兄、弟に与えた呪縛を語り始める
クリスの言葉に、レオは酷く苦々しい顔をした。
ユウトに昔の記憶を思い出させたくない、本当の理由。
それは彼の言う通り、別にあったからだ。
もちろん、魔研に実験用の玩具のように扱われた記憶など忘れたほうがいいという思いも強い。
しかしレオがそれ以上に弟に思い出して欲しくないのは、過去の自身が犯した過ちだった。
悔やんでも悔やみきれない、己がユウトに与えた呪縛。
「……あの頃のことを思い出すと、ユウトは死んでしまうかもしれない」
「思い出すとユウトくんが死ぬ……? え、どういうこと?」
ぼそりと呟いたレオに、クリスが目を瞠った。
「……ユウトの中には、俺が与えた呪いが眠っているんだ」
「呪いって……レオくん、そんなものを掛ける魔力ないじゃない」
「……魔力による呪いじゃないから、容易に解くことができないんだよ。……記憶の蓋を閉めて、眠らせておくより他なかった」
「えっ……? ちょっと待って、もしかしてユウトくんが記憶喪失だったのって……」
思いがけないレオの告白は、酷くクリスを困惑させたようだった。
少し表現を濁らせたところで、彼は知ってしまっただろう。昔のユウトの記憶を閉じ込めたのがレオだということを。
そう、ユウトの記憶喪失は、五年前にレオが仕向けたのだ。
「……私はレオくんの話だけ聞いて、てっきり君が魔研に囚われていたユウトくんを助け出してあげたんだと思っていたんだけど。……考えてみれば、剣聖だった君と、魔研にいたユウトくんの出会いって、そもそも何だったの?」
クリスに問われて、レオは俯き、大きなため息を吐いた。
本来なら自分も捨ててしまいたい忌まわしい過去。
しかしこの記憶を抱えたまま生きることが、レオのユウトに対する贖罪でもあった。自分が忘れるわけにはいかないのだ。
罪深きレオに出来ることは、奪ってしまった過去の代わりに、弟に新たな幸せの記憶を与えること。
それによって彼を癒し、また自分も大いに癒されて、これまで二人で歩んで来たのに。
「……もはや、ひとりで抱えるには限界か……」
レオは観念した。
自分ひとりだけで護るには、ユウトの世界での重要度があまりに大きすぎるのだ。
あの子を護れなかったらと考えるだけで喉をかきむしって叫びたくなる。
日に日に増していくこの不安を、いっそぶちまけるならこの男か、事情を知っているネイしかいない。
この過去の吐露が、もしも救いの一端になるのなら。
「……長い話になるぞ」
覚悟を決め、目線を上げてクリスを見、ぼそりと呟くように言う。
今の自分は、きっと彼の目に酷く暗く歪んだ表情で映っていることだろう。
しかしこちらが過去を明かす気になったのだと知ったクリスは、先程の圧を消し、いつもの穏やかな顔で頷いた。
「構わないよ。アシュレイも私たちがまだ話していると分かれば勝手に自室に行って休むだろう。……君こそ、アパートにいるユウトくんには連絡しなくて大丈夫?」
「ユウトには先に寝ろと言ってある。……エルドワもいるし、アパートの外ではネイが見張っているはずだから問題ない」
「そう。じゃあ……っと、少し待って。お茶だけ一度淹れなおすよ」
レオが思い詰めた顔をしているからだろうか、クリスは一旦席を立つと、今度はハーブティを淹れる。
この僅かな間とハーブの香りが、少しだけレオを落ち着かせてくれた。
……何とも空気を操るのが上手い男だ。
ライネルがレオたちのパーティへのクリスの加入を歓迎したのも、こういう大人の気遣いと余裕があるからなのだろう。
「……しかしあんたも物好きだな。俺たちの事情に深入りすればするほど難しい事案が増えて、身の危険が増すってのに。こっちのことなんか気にしないで、ただのパーティの一員として戦ってるだけならいくらか楽だったはずだぞ」
「何も知らずに戦うだけなら私は君たちと行動を共にしていないさ。レオくんたちに深入りすると、普通なら触れることの出来ない世界の隠された情報を手に入れられるだろ? 私はその知識を得るためについて来てるんだから、その対価として多少の危険があるのは気にしないよ」
「多少っていう危険じゃないけどな……。まあ、何の見返りもなく善意で仲間になってるなんて気持ち悪いことを言われるより、ずっと分かりやすくていいが」
レオは目の前に置かれたハーブティをひとくち啜る。
スッキリとした香りと味わいが少しだけ気分を晴らすようだ。
クリスも向かいに座ると、それに口を付けた。
「……しかし、あんたがそれほど知識を欲しがるのは何でだ?」
「理由はひとつじゃないけど、一番は『虚空の記録』に触れてみたいんだ。その情報が欲しい」
「『虚空の記録』? ……そんなもん、人間には認知できないだろ。この世界と時空がズレたところに存在するって何かの本で読んだぞ」
「うん、そうなんだけど。でも、その本には書いてなかった? 唯一、『賢者の石』を使えばアクセス出来るって」
そういえば、そんなことが書いてあった気がする。
しかし、『賢者の石』が実在するものかどうかも眉唾だ。そんな貴重かつ恐ろしいものの存在を、王宮が把握していないはずはないと思うのだが。
「おとぎ話の一節の、絵空事じゃないのか」
「ふふ、どうだろうね。……でも、君たちといれば手に入るかもしれないって期待はあるんだ。あの『賢者の石』を」
クリスの言い方に、レオは片眉を上げた。
『あの』賢者の石、と言ったか。
まるでそれを見知っているかのような。
……まあ、今はどうでもいいか。
「とにかくちゃんと見返りを期待して仲間になって手を貸してるんだから、もっと甘えて良いよ? ……とりあえず、君たちの抱えている辛い過去をおっさんに話してごらん」
「甘えろとかやめろ、ガキじゃあるまいし」
さらりと穏やかにさっきの話の続きを促されて、レオはため息と共に頭を掻いた。
クリスが間にワンクッション置いてくれたおかげで、だいぶ精神的に話しやすくなっている。
「……そうだな。……まずはユウトとの出会いから、話そう」
レオは椅子の背もたれに身体を預けたまま、脳裏に当時のユウトを思い浮かべた。
次からレオとユウトの魔研時代の過去話です。




