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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、クリスと情報を共有する

 夜の九時を回った頃、レオは王都の商業区から少し離れた、郊外の静かな建物の中にいた。


 見回せばまだ殺風景な部屋。

 間に合わせのテーブルと椅子、それから本棚と武器棚だけが置いてある。武器棚にはレオも持ち上げられない憎悪の大斧と、クリスの普段持ちの大剣が掛かっていて、そこだけ少々不穏な空気を醸し出していた。


「……本当に何もないな。アシュレイの家具はまだにしても、あんたが使うものくらいとっとと買ってきたらどうだ」

「本棚とテーブルと椅子と、あとベッドがあれば別に必要ないんだよ。大体昼間はここにいないし……。君の使役する半魔のドラゴンの部屋は最低限のものは揃えたから、そっちは問題ないしね」


 ティーカップをこちらに差し出しながら、クリスが向かいの椅子に座る。まだ軽装備を着けたままということは、おそらく帰ってきたばかりだったのだろう。

 彼はその段になって、ようやく腰に下げていたナイフホルダーを外した。


「ずいぶん遅かったようだな? 魔法研究機関に長居していたのか」

「うん、まあね。その後にパーム工房に行ってアイテムも頼んできたし。アシュレイがここで留守番がてら庭や家を整備してくれるから、つい甘えて好き勝手歩き回っちゃうんだよね」


 少し申し訳なさそうにクリスは肩を竦めるが、アシュレイは馬車で待っているよりもここの方がずっといいらしい。


 元々土いじりが好きな男だし、ラダの自宅を改築する時も手伝っていたので簡単な棚などは作れるのだ。クリスがそれを手放しで褒めてくれる上に、ユウトが来た時に見せて褒めてもらいたいのもあって、彼は嬉々として留守番をしていた。


「今、アシュレイは?」

「奥の作業場で自分の部屋用の家具を作ってると思うよ。簡単なものは頼まずに自分で作っちゃうんだって。……まあ、ここの話は聞こえないよ」

「ならいい」


 話をするのに問題ないと確認したレオは、それでも声が漏れ聞こえることを気にして、背もたれに預けていた身体を少しだけ前のめりにし、テーブルに肘をつく。

 これからするのはユウトに知られたくない話だからだ。


 商業区と違って環境音が少ないここでは、会話の音量が上がっただけでも耳の良いアシュレイに聞かれてしまうかもしれない。

 もちろん彼もレオたちがここでユウトに聞かれたくない話をしていることは分かっているが、弟に従属しているアシュレイにその内容まで知られるのは避けたかった。


「私の報告は少し長くなりそうだから、先にレオくんが王宮でしてきた話から聞いてもいいかな」

「ああ」


 クリスに促され、レオは素直に頷く。

 こちらは感情の伴わない情報の共有のための報告だ。冷静な今のうちにしておく方がいいと、自分でも判断する。


 レオはさっそくポーチを探ると、王宮でもらってきたネイ作成の報告書を取り出した。


「大まかな内容はこれに書いてある。俺はもう読んだから、あんたも一読しておいてくれ」

「ネイくんって忙しそうなのにこんなのも作るんだ。マメだねえ」

「兄貴たちへの報告書はもっと分厚いが、これは俺たちが関係することだけ抜粋してるらしい。こういう妙に真面目なところが兄貴に気に入られてるんだ」

「真面目っていうか、ネイくんは多分主人に尽くしたいタイプなんだよ。……忠誠心というよりは執着って感じだけど」


 クリスはそう言って小さく苦笑すると、差し出された報告書を開いた。そしてすぐに手元に集中し、目を通す。


 読書慣れしている彼は、最低限の視線の動きで報告書を流し見ると、それだけで大体の内容を把握したようだった。


「……ジラックはだいぶ酷いことになっているようだね。……恐怖や不安、怒りの状態になると人は煽動されやすい。とても危ういよ」

「と言っても、ジラックには建国祭まで手出しできないからな。ただ、煽動しやすい状態ならこっちがそれを先に利用する手もある。その辺は兄貴も考えてるだろ。それよりジラック関係で俺たちが対応すべき問題は、ジアレイスどもとガラシュ・バイパー、魔尖塔を模した塔、ウィルの救出に関することだ」


 そういいながらも、対応できることは限られている。

 そもそもジアレイスとガラシュ・バイパーをぶち殺すか、ふん捕まえてどうにかできるなら、とっととやっているのだ。


 しかし奴らを全員一網打尽にするのは難しく、ひとりでも取り逃がしたら酷い被害を出すような暴走を起こしかねないと考えれば、容易に手出しはできなかった。


 そして魔尖塔を模した塔は、下手な刺激を与えると何が起こるのか想像が付かなくて厄介だ。現時点での対応は難しいだろう。

 街中で瘴気なんかをまき散らされたら大きな被害が出る。


 そう考えれば、まずジラック関係で自分たちがやることはウィルの救出しかなかった。

 ウィルが戻れば、ジアレイスたちの動きに対応することができ、塔の正体も分かるかもしれないのだ。


「ジラック関係といえば、イムカくんの方には手を貸さないの?」

「あっちも兄貴たちとの連携の方がメインだ。必要があれば手は貸すが、俺たちが進んで首を突っ込むことじゃない」

「君の偽物に関しては?」

「そっちは情報がなさ過ぎる。ウィルを救出するまでは保留だ」


 報告書には他に、建国祭時の王都の護りについてや事前に周囲に張っておくべき結界のことなどが書かれていたが、レオとしては計画を知っていれば十分で、それに関わる気はなかった。


 全てにおいてユウトが優先。

 ご存じの通り、兄は弟に関わる事柄以外で動く気はない男なのだ。


「……てことは結局、次にすることはウィルくんの救出ってことだね」

「必然的にそうなる。……だが、昼間も言ったがそれはもう少し時間を置いてからだ。あいつが向こうの内情を探る前に連れ戻しては意味がないからな」

「じゃあしばらくは待機?」

「いや……ここからのあんたの報告次第だ。ユウトのために動くべきことがあればすぐにでも対応する」

「……さすが、ブレないねえ」


 レオの答えに、クリスが苦笑しつつ肩を竦める。

 その反応を気にもせず、レオはクリスの前に置いてある報告書を指先でトントンと叩いた。


「この報告書は今晩あんたに預けていく。後で精読しといてくれ。……俺の報告はこれで終いだ。さあ、次はあんたの番」

「分かっているよ」


 レオにとってはここからの方が話のメインだ。急かすように言うと、彼は少し居住まいを正した。

 しかし何故かすぐにこちらの望む話題には入らずに、視線を逸らしてしばし黙り込む。

 レオはそれを怪訝に思って眉を顰めた。


「おい、話」


 再びクリスを促すと、その視線が戻ってくる。

 だが、次に彼が発したのは妙な質問だった。


「……その前にさ、ちょっと訊いていいかな。君たちって、今までいろんな稀少アイテム手に入れてるよね。世界樹の葉の朝露も持ってるって言ってたし……。もしかして、アンブロシアも持ってたりする?」

「アンブロシア? ……これのことか?」


 唐突に意味の分からない質問をされたが、思い当たるアイテムの名前にレオはポーチを漁った。

 以前ユウトが数を増やし、そのひとつを受け取っていたことを思い出したからだ。


 通常のアンブロシアから変容したアイテムだけれど、アンブロシアには違いない。

 それを平然とテーブルに置くと、クリスは驚きというよりも、衝撃を受けたように目を瞠った。


「伝説級の奇蹟の魔法薬、『アンブロシア』……! それを君たちが持っているということは、やはり……」


 彼は戸惑いが混じる声でそう呟くと、何かを考え込むように天井を仰いだ。


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