弟、兄によしよしする
ユウトの問いにラフィールは一瞬だけ逡巡したけれど、告げても問題ないと思ったのだろう、すぐに答えを寄越した。
「ここの花が枯れてしまうと、周囲に瘴気が溢れてしまうからです」
「……瘴気?」
「壊滅したリインデルの村の跡地には、瘴気が溜まっているんだよ。そこから地脈に乗って瘴気が流れてくるのをガントの花々が吸収して、きれいな空気に戻してくれているんだ」
横からクリスが解説する。それにレオとユウトは目を丸くした。
「リインデルの跡地に瘴気って、どういうことだ?」
「ここの漆黒の花畑って、もしかして瘴気を吸ったせいなんですか?」
「うーん……、リインデルの話は後回しにしよう、レオくん。それより私もこの花畑が気になるな。村の中の花まであちこち真っ黒だ。ラフィール、昔は瘴気を吸っても花がこんな色になったことはなかったと思うんだけど」
「ああ。竜穴の祠が閉じてしまってからのことだ。花に供給されるマナが圧倒的に不足しているのでな。私もだいぶ瘴気に汚染されてしまった。そして食料も残り少ない」
食料と言えば、村の外にも出られない状態で、ラフィールはどうやって調達していたのだろう。村のそちこちに花はあれども野菜や家畜は見当たらず、備蓄があったにしてもこれまで保っていたとも思えない。ジラックが不穏な動きを始めたのなんて、結構前のことなのだ。
「食料が少ないって、大丈夫なんですか? 僕たちの食材、置いていきましょうか」
ユウトが気遣うように提案すると、ラフィールは小さく苦笑した。
「お心遣いありがとうございます、ユウト様。しかし私の食事は少し皆様とは違うのですよ」
「……また様って言う……。食事が僕たちと違うって、どういうことですか?」
「もちろんそういう食事をしないこともないのですが、私が主食としているのは特別な花の蜜なのです」
「特別な花の蜜?」
「ユウトくん、ラフィールはハーフエルフなんだよ」
クリスが補足をする。
……ハーフエルフ。なるほど、エルフの血を受けし者か。
レオはその容姿に納得した。金髪碧眼、尖った耳、細身の身体。そして老けない見た目。確かにエルフのそれだ。
そのラフィールの正体を知って、ユウトは首を傾げた。
「ハーフエルフ……人間とエルフの混血ですよね。エルフの主食って花の蜜なんですか?」
「魔界にあるエルフの森には他にも食べ物がありますが、こちらの世界ではそれだけです。そもそもエルフ種が人間界に定住していること自体が稀ですので、特にそれ以上作る必要がなかったのでしょう」
「……エルフ種は人間界に定住していることが稀……。じゃあどうしてラフィールさんはここに住んでたんです?」
「それは……まあ、少し事情がありまして。貴方様に気にして頂くような話ではありません」
「……そうなんですか?」
ユウトは様を消させるのを諦めたらしい。
ただそのまま、少々怪訝そうに首を捻った。
まあ、エルフは非常に保守的で種族主義で、ハーフエルフへの迫害が酷いと聞いている。彼がここにいるのはおそらくその辺が理由なのだろう。
レオは特に言及もせず、ラフィールに声を掛けた。
「とりあえず、細かい話は後だ。結局精霊の祠が解放されてマナが満ちれば、花から蜜も取れるし、あんたの汚れとやらも解消するんだろう? だったら行こう。元々俺たちは祠の解放が目的で来たんだ。場所を教えてくれ」
「そうですね、祠が解放されれば精霊さんも復活して世界にマナが戻るみたいだし、僕が頑張って攻略してみますので教えて下さい」
色々訊きたいことはあるが、それよりも先に祠の解放だ。
ユウトに危険が及ぶかもしれないという心配は拭えないけれど、不安なことはとっとと終わらせたいという思いも強い。
弟と分断させられるような罠は、きっとこれで終わりのはず。
大精霊が完全復活すれば事態は好転するだろうし、あと少しの辛抱だ。
「……ユウト様が竜穴の祠を……それは願ってもない!」
「ラフィール、場所はもちろん知っているんだよね?」
「ああ。ガントを出てリインデル方面に向かうと左手に滝があるだろう。あの裏側だ」
「滝の裏……水神の滝の立ち入り禁止区域か! それなら私でも案内出来るな」
「いや、案内は私がしよう。君たちはここに残った方がいい」
「……君たち、だと?」
ラフィールの言葉を、レオは聞き咎めた。
その『君たち』が、明らかにクリスとレオを差していたからだ。
「ふざけるな、危険な罠のある祠に、ユウトだけを連れて行く気か」
「ユウト様の他に子犬と馬なら連れて行けるが、君たちは無理だ。……そこが立ち入り禁止区域だったのは、祠を隠すためだけではない。あの場所周辺に瘴気が漂っており、人間があてられると気が触れるからなのだ」
「なっ……、そんなところにも瘴気が……!?」
思わぬ障害にレオは唖然とした。そうと分かっていたら、タイチ母を急かして耐瘴気アイテムを完成させてから来たのに。
こればかりは無理を言って付いていくわけにもいかない。万が一気が触れて、ユウトに傷でも負わせたら罪悪感で死ぬ。
「僕たちだけで平気だよ、レオ兄さん。どうせ今回は僕でないと祠の鍵は開けられないんだし、何かあったらヴァルドさんを呼ぶし」
「それは、そうだが……」
「アシュレイは怪我すると困るから連れて行けないけど、エルドワもいるし」
「アン!」
「……分かってはいるが、俺がお前の側に行けないのが問題なんだ」
「そのための通信機もあるじゃない」
離れたくない兄とはうらはらに、弟はかなり乗り気だ。
いつも残されて護られてばかりだから、今回は自分主体での祠攻略をやりきりたいのだろう。
「……俺はお前に何かあったら死ぬ」
「レオ兄さんが死なないように頑張るね。応援してて」
駄目だ、ユウトはやる気過ぎる。
弟を行かせるのはとっても嫌だが、必要なことなのは間違いないし、ここはこちらが折れるしかないのか。
「……絶対怪我なんかするなよ。なる早で戻れ。3時間以上経過したら泣くぞ」
「それくらいで泣かないでよ。大丈夫、すぐに戻るから」
ユウトが手を伸ばし、こちらの頭をよしよしと撫でるのを腕の中に掴まえる。そのままぎゅうと抱き締めた。
もちろんその力を信用していないわけではないけれど、彼はレオの大事な宝物なのだ。この不安が消えることはない。
「……戻ってきたら、もっとぎゅうぎゅうするからな」
「うん、いいよ」
拗ねたようなレオの言葉に、ユウトはくすくすと笑った。




