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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、昨晩のことが気になる

「ユウト様、道中お気を付けて」

「色々ありがとうございました、ラフィールさん。……今度また来ますね」

「ええ、お待ちしております。いつでもお越し下さい」


 祠の解放をした翌朝、レオたちは予定通りガントから王都に向かうため、門の前で馬車を待機させていた。


 その隣で、ユウトとラフィールが最後の挨拶をしている。


 悠然と微笑む美形のハーフエルフと並んでも、弟は見劣りしない可愛さだ。いや、正直ユウトの方が上かもしれん。

 レオは後ろに立って真面目な顔で二人を眺めながら、そんなことを考えていた。


 隣ではクリスが微笑ましげな顔で彼らを見ている。


「何だかラフィールがあんなに機嫌良さそうなの珍しいな。……ユウトくんが何か影響しているのかな?」

「……さあな。ただ、高位の半魔は総じてユウトに好意的な傾向があるようだ」

「ああ、ヴァルドさんもエルドワもそうだものね」


 そう言ってから、クリスはふと少しだけ声のトーンを落とした。レオに対してだけこそりと話し掛ける。


「……ところで、君は気付いている? 昨晩に突然、ユウトくんの魔力が上がったんだよね。ほら、私たちが夕食を作ってて、ユウトくんと離れている間に」

「……ユウトの魔力が?」


 残念ながら、剣聖たるレオも魔力には疎い。魔力の気配を感じたり、魔力の大きい小さいを判別するくらいはできるが、ユウトほど強い魔力だと、それがさらに大きくなっても気付けない。


 つまり、クリスの話は寝耳に水だった。


「……夕食を作っている間……あの時か」


 昨晩の夕食時、エルドワと散歩に行ったユウトはラフィールと一緒に戻ってきた。

 その際に少し様子がおかしかった弟に、どうしたのかと訊いたら、話をしていただけと言われたのだが。


 そういや就寝前に問い質そうと思ってたのに、何だかやたらに子犬みたいに甘えてきて可愛かったので忘れてた。

 うん、昨晩のユウトは激カワだった。

 ……じゃなくて。


「ユウトに何かあったと?」

「んー、魔力が上がること自体は全然悪いことじゃないんだけど。……これ、言っていいかな」


 そこまで言っておいて、言い渋るクリスにレオは片眉を上げた。


「言え。気になるだろうが」

「うん、あのさ……ほんの少し……ほんの少しなんだけど、ユウトくんの魔力に闇属性が混じったみたいなんだよね」


 一瞬、何を言われたか分からずに目を瞬く。

 しかしその言葉を数度反芻して理解した途端に、レオは血の気が引き、愕然とした。


「……闇属性だと……!?」


 思わず馬鹿な、と大きな声を上げかけて、慌てて口を噤む。

 闇属性……聖属性と並ぶ、この世界では稀有な属性だ。

 四大を凌駕する威力を持つ闇魔法、それを操れる魔力属性。

 魔界ですら爵位ある支配層の魔族しか持たない。


 レオはそれを使う者を過去にひとりだけ知っていた。……暗黒児ダークチャイルドだった頃のユウトだ。

 当時は正式な名前もなく、魔研で管理№12と呼ばれていた彼は、闇魔法の使い手だった。

 ユウトの記憶と共に、すっかり失われたものだとばかり思っていたのに。


「……昨晩、一体何が……?」

「それは分からないけど。ユウトくん自体変わりがないから、本人も気付いてないのかもしれないし」


 確かに、今朝になってからはユウトもいつも通り、特に変わった様子もない。

 ……下手に問い質したら、ヤブヘビになりそうな予感すらする。


 訊くならラフィールかエルドワか。

 しかしユウトが昨晩のことを濁したと考えると、その時何があったかをレオに伝える気はないということだ。弟がそう決めたなら、きっとこの二人も口を割るまい。


 ユウトが兄に隠し事をするなんて。

 それに酷く焦燥を感じるけれど、弟がこちらに持っているよりもずっとたくさんの隠し事を抱えているレオが、それを責められるわけがない。


 結果、レオはそのもやもやを自分の中に留めておくよりほかなかった。

 もちろん探りは入れていくが、直接問うことは難しいだろう。


「……聖属性と闇属性というのは、両立するものなのか」


 代わりにもうひとつ気になったことをクリスに訊ねる。

 どうせこの男、ユウトが聖属性なことを知っているのだ。今さら気にする必要もあるまい。


 そんなレオに、クリスも普通に返す。


「両立はもちろん可能だよ。相反する属性と思われがちだけど根本はすごく似ているんだ。互いが存在しないと成立しない属性だしね」

「聖属性が成立するには闇属性が必要だと?」

「そう。今のこの世界のようにどちらかに力のバランスが傾いてしまうと、最終的に世界は消滅してしまうから。……その概念から考えると、もしかしたらユウトくんはひとりでひとつの世界として成り立ってしまうのかもね」

「……どういうことだ?」

「んー、まあ、そのまんまの意味なんだけど……。私もまだ勉強不足だからなあ、もっと詳しく話せるようになったら伝えるよ」


 そう言ったクリスは、口を噤んで視線を前に向けた。

 ユウトたちが話を終えて、こちらを振り返ったのだ。

 その視線を受けたクリスが、何事もなかったかのようににこりと笑う。そしてラフィールに声を掛けた。


「ではそろそろ出立するよ。ラフィール、邪魔したね」

「構わぬ。ユウト様のおかげでこの辺りの瘴気は薄れ、私も頗る気分が良い。……花の蜜よりも馨しい香りのユウト様、愛らしいそのご尊顔を拝せなくなるのは大変名残惜しいですけれど」

「……ええと、ラフィール、キャラ変わった?」

「何だかラフィールさん、昨日の夜遅くあたりからこんな感じなんですよね。顔なんかラフィールさんの方がずっと綺麗だし、良い匂いもするのに。僕の方こそ目の保養ですよ?」

「くううっ、小首を傾げつつ何とも可愛らしいことをおっしゃる……!」


 何だかめっちゃ萌えている。

 本当に、昨晩何があったんだ。

 少し困惑気味に微笑むユウトの腕の中で、子犬がすごく冷めた目をしてハーフエルフを見ているのがまた分からん。


「うわあ、こんなラフィール初めて見た……。何か怖い」

「……付き合ってられんな。ユウト、もう馬車に乗れ。村を出るぞ」

「あ、うん……って、わあ!」


 ラフィールの前にいたユウトを問答無用で抱き上げて、そのまま高い位置にある御者席に乗せる。レオもすぐにその隣に乗った。

 残ったクリスが最後にラフィールに軽く片手を上げる。


「じゃあね、ラフィール」

「ああ。お前たち、ユウト様をしっかりとお護りせいよ」

「はいはい」


 苦笑と共に、クリスも荷台に乗り込んだ。


「ラフィールさん、また今度!」

「ユウト様、息災にお過ごし下さい!」

「はい、ありがとうございます!」


 御者席から身を乗り出してラフィールに挨拶をするユウトを気にせず、レオは馬車を出発させる。

 それでも一応の挨拶を終えた弟は、レオの隣にきちんと座り直してから、少し不満げに兄を見上げた。


「もう、レオ兄さん、ちゃんと挨拶くらいさせてよ」

「十分してただろう。途中からはあの男がユウトに萌えてただけだった」

「萌え……?」


 ユウトは首を傾げる。どうも自分がラフィールにとってその対象になっているというのが理解できないらしい。

 その腕の中ではエルドワがしきりにクンクンとユウトの匂いを嗅いでいた。


 ……半魔や精霊には魔力の匂いが分かるようだし、ユウトの魔力に闇属性が混じったことで何か変化があったのかもしれない。

 ラフィールの様子も昨晩を機に変わったのなら、やはりあの夕食前の散歩時が鍵か。


 ここにいる者でその匂いを先入観なく指摘できるのは、人化したアシュレイくらいだ。

 昼食の休憩の時に少し誘導してみよう。


 レオはそう決めて話を変えた。


「ところでユウト、精霊の祠の解放は終わったが、大精霊は戻ってきてないのか?」


 ガントが最後の祠。これで大精霊は完全体として復活したはずだった。しかし今のところ、ユウトはそれについて何も言っていない。不思議に思って問うと、弟は一瞬困った顔をして、それから僅かに逡巡し小さく唸った。


「……ん~、戻ってきてはいない、けど……復活はしてるんじゃないかな。僕には精霊さんが何を考えているか、よく分かんない」


 ユウトの珍しく突き放したような物言い。レオは違和感を覚えてその顔を見た。

 けれど弟の表情には、喜怒哀楽のどれも見えない。

 何だか妙な胸騒ぎを感じて、兄は静かに訊ねた。


「……何かあった?」

「ううん、精霊さんとは何も。全然会えてないんだし」


 精霊さん”とは”何も、ということは、他に何か要因があるということだ。

 普段から全く他人の心の機微などには興味のないレオだが、ことユウトに関しては話が違う。


 大精霊に関して、どこかで何かネガティブな情報を仕入れたか。

 僅かな言葉尻を逃さずにそうあたりを付けた兄は、何も言わずに弟の頭を撫でた。

 それだけでいつもの可愛らしい表情を取り戻すユウトに安堵する。


 ……とりあえず今は余計な突っ込みはすまい。


 大精霊に関して悪い話が出たならおそらく精霊の祠での事だろう。もう封印していた魔族は死んでいるし、ユウトがレオに言わないのだから、どうせエルドワもヴァルドも言わない。

 それならば後でクリスに確認した方が早い。

 魔界の者から得た情報なら、彼も持っている可能性がある。


 ……ユウトが変な話を仕入れていないといいが。

 レオは弟を撫でながら、内心で独りごちた。


「……あ、ガントの地方を抜けたみたい。瘴気溜まりがなくなったよ、良かったね」

「瘴気溜まり? ……そんなのあったのか?」


 不意に周囲の変化に気付いたユウトが、エルドワの両前足を持って、わあい、と万歳のポーズをさせた。めっちゃ和み可愛い。


「うん。村道付近は平気なんだけど、ここまであちこちに紫色の靄が掛かってたんだ。半魔じゃないと見えないんだって。行きは荷台に乗ってたから気付かなかった」

「……瘴気の届く範囲は、ガントの村あたりを中心にして半径十数キロって感じか。まあ、この距離ならジラックまで影響はなさそうだな」


 瘴気を吸うと魔物は凶暴になる。

 それがガントから流れていってジラックの死兵に影響があると厄介だと思っていたが、問題はないようだ。もちろんだからと言って楽観はできないけれど。


「瘴気なんかについても少し理解が必要かもな。まあ、クリスが詳しいか。……あいつ、どうしてる?」

「昨日の夜……っていうか、今日の朝方までで僕が取ってきた魔界の本を全部読んだみたいで、荷台で爆睡してる」

「あれ、分厚い本ばっかりで十数冊あったろ。全部一晩で読み切ったのか……。ひとりだけ別テントを張ってこもってたのは、夜通し本を読むためかよ」


 昼の休憩の後はクリスと御者を替わる予定だが、大丈夫だろうか。

 まあ、実質アシュレイが勝手に走ってくれるから、余程のイレギュラーがない限り居眠りしてても平気だろうが。


「クリスさんって、何であんなに魔界のことを知りたいんだろう。戦士なのに魔族由来の魔術書も読み解けるし、術式にも詳しいし、歴史も知ってるみたい」

「あいつのいたリインデルの村自体が何か、魔界と関わりが深いところだったらしい。その流れだろうけどな」

「……その村は、誰に何の理由で滅ぼされたんだろうね?」

「村所蔵の魔書がごっそりなくなったようだから、それ狙いかもしれん」


 そう言って、ふとレオは今王宮に預けてあるヴァルドの祖父……公爵の能力が封じられている本を思い出した。


 もしあれに相応する力を持つ魔書が村にあったとしたら、村を焼き払ってでも欲しい魔族は絶対にいる。

 クリスがやたらと魔族を敵視しているのは、その方面から何か心当たりがあるのかもしれない。


「……色々気になることはあるが、まずはジラック関連の問題を解消してからだ。王都に戻ったら兄貴のとこに報告しないとな。お前は……」

「僕は魔法学校、っていうか、ディアさんに用事があるからそっちに行くね。ライネル兄様とはまた今度」


 不意にまた、ユウトの表情が固くなった。

 いつもならライネルに会えないことを残念がる弟が、自分からディアのところに行くという。


 その違和感にどう突っ込むべきかとしばし考えて、レオは小さく唾を飲み込んだ。


「……大精霊のことを聞きに行くのか?」


 結局、思った言葉のまま訊ねる。他意を含まなければ、何でもない質問のはずだ。

 こちらの内心の緊張を知られぬよう注意を払った疑問に、ユウトはこくりと頷いた。


「僕のところに戻ってこないなら、ディアさんのところにいるかもしれないし。いなくても何か知っていると思うんだよね。二人は契約関係みたいなものだって言ってたから」

「ディアと大精霊が契約関係? 精霊術にしたら究極じゃないか」

「精霊術とはまた違うみたい。僕もよく分からないんだけど」


 大精霊のネガティブな情報を知ったなら、ユウトのディアへの心証も変わったはずだ。それでも、確認したい何かがあるのだろう。


「……俺も行くか?」

「ん? どうしたの、いつもこういう時は別行動なのに」


 まあ、確かにそうなのだが。

 しかし、苦笑するユウトにどこか心細さを感じたのも事実。レオはその肩を優しく抱き寄せた。


「……寂しいかと思って」


 行動に、短くそう付け足す。

 すると弟はぱちりと一度目を瞬かせた後、すぐに気弱な微笑みを見せ、兄の身体に横から抱きついた。

 ローブの犬尻尾がぴるぴるとめっちゃ振れている。

 その状態で落ち着いたユウトの背中をゆっくりと撫でた。


 手のひらから伝わる、レオの一番大切な温もり。

 この命より大事な宝物をこうして癒すことが出来る自分を、誇りに思う。これは紛れもないレオの存在意義だった。


「レオ兄さん、大好き」

「知ってる」

「うん」


 兄の胸のあたりに子猫のように額を擦りつけて頷く弟の、頬を撫でて掬い上げるようにこちらを向かせる。

 照れて僅かに紅潮した頬が愛らしい。


「知ってるけど、何度でも言え」


 目を見て告げたレオに、ユウトは優しく微笑んだ。


「大好きだよ、レオ兄さん。だから僕は……」


 言葉が途中で切れる。

 続きを紡ぐ気がないユウトの瞳には、何か決意のようなものが見えていた。


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