弟、最後の精霊の祠の鍵を開ける
エルドワとカボチャを採って戻ったユウトは、ラフィールたちと合流して再び精霊の祠に向かった。
ごうごうと水の流れる音が聞こえて、ほどなくして林を抜けたところに大きな滝が現れる。10メートルくらいの高さと、5メートルほどの横幅があり、思ったよりも大きな滝だ。
あの落下する水流の裏側に入り口があるらしい。
「ラフィールさん、あそこにはどうやって行くんですか?」
「あちらの浅瀬を通って裏に回り込みます。滝の裏側は深めに抉れておりますので、あそこに入ってしまえばもう水の影響はありません」
「そこに精霊の祠の入り口があるんですね」
ユウトは場所を確認すると、ラフィールを振り返った。
「ご案内頂きありがとうございました、ラフィールさん。ここからは僕たちだけで行きます。アシュレイ、ラフィールさんを村まで送ってあげて」
「……俺はユウトが戻るまでここにいる」
「私もこの場でユウト様をお待ちします。お気遣いなく」
アシュレイはもとより、ラフィールも村に戻る気がないようだ。どれだけ時間が掛かるかも分からないのに、いいのだろうか。
しばし逡巡するユウトに、ラフィールはもう一度「私のことは気になさらず」と断った。
「……ん、じゃあラフィールさんはここで待ってて下さい。この先行くと濡れちゃうし。アシュレイは……わあ!」
「あそこまで俺が運ぶ」
ユウトはいきなりアシュレイに右手で抱え上げられた。左手にはすでにエルドワが乗せられている。どうやら2人が水に濡れないように、滝の向こう側まで連れて行ってくれるようだ。
彼はユウトたちを抱えたまま、軽々と川の浅瀬に降りた。
「ユウト様、お気を付けて」
「はい、行ってきます!」
ラフィールに挨拶をする間にも、アシュレイは川をずんずん進んでいく。浅瀬とは言うけれど、エルドワなら腰の辺りまで浸かりそうな深さで、流れもそこそこある。
ユウトのように軽い者では、足を滑らせたらすぐに流されてしまいそうだ。
もちろんアシュレイにはそんな心配はなく、安定した足取りで滝に近付いて行く。
そして水面より一段高くなった滝裏の岩の上に、ユウトたちを降ろした。
「ありがとう、アシュレイ」
「ああ。そこの岩を伝って真裏の窪みに行けそうだ。足下に気を付けて」
「うん」
「ユウト、精霊の祠あった! こっち!」
身軽なエルドワが一足早く祠を見付け、ユウトを呼ぶ。そこに向かうと、アシュレイも水から上がってついて来た。滝裏は結構広く、アシュレイの巨体でも閊えることはないようだ。
ユウトが足下の濡れた岩に気を付けながら、エルドワのところに辿り着く。すると目の前に、窪みにはめ込まれたような金属の扉が現れた。
「……魔法金属で出来た扉……。いかにも魔法で封じてますって感じだよね」
「ユウト、むやみに触ると危ないぞ」
「うん、分かってる」
見る角度によって色を変える金属は、少し近付いただけで魔力を帯びているのが分かる。そこには鍵穴のようなものが5つ。さて、どんな魔法が掛かっているのか。
ユウトは少し考えてから、1本の棒を取り出した。
「ユウト、それは?」
「一番最初にレオ兄さんに買ってもらった、リトルスティック・ベーシック。食パンに穴も開けられないような威力の杖だよ」
何となく処分する気にならなくて、ずっと持っていた杖。ちょうどいい出番だ。売らなくて良かった。
「ユウト、それ幼児用でしょ。何に使うの?」
「幼児用だからいいんだよ。この杖で放つ魔法は、周囲に全く害を為さないようになってる。普通の魔力で干渉すると起動するような罠も、この杖の魔力には反応しないんだ。これを使って、魔力の糸で鍵穴の中を調べる」
レオの教えのおかげで、ユウトは魔力を操るのが得意だ。特にこの杖を握っていると条件反射で、限られた範囲内でどれだけ上手く立ち回れるか、その試行錯誤のスイッチが入る。
ユウトはひとつずつ鍵穴を探り、そこにある術式に集中した。
「……鍵穴にはそれぞれ別の術式が設定されてるみたい……。ウィルさんがやってた鑑定みたいに、小さく魔法を試して反応を見ること出来ないかな」
「幼児杖は属性の付いた魔法は使えないのではなかったか?」
「うん、そうなんだけど、それって精霊を呼び出すための魔力報酬が少なすぎるからって話なんだよね。だから、精霊と直接交渉すればどうにかなるかも」
以前とは違い、今のユウトは精霊が見える。瘴気のせいで数は少ないが、交渉できるだけの精霊はそこにいた。
たゆたう精霊はただの光の玉で会話もできないけれど、こちらの言葉はちゃんと分かってくれるはず。ユウトはまず一番近くにいる炎の精霊に声を掛けた。
「精霊さん、対価ははずむから、力を貸してくれる?」
こちらのお願いに、精霊はピカピカと瞬いて応える。多分これはOKなのだろう。光の玉はふわふわとユウトの手元に飛んできた。
「ユウト、属性魔法なんて使って平気?」
「大丈夫だよ。リトルスティック・ベーシックは何があっても他に害を為せるほどの力は出ない。どうせ炎の魔法もちょっと温かくなる程度だし、風魔法だってそよと吹く程度なんだ。それでも属性をぶつければ僅かな反応はあるはず。それを読み取って、解法を探してみる」
ユウトはそう言うと、全ての鍵穴にそれぞれの属性を当てていく。
すると鍵穴には別々の属性と、開ける順番が設定されていることが分かった。
はめ込むべき鍵自体も穴ごとに形が違うが、そこは魔石の粉を練って作った粘土で代用出来るだろう。
「なるほど、対応した順番や属性を間違うと、即座に魔法鉱石で増幅された魔法カウンターを食らう設定なんだ。ええと、順番に気を付けて、魔石粘土で鍵の形を取って、属性を突っ込んで開錠……」
「……これは面倒だな。本当に魔法に通じた者じゃないと解けない」
「ユウトすごい」
「……よし、開いた!」
全ての鍵穴に順番通りに属性が付いた鍵を差し込んで、最後のキーシリンダーを回した途端に、ガチャンと扉が開錠される音がした。
魔法鉱石が纏っていた魔力が消え、扉を開けるためのハンドルが現れる。成功だ。
「さすがユウト! 後はこれを攻略すれば、レオも安心する」
「そうだね。ここを解放すれば精霊さんも復活出来るはずだし、頑張ろう」
「……ユウト、俺はこの先にはついて行けん。くれぐれも気を付けて」
「うん、ありがとう、アシュレイ。行ってくるね」
おそらくこのハンドルを回して開けた瞬間、ここを封じている魔族がいる場所へと飛ばされるに違いない。あと一頑張りだ。
心配そうなアシュレイを安心させるように微笑んだユウトは、エルドワの手を取った。
「よし、行こっか、エルドワ」
「うん! アシュレイ、心配いらない! ユウトはエルドワが護る!」
「ああ。頼むぞ」
頼もしい子どもがこちらの手を強く握り返してくる。
その心強さに勇気をもらって、ユウトは最後の精霊の祠の扉に手を掛けた。
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