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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【七年前の回想】アレオン、子どもを連れてゲートに入る

 小脇に抱えた子どもは、とても軽かった。

 満足な食事も与えられていなかったのだろう、細い身体はアレオンが少しでも力を入れたら折れそうだ。


(まあ、このゲートの50階あたりまで保てばいいところか)


 ジアレイスは大魔法使い並の魔力があると言っていたが、基本的にあの男の言葉はほとんど信じていない。

 壊れかけているとも言っていたし、それほどすごい半魔ならこんなふうに手放すとも考えられなかった。


 おそらく、ゲートをクリアして出てくる時の自分は、この子どもを連れてはいないだろう。


 そんなことを考えながら進み1時間ほど歩いたところで、二人は目的のゲートに辿り着いた。

 さすがはランクSS,封印の施されたゲートはかなり大きく、毒々しい色をしており、威圧感もすごい。


 しかしそれを見付けたアレオンは一瞬困惑して、それから怪訝な顔で地図を確認した。


「……ん? ここだよな……?」


 もちろん、こんなゲートが付近に二カ所も三カ所もあるわけがない。ここ以外にありえない。

 それでも確認してしまったのは、その到着時刻が想定していた時間より30分以上早かったからだ。今まで予定時刻とこんなにズレたことはなかった。


「……何だ? 思ったよりずっと早く着いた……。ガキを抱えてるのに全然疲れてないし……」


 一体何が作用したのか、と考えて、子どもを見る。

 所持品も体調もアレオンはいつも通り。いつもと違うのは、この子どもを連れていることだけだった。


(こいつが俺の力に干渉しているのか? ……やはり普通の人間とは違うということか……良い影響ばかりとも限らんし、半魔について少し調べてから来るべきだったかもな)


 今後こんなふうに半魔を連れ歩くことなんてないだろうが、知識ぐらいは入れておいてもいいだろう。

 アレオンがその場に子どもを降ろすと、思った通り、身体が少し重く感じた。やはりここに来るまでバフが掛かっていたのだ。


 呪文を唱えた様子もないから、きっとこれはこの子どもの生まれ持った特性。さて、こいつは一体どんな魔物とのハーフなのか。


「……これからゲートの封印を解く。お前はそこで見てろ」


 アレオンが命じると、子どもはこくんと素直に頷いた。

 それを確認して、首輪に繋がっている鎖も子どもに持たせる。


 どうせアレオンの命令に絶対服従なのだ。この場から逃げ出すわけもない。まあ逃げたところで、その足では10メートルも走れないだろうけれど。


「さてと」


 アレオンは子どもをそこに置いたままゲートに近付いた。

 当然だが、封印解除は慣れたものだ。ルウドルトに渡されたメモに従い、コードを入れる。

 するとゲートを覆っていた封印術式が消え、周囲に強力な魔物の気配が満ちた。


 途端に付近にいた鳥が一斉に飛び立ち、獣が逃げ出す。

 慌ただしく木々が揺れ、程なくして動物たちの気配が消え去り、静寂が訪れる。

 ただのゲートとはいえランクSSともなると、漏れてきただけの気配でも弱者を圧倒するのだ。


 もちろん、半魔の子どもだってその気配に呑まれるだろう。

 恐怖で卒倒してるんじゃあるまいな、と振り返ると、しかし予想外に子どもは平然と立っていた。


 感情が出ていないせいかと思ったけれど、震えているわけでもないし、チビってもいないようだ。……もしかすると、こういう気配を察知出来ない鈍感なのだろうか。だとしたら、到底戦闘向きではないのだが。


「……来い」


 アレオンが命令すると、子どもはおぼつかない足取りで側にやってきた。

 そしてガラス玉が、次の言葉を待ってこちらを見上げる。

 アレオンはそれを見下ろしながら、今日の指示を出した。


「とりあえず今日は10階進む。今日だけはお前を護ってやるから、今日中にある程度歩けるようにしろ。戦闘に参加する必要はない。必死に俺の後を付いてこい」


 ランクSSのゲートとはいえ、まだ浅い階なら子どもを護って戦うだけの余裕は持てる。

 その間に使い物になれなければ、そのまま魔物の餌になってもらうしかない。

 一日で歩けるようにというのは無茶な話だが、足手まといになるようなお荷物なら、アレオンには必要ないのだ。これは慈善事業ではない。


「分かったな?」


 このアレオンの指示は、小さな半魔にはだいぶ酷なこと。しかし返事を促されて、子どもは無表情のまま大きく頷いた。






 子どもを護りながら進む、最初の10階。


 やはり時間が掛かる。

 少々イライラとしながらも、アレオンは黙々と戦った。

 正直ひとりでならこの倍は進めるが、ここは我慢だ。戦闘用の消耗アイテムには限りがあるし、この子どもにもいくらか働いてもらわなくてはならない。


 10階のフロアの敵を一掃すると、アレオンは息を吐き、剣を収めて周囲を確認した。


 ここは森のようなフロアだ。

 敵は魔獣が中心で、アレオンだけで対応出来る場所。万が一討ち漏らした敵が襲ってきても、ここならどうにでもなる。


「ガキ、今日はここで休むぞ」


 よたよたとついてくる子どもを振り返れば、彼も息を吐いて頷いた。

 その肩は荒い呼吸に合わせて上下し、額には汗で髪の毛が貼り付いている。

 まあ、今までこんなに歩くことはなかったろうし、筋肉も発達していないのだから当然か。


 それでもこの子どもは襲い来る魔物に怯んで足を竦ませることもなかったし、終ぞ足を止めることもなかった。

 それをわざわざ褒めてやるつもりはないけれど、その根性は認めてやろう。


「俺は薪を集めてくる。お前は迷子になったら面倒だからここで待ってろ」


 もう今日はこれ以上、無駄に連れ歩く必要はない。

 命令に子どもが頷くのを確認して、アレオンはその場を離れた。

 とりあえずは飯だ。

 体力を付けさせなければ次の10階すら保ちそうにない。


 森には木の実や果物、山菜があるし、魔研よりはだいぶマシな栄養が摂れるだろう。


 食えるきのこや山菜などはすっかり覚えている。アレオンは付近で見付けためぼしい食材を採ると、最後に薪を集めてから来た道を戻った。


「戻ったぞ……おい、何をしている?」


 荷物を抱えたアレオンの前で、子どもが同じ場所をぐるぐると回っている。一瞬何の遊びかと思ったが、すぐに歩く練習をしているのだと分かった。

 ……最初に比べて、歩くバランスがずっと良くなっている。アレオンの命令通り、今日中に歩けるようになろうと努力しているのだ。


 声を掛けられた子どもが、アレオンの視線の先でお帰りなさいとでも言うようにひとつお辞儀をする。その拍子に汗が地面に落ちた。


「……お前、体力がないんだから休んでおけ。汗まみれじゃねえか。明日使いものにならなくなるぞ」


 取ってきた薪を地面に置いて、アレオンは子どもに近付く。

 柄でもないなと思いつつ、ポーチからタオルを取り出してその汗をぐいぐいと荒っぽく拭ってやった。


 子どもはされるがままになりながら、無表情にこちらを見上げている。それを間近で見返して。

 この時初めて、アレオンはその顔をまじまじと見た。


 ぼさぼさの髪に、まだらに顔や身体に沈着する、薬品による黒いくすみ。細い棒のような危うい手足。

 そればかりに目が行っていたが、よく見れば思いの外可愛らしく、少女のように整った顔をしている。


(……おかしいな。間違いなく初めて見た顔なのに)


 アレオンはその子どもに、何故か心の深いところで妙な懐かしさを感じた。

 どこかの誰かに似ているのだろうか? しかしその顔の作りがどうという感じではないのだ。表現するのが難しい、何か直感的なものだった。


 この感覚の正体を怪訝に思ったアレオンだが、もちろんそんなことを目の前の子どもに訊ねても意味はない。

 気のせいだろうと割り切って、子どもの頭を解放する。


 そして次に、彼が手に持っていた首輪の鎖を取り上げると、逆の手で腰に下げていた剣を引き抜いた。


「来い」


 特に何の説明もせず、その鎖を引いて子どもを促す。

 それにビビって逃げだそうとするかと思ったけれど、子どもはすんなりと素直についてきた。


 アレオンは近くにある大きな岩まで子どもを連れて行くと、そこの上に顎を置かせる。端から見ると断頭でもするのではという状況だが、子どもはやはり恐れる様子もなかった。


 ……もしかすると、魔研の外で死ねるなら、今この瞬間に首を落とされてもいいとでも思っているのだろうか。


 考えてみればこの子どもが恐れを見せたのは、アレオンが歩けるかを聞いて、魔研に残されるかもしれないと危惧しただろうその時だけだった。


 ……魔研では余程酷い目に遭わされたのだろう。

 まあ望み通り、このゲートが彼の死に場所となるだろうけれど。

 あまり死に対して抵抗がないのも困る。どうでもいいところで無駄死にされてはアレオンとしても連れて来た意味がない。


 少しは恐れろ、と思いつつ、アレオンは子どもの眼前に剣をかざした。しかしその身体には僅かな震えも見えない。

 アレオンは軽くチ、と舌打ちをしつつ、首輪から伸びた鎖のひとつの目に剣先を叩き付けた。


 途端にパキンと鎖が割れ、首輪に二つほどの輪っかを残して切り離される。


「……これで歩くのに邪魔がなくなったろう」


 アレオンが剣を収めながら言うと、身体を起こした子どもはチェーンの千切れた首輪を触った。

 ……これは首が軽くなったことを喜んでいるんだろうか。少しだけ嬉しげに身体が左右に揺れている。


(いっそこいつに本物の子犬のような耳と尻尾がついていれば判別も楽なんだが)


 そう思いながら、アレオンはようやく食事の準備を始めた。


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