兄弟、パーム工房に向かう
ウィルが魔研に潜入した。
状況からの推測ではあるが、ほぼ間違いないだろう。
それに希望を見出したレオとは対照的に、ユウトは心配そうに眉を顰めた。
「敵の中に敢えて飛び込むなんて、そんな危険なことを……ウィルさん大丈夫かな。早く助けに行かなくちゃ」
「あいつの動じない無表情と的確な観察眼があれば、敵を欺くなんて造作もないと思うが。自分から乗り込んで行ったんだし、すぐに助け出されちゃ逆に大きなお世話だろ」
「でも、ウィルさんは魔力も腕力もない一般人だよ? 何かあったら……」
気を揉むようなユウトの言葉に、クリスも眉を顰め、首を傾げる。
「ユウトくんが言う通り、ウィルくんが背負うには荷が勝ちすぎている気がするよ。もちろんこれは彼にしか担えないポジションではあるけど、どうしてこんな思い切った行動に出たんだろう。何か理由があったのかな」
「……確かに、自分から危地に乗り込んでいくなんて、何事か退っ引きならない事情ができたのかもしれんが……」
それでも、ウィルが向こうの中枢に潜り込んだ成果は大きいのだ。レオとしてはそれを歓迎したい。
正直助け出すよりも先に、敵地にいる彼との連絡手段が欲しいところだった。
「どちらにしろウィルが敵と行動を共にしているとなると、ジラックに乗り込んで探したところでそうそう会えないだろうな」
「ウィルさん、今どうしているだろう。……いきなりバレて酷い目に遭わされてたりしないといいけど……」
「あいつはそんなヘマをするような奴じゃないだろ。俺ですら平時のウィルの思考は読めない。かなり厄介な男だ」
「確かにウィルくんって、底が知れないよね。昔のロバートさんにそっくり。味方だからいいけど、敵に回したら一番最初に潰したい相手だよ」
レオもクリスと同意見だ。
敵に回したら最初に潰したい相手。だからこそ今回、もしも操られて行ったのなら殺すことも辞さないつもりだった。
ウィルとレオたちは、これまで接しすぎているからだ。
彼がその気になれば今までの行動データを分析され、レオの心理や戦略は全て読まれ、どんな攻撃も事前に対応されてしまう。当然こちらの弱点だってバレているのだからたまらない。
そうなれば、まず最初に狙われるのはユウトだ。
それは許されないことだった。
「だが逆に考えれば、ウィルが敵陣を偵察して戻って来れれば、これほど頼もしい味方はいない。今まで不確かだっだ敵の的確な行動予測ができるようになるし、戦力分析データも得られるからな」
「でも……ウィルさん、無事に戻ってこれるかな?」
「それを奪還するのが私たちの役目だろうね。敵がウィルくんの瘴気中毒を信じ込んでいるなら、一度離されても瘴気目当てに自分で戻ってくると高を括って、油断してくれるかもしれない」
「そうだな。何にせよ、この件は兄貴にも報告しよう」
建国祭を前に重苦しかったレオの心に、幾ばくかの光が差す。
ウィルが正気ならレオたちの不利になるような情報は渡さないだろうし、何よりユウトの正体が暴かれることはないからだ。
ジアレイスたちを欺くのに多少の情報漏洩は仕方がないが、そこで漏らす秘密を間違うウィルではない。
ひとまず、喫緊に対応する必要はないだろう。
「さて、ウィルの思惑が分かったからにはもうここにいる理由がないな。とりあえずパーム工房にアイテムを受け取りに行くか」
レオは引き出しを元通りにして、ユウトとクリスに声を掛けた。
「あ、頼んでおいた瘴気無効のアイテムだね」
「瘴気無効アイテムか……。私も作りたいけど」
「以前も言ったように、素材はやる。あんたも作るなら注文すればいい」
「そうだね、でも……」
何故かクリスが逡巡する。それを訝しく思いながらもレオは必要な素材を彼に差し出した。
元々ここにいるメンバーで取った素材だ。対価を求める気はない。
「何か問題があるのか? まあとりあえず、素材は渡しておく」
「うん、ありがとう。……問題ってわけじゃないんだけど、ちょっと気になることがあって……。そうだな、パーム工房は後でひとりでいくことにするよ。私はこれから王宮の魔法研究機関に行ってくる」
「魔法研究機関に?」
クリスは最近空いた時間を見計らって、王宮の魔法研究機関にマメに解読手伝いに行っていた。
しかし、あくまで手伝いだ。こちらの用事を退けて行くようなことではないはずだが。
「あんなところに急ぎの用なのか?」
「んー……まだ未解読の魔界の文献の中にさ、気になるタイトルがあったのを思い出したんだ。それを先に確認してきたい。私は手伝いとはいえ、この機密情報に触れられるという役得が目当てだからね」
「ふうん……何が狙いか知らんが、その報告は今日中に持ってこれるのか?」
クリスが別行動をするのは特に問題ないけれど、レオはなる早で魔法学校でのユウトの件に関する報告が欲しかった。今の魔法研究機関の文献の話も気になるし、出来れば日を跨ぐほど待ちたくない。
そう考えたレオがせっつくように訊ねると、彼は正しくその意図を読み取って、ひとつ頷いた。
「夜には外れの拠点に戻るから、良かったらそこで待っていてくれる?」
「ああ、あそこか。……もう修繕は終わったのか?」
「最低限寝泊まり出来る程度はね。アシュレイの使う家具はラダのイムカくんのとこの職人さんに頼んでるからまだだけど。残念ながら、おもてなしを出来るような状態でもなくてさあ。レオくんだけ来てもらってぱぱっと報告終わらせる感じでいいかな?」
上手い具合にレオだけを招く理由をつけてくれる。
レオはそれにありがたく乗っかった。
「分かった、それでいい」
「えー、僕も綺麗になったクリスさんの家見たかったのに……」
「夜に来ても外は真っ暗で何も見えないよ。家の中も掃除されただけで代わり映えしないし。今アシュレイが庭と内装の改修を頑張ってくれてるから、それが出来たらおいで。キッチンも設備を整えておくからね」
「数日中にキイとクウもこっちに呼ぶ。あいつらが来たら挨拶がてら行けば良いだろ」
「ん、そっか。じゃあそうする」
二人に説得されて、ユウトは素直に聞き分ける。
そんな弟の返事に内心でほっとして、レオはその手を取った。
「では俺たちはまっすぐパーム工房に行くとしよう」
「うん。じゃあクリスさん、僕とは今日はここで」
「そうだね、ユウトくんまた明日ね」
ユウトを連れ立って外に出て、その場でクリスと別れる。
王宮へと向かう彼がどんな報告を持ってくるのか気になるけれど、まあ夜には分かることだ。
レオはユウトと手を繋いだまま歩き出すと、パーム工房へと向かった。
「手を繋いで現れるとか、どんだけラブいカップルなの……!? ありがとうございます、ご馳走様です!」
パーム工房に入って目が合った瞬間、タイチ母がなぜかレオたちに向かって手を合わせた。
「僕たち何もご馳走してませんけど」
「気にしないで、あなたたちは存在自体がご馳走だから! さあ、手を繋いだままどうぞこちらへ!」
やたらウキウキとした様子で手招きをされたレオは、怪訝に思いつつもそのままユウトを連れてカウンターに向かう。
まあ、手を放せと言われたら反発をするが、繋いだままでいろと言うなら否やはない。
レオはユウトと一緒にカウンター向こうのタイチ母の前に立つと、彼女の様子には言及せずにすぐ本題に入った。
「先日頼んでおいた瘴気無効のアイテムはできたか?」
「ええ、もちろん。お兄さんが可愛い弟さんを護るために必要なアイテムですもの、おばさん頑張ったわ~! はい、これ!」
タイチ母は満面の笑みを浮かべ、カウンターの下から然程大きくない木箱を取り出した。




