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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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弟、自身の出自を知る

 その頃ユウトは、エルドワとクリスと共に魔法学校の実習準備室にいた。


 珍しくマルセンは講義があるらしく不在で、目の前にはいつものようにおっとりと微笑むディアだけがいる。

 ……そう、彼女しかいない。


 ユウトは緊張気味に周囲を見回した。


「……ディアさん、精霊さんは?」


 何となく恐る恐る訊ねる。するとディアは、軽く肩を竦めた。


「無事復活しましたわ。でも、身体を取り戻した途端、さっそくどこかに行ってしまいましたの。ユウトくんにお礼も言わずに、全く不躾な精霊ひとですわ」

「……どこかって?」

「それは私にも分かりかねますけれど」


 ユウトの緊張をまるで意に介さない様子で彼女は微笑む。おかげで話を切り出すタイミングが掴めない。

 そもそも何から訊ねればいいのか、ユウトは困って眉尻を下げた。


 ユウトにとっては今やディアだって、何を知っていて何を考えているのか分からない相手なのだ。

 少しだけ、怖い。


 そうして僅かに気後れするユウトに、見かねたクリスが先んじて口火を切ってくれた。


「復活した大精霊はこれから何をするつもりなんだい?」

「さあ。ただ、危機的状況にある世界を救うために動き始めたのは確かですわ」

「大精霊って、直接的な力の行使はできないはずだよね。世界を救うって、どうやって?」

「まあ、手回しをするって感じですかしらね。私も放っておかれてる状況で、よく分からないんですの」


 手回し……つまり、世界を救うために手配りをしておくということだ。世界の崩壊を阻止する者や、……代わりに犠牲になる者の用意をしておくということ。


 それを、大精霊と対等に話す彼女が知らないということがあるだろうか。


「……ディアさんって、精霊さんと契約関係みたいなものって言ってましたよね? この状況で何も知らず、何の役割もないなんて思えないんですけど」


 ユウトは腕の中のエルドワをきゅっと抱き締めて、勇気を出して疑問を口にした。

 いや、疑問というより疑念だろうか。


 そのニュアンスがつい声音に乗ってしまって、それに気付いたディアが軽く目を瞠る。

 しかしすぐに笑顔に戻った彼女は、テーブルに肘をつき両手の指を組んでその上に顎を乗せ、首を傾げて訊ね返してきた。


「ユウトくんは、私にどんな役割があると思っているの?」

「えっ」


 その言葉に責めるような意地悪な響きはない。それどころか少し興味深げでもあった。

 これは逆に反応に困る。


 それでもここで言葉を濁してしまっては勇気を出した意味がなく、ユウトは困惑しつつも言葉を返した。


「……えっと、例えば僕が……逃げないように見張るとか……?」

「え? 何でディアさんがユウトくんのことを見張るの?」


 ディアより先にクリスに反応されて、さらに困る。


 ……これ、この場でどこまでぶっちゃけていいのだろうか。


 しばし逡巡したけれど、しかしユウトは意を決した。核心に迫るにはディアの思惑を詳らかにする必要があるのだ。

 それに、話を聞いたクリスが余計なことをレオに告げ口するとも思えない。


 ユウトは一度だけ緊張にこくりと喉を鳴らして、先日知ったばかりの言葉を口に乗せた。


「……僕が『聖なる犠牲』を担う者だから。僕がその時までに死んだりいなくなったりしたら困るんでしょう?」

「ユウトくんが聖なる犠牲……!?」


 隣でクリスが驚愕に目を瞠る。しかし目の前のディアは表情を変えなかった。

 ユウトがこの事実を知ったことに気付いていたふうだ。


 そう、事実。そこに否定が入らないということは、すなわちユウトが『聖なる犠牲』だと肯定されたようなもの。


 けれど、そうして黙った二人を交互に見たクリスは、怪訝そうに首を捻った。


「聖なる犠牲って、でも、ユウトくんは今、闇属性が混じって……」

「……え? 闇属性?」


 彼の言葉に、今度はユウトが目を丸くする。

 ガントで自分が聖属性だと知ったばかりなのに、何のことだろう。


 ユウトとクリスが顔を見合わせていると、おもむろにディアが姿勢を正し、真面目な顔で軽く咳払いをした。


「秘密主義の口やかましいあの精霊ひともいないことだし、そろそろいいですわよね。……ユウトくん」

「え? あ、はい」


 ユウトは名を呼ばれて自身も姿勢を正す。腕の中でエルドワもつられて姿勢を正した。


「これだけは忘れないで欲しいのですけど。私はあなたを大切に思っていますわ。いつ何時もユウトくんの味方だということは覚えておいて」

「……それは、僕が『聖なる犠牲』だからでしょう?」

「いいえ」


 今度は即座に明確な否定をしたディアが、柔らかく微笑む。


「私があなたの母親だからですわ」

「……え?」


 ユウトは一瞬何を言われたか理解出来ずに目を瞬いた。

 目の前に居るのは二十代の女性だ。兄とそれほど変わらない。

 それが十八歳になる自分の母親?


 ……いや考えてみれば彼女は二十年間閉じ込められて成長が止まっていただけで、実年齢で言ったら全くおかしくない話だけれど。


「あ、やっぱりそうなの? 初めて会った時から、ユウトくんがディアさんに似てるなと思ってたんだよね」

「レオさんも薄々勘付いていたようですわ。まあ、自分がユウトくんの唯一の家族という立場を取られるのを危惧して、突っ込んで来ませんでしたけど」

「え、ちょっ、待って下さい、でもディアさんって二十年前にゲートの罠で閉じ込められたんですよね!? 僕が生まれたのが十八年前なら、時期がおかしいんですけど……。あれ、それとも僕って実はもう二十歳越えてる……?」


 クリスとレオは気付いていたようだが、ユウトには寝耳に水だ。


 それに時期的にもユウトが生まれたタイミングにずれがある。……もしかして今の年齢はレオが見た目から付けただけで、実年齢はもっと上だったんだろうか。


 混乱していると、ディアが軽く首を振った。


「大丈夫、おそらくユウトくんが生まれたのはそのあたりの時期ですわ」

「ん? そのあたりの時期って……自分がユウトくんを産んだのに何でそんなにアバウトなんだい、ディアさん」

「ユウトくんは卵から生まれたんですの。だから、私は殻の状態のユウトくんしか見ていなくて……。生まれたての可愛いユウトくん、見たかったですわ。まあもちろん今も可愛いですけど!」

「ぼ、僕って卵から孵ったんですか……」


 半魔なのだからそういうこともあるだろうが、色々衝撃過ぎる。


「じゃあ、ユウトくんが生まれた時にはもうディアさんは閉じ込められた後だったってことか……。ディアさんが不在の間、ユウトくんはどうしてたの? 父親が魔族ってことだよね。父親が育ててた?」

「父親……とりあえず父親ってことになるのかしら。でも私はユウトくんが生まれてからのことは知らないんですの。彼らも閉じ込められたり行方不明になったりしてて……」

「……え? あのディアさん、よく分からないんですけど、"彼ら"って、どういうことですか?」

「あら、ユウトくん。私のことはもうママって呼んでいいんですのよ?」


 しれっと挟まった登場人物がひとりでないことに困惑したユウトが訊ねると、ディアは別の言葉を捕まえてそんなことを言う。

 しかしいきなり母親だと言われて、見た目は二十代の女性にそんなこと言えるわけがない。クリスも彼女の言葉に肩を竦めた。


「それを公にするならいいけど、隠しておくなら人前でユウトくんにそう呼ばせるのはどうかと思うよ、ディアさん。年齢的な見た目からしてちぐはぐだし」

「ああ……そうですわね。いちいち突っ込まれるのは面倒臭いですし。じゃあ、今度二人きりの時にだけママって呼んで欲しいですわ、ユウトくん」

「えええ……心の準備が、っていうか、まだ実感が湧かないんですけど……が、頑張ります。それで、彼らって?」


 今さらディアを母親として認識するのは難しい。とりあえずそれには生返事をして置いておいて、ユウトは強引に話を戻した。


「確かに、ディアさんの言い方だとユウトくんの父親は複数人いるみたいに聞こえるよね」

「……んーまあ、そうですわね。……実際二人いるんですもの」

「僕の父親が二人!?」

「うわ、ディアさん魔族に二股掛けてたの?」

「違いますわ。その何か奇妙なものを見るような顔やめて下さいます?」


 だから彼らについてはあまり話したくなかったんですの、とディアは少し不機嫌な顔で言った。

 軽くそっぽを向いた彼女を見ながら、クリスが顎に手を当てる。


「……いくらディアさんが高い魔力を持つとしても、体外に卵を作ってそこに生命を宿すなんて無理だよね。だからさっき話を聞いた時に、ひとりの父親はなんとなく想像がついてたんだけどね……」

「え? 知ってる魔族ですか?」

「魔族って言うか……次元が違うよね。ディアさん、ユウトくんの父親って、ひとりは大精霊でしょ?」


 クリスがあっさりとその名を口にした。

 それにディアが眉を顰め、ユウトが目を丸くする。


「……貴方って察しがいい上に天然で悪気がないから厄介ですわ」

「え、精霊さん……!?」


 彼女はため息を吐いたが、否定はしなかった。つまりそういうことだろう。

 さらにクリスはディアの様子を気にすることもなく、ひとり考察を続ける。


「ユウトくんの聖属性はそこから来てるんだね。ディアさんは聖属性持ってないし……。だとすると、今ユウトくんに現れてる闇属性の出所を同様に考えると、もうひとりの父親って……」

「……魔王ですわ」

「ま、魔王!?」

「あ、やっぱりそうなるよね。ユウトくんすごい血筋だなあ」


 クリスは何だかのほほんと言うが、ユウトはあんぐりと口を開けたまま固まった。


 魔王といえば、魔界の創造主だ。この世界の大精霊と同等の存在。

 世界の守護者たるその二人が父親とか。


 確かに『大精霊の傀儡として造られた』とグルムに言われたけれど、まさか血(?)が繋がっている親子とは思わなかった。

 死ぬのが前提だと考えていたし、てっきり死んでも差し支えのない孤児か何かだった自分に手を加えて、『聖なる犠牲』を造り上げたものだとばかり思っていたのに。


「しかしそのユウトくんが、どうして記憶を失った状態でレオさんの弟になってるんだい?」

「そこの部分は、私もあの精霊ひとも分からないんですの。もしかすると向こうの魔王ひとなら知っているかもしれないですけど、彼は行方が分からなくなっていますし」

「魔王さんが行方不明……?」

「その話は私もあちこちの魔族の書類で目にしたよ。魔界でも気配が見付からないって」

「まあ魔界が滅んでいないから、生きてはいますわ」


 ディアは特に心配する様子もなくそう言い放って、ユウトの瞳を覗き込んだ。


「それよりも、ユウトくんに闇属性が発現したということは、もしかして記憶の封印が解けたのかしら?」

「あ、今まで闇属性の能力ごと記憶が封じられていたってこと? ……ってことは、ガントでラフィールがユウトくんの記憶の解放をしたのか。他に切っ掛けが考えられないものね」


 やはりクリスは察しが良い。ユウトはそれに素直に頷いた。


「ええと……はい。あの、クリスさん、レオ兄さんには内緒にしておいて下さいね。多分すごく嫌がると思うので」

「それはいいけど。じゃあユウトくんはもう昔のことを思い出しているんじゃないの?」

「いえ、解放はされたけど、記憶が取り出されるのは別みたいで。何かフックになることがないと出てこないみたいです。……それに、ラフィールさんに解いてもらったのは外的封印っていう誰かから掛けられた封印で、その内側に僕自身が掛けた内的封印っていうのがあるらしくて……。どこまでの記憶が解放されたのかもよく分からないんです」


 未だ、引っ張り出された記憶はない。だからこそ普通にしていられるのだけれど、どこかもどかしい思いもある。

 眉尻を下げたユウトの様子に、ディアは思案するように口元に手を当てた。


「そう……。まだ完全に記憶も魔力も取り戻したわけではないんですのね。その封印は何の意図を持って施されたものなのかしら」

「でも闇属性が解放された分、魔力が上がってるよね。元々大きかったけど、さらに強くなってる。本意気で解放したらものすごい魔力量なんじゃないかな、これ」

「それはそうですわ。私たちの息子ですもの」


 クリスの言葉に返すディアは少々自慢げだ。

 けれど。どうしても払拭出来ない疑念が頭をもたげる。


 ユウトは一瞬飲み込み掛けた言葉を、勇気を振り絞って口にした。


「……そもそもなんですけど、どうしてディアさんと精霊さんと魔王さんは僕をつくったんですか? ……最終的には僕を『聖なる犠牲』として使うためじゃ……?」


 ディアと大精霊は契約関係のようなものと言っていたのだから、そこに魔王が混ざったところで感情的なものが挟まるわけでもないだろう。

 結局ユウトの思考はそこに行き着いて、酷く寂しい気分になった。

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