし。


(こいつ、詠唱してない……?)


 目を丸くしたアレオンの傍らで、一気に魔力が天井まで渦を巻いて上り集約していく。

 ……何だ、これ。


「アレオンお兄ちゃん、魔方陣の中に入って」

「あ、ああ」


 敵に向かって一歩踏み出していたところを呼び寄せられ、アレオンは気圧されそうになりつつも、子どもの足下にある小さな魔方陣に乗った。

 魔力もなく魔法に疎い自分でも薄々分かる。

 子どもが発動しようとしている魔法が、とんでもない威力だと。


(ジアレイスが大魔法使い並の魔力があると言っていたが、これは……)


 周囲から押し寄せる敵へと向けられていたはずのアレオンの意識は、今やすっかり子どもへと向かっていた。


「えっと、最初の一手が大事だから、ちゃんと……よし!」


 子どもはさっき言われたことをぶつぶつと諳んじながら、両手を差し出す。

 そして、うんとひとつ頷くと、一気に魔法を解放した。


「それっ!」


 次の瞬間、ドン! と空気が振動し、大きな衝撃音がして。

 頭上から飛び散った紅蓮の炎が、魔方陣の外全体を埋め尽くした。

 床も壁も天井も全て隙間なく、炎の海しか見えないほどに。

 子どもの軽いかけ声からは想像出来ない、凄まじい威力だ。


 無数の敵の阿鼻叫喚の悲鳴が響き、炎の向こうでその気配がどんどん消えて行く。

 ……反撃の魔法一発すら飛ばす余裕がないのだろうか。

 アンデッド系は確かに炎の魔法に弱いが、高難易度ランクの魔物が為す術なく死ぬなんて余程のこと。それも全体魔法でだなんて。


(この威力……ただの炎魔法じゃない)


 凶悪な炎のうねりは、まるでそれ自体が生きているよう。

 これに似た魔法を、アレオンは過去に何度か見たことがあった。


(高位の魔族だけが使う、闇魔法だ……)


 闇魔法は、聖属性を除く全ての属性の優位に立つ特上位魔法だ。だからなのかこの魔法が使えるのは、知識や地位が確立された爵位付きの魔族がほとんど。

 なぜこんな魔法を、この子どもが使えるのか。


 おまけに、過去にアレオンが見た魔法だってこれほど大規模なものではなかったのだ。

 悪魔も屠ると言われる『地獄の業火(ヘルファイア)』『紅蓮の柱(バーニングピラー)』、これはそれ以上の大魔法。


 これを制御出来るだけの魔法センス、魔力容量。さらにそれを詠唱無しで発動できる血脈。一体この子どもは何者なのか。謎すぎる。


 そしてこんなに強い子どもを何故アレオンに使い捨てさせようとしたのか、魔研の思惑も謎すぎる。

 ……もしかすると彼の言葉を意図せずに封じていたように、奴らはこの子の魔法も封じていたのかもしれない。


 そんなことを考えながらうねる炎を半ば呆然と眺めつつも、アレオンは一応周囲の気配を窺った。

 炎に耐えた魔物が近くまで来る可能性があるからだ。


 いくらこんなにすごい魔力の子どもでも、小さな身体に大きな拳を一撃食らったらあっさりと死んでしまう。

 そんな失態は許されない。


(霊体やアンデッド系は焼き尽くされたな。残っているのはおそらく体力も魔力も高い特殊魔法鉱石のゴーレム系、それが三体……。ここに辿り着く前に焼き尽くされそうだが)


 そう思いつつも敵の気配を追っていると、不意に目の前から炎が消えた。


「えっ……おい!?」


 同時に、子どもが糸が切れたように膝から崩れ落ちる。


 ガス欠だ。

 おそらく魔力を使い切って気を失ったのだろう。


 アレオンはそれを慌てて左手で抱え、即座に右手で剣を抜いた。


 まだ敵は複数いる。この場に子どもを置いたまま戦うわけにはいかない。


(まあ、それぞれ一撃で終われるか……)


 思った通り、残っていたのは実体持ちの、的の大きいゴーレム三体。アレオンひとりで十分の相手だ。その体力だってほとんど残っていない。


 アレオンは子どもを肩に担ぎなおすと、すでに満足に動けなくなっていたその三体を次々と仕留めていった。

 楽勝だ。


「お、ドロップか……?」


 そのうちの二体から、ドロップアイテムが転げ出す。

 普通は中程度の回復薬や解毒剤あたりなのだが、どうやら違うようだ。見慣れないものが出たからと手に取ってみて、アレオンはそこで初めて目を丸くした。


「これは……状態異常無効の指輪と、炎のチャーム……!」


 敵がドロップしたのは、滅多に出ないレアアイテムだったのだ。


 特別に運が良くも悪くもないアレオンは、宝箱もドロップアイテムもいつも普通のものしか出ない。

 ……それが、いきなりこんなに簡単に、二つも出るなんて。


(……もしかして、こいつのせいか?)


 アレオンは自分の肩でくったりとしている子どもに目をやった。


 今の自分には、子どものバフが掛かっているはず。

 力、敏捷、集中力。もしやそこに、幸運も乗っかっているのだろうか。


(マジか……便利すぎんだろ、こいつ)


 この子ども、利用価値がありすぎる。


 ……だったら使い捨てなんかにしないで、このまま自分が連れ歩いても、何らおかしくない。アレオンの役に立つというのだから、所有物として護ってやるのは当たり前ではないか。


 そうだ、そうしよう。


 この先も子どもを護る口実を思いついて、アレオンは自身にそう弁解しながら小さな身体を腕に抱き直した。


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