兄、弟と温泉に行く約束をする
次で精霊の祠は最後の封印になる。
目指すはガント。ジラックよりもさらに西にある、テムやラダと同じくらいの小さな村だ。
その位置ゆえにガントの村はジラックの管轄なのだが、村長自体は前領主に権限を預けられた者で、現領主に従っているのかどうかは分からなかった。
まあどうあれ、ジラックの近くを通らなくてはガントに行けない。
レオたちはロジーに蜘蛛の糸の幌が入荷したというので馬車を預け、3日ほど王都に滞在することになった。
「……まだ大精霊は戻らんのか?」
「うん、ちょっと心配だね。……マルさんとディアさんのところに相談してみようかな。作ってもらった転移魔石も取りに行かないといけないし」
「だったら魔法学校まで俺が送ろう。今はルアンがダグラスたちのパーティとゲート攻略に行ってて不在だしな。帰りは連絡をくれれば迎えに行く」
最近のルアンはパーティの方に掛かりきりだ。ダグラスたちの戦力が上がり、それだけアテにされているということなのだろう。
おかげで安心してユウトを預けられる者が減ってしまうが、これは仕方がない。
レオがユウトを送迎すると告げると、弟は目をぱちりと瞬いた。
「一緒に話聞かないの?」
「俺はその間にウィルに会って、先日のバンマデンノツカイの素材が鑑定出来たか確かめてくる。あと迷宮ジャンク品の店に行って、カメラフィルムが入荷していないか確認してくる」
「……レオ兄さん、フィルム消費激しすぎると思うんだけど……絶対店の人に顔覚えられてるよね」
「最近は俺のために商品を店に出さずに取っておいてくれるのでありがたい」
「超お得意様じゃん!」
「この世界に持ち込んだ時には11冊だったユウトの成長アルバムも、いまや20冊……。そろそろ本気で色褪せ防止本棚を特注して作ろうと思っているところだ」
「い、いつの間に20冊まで……」
この世界にデジカメがあったなら、本当は何百枚単位で撮りたいレオだ。
アルバム20冊なんて微々たるもの。これでもシャッターチャンスはかなり厳選している。
至極真面目にそう主張する兄に、弟は呆れたため息を吐いた。
「成長アルバムなんてさ、僕最近身長も体重も全く変わってないんだから、意味なくない?」
「毎日変わらず可愛いから撮るんだ、何かおかしいか?」
「ちょ、ものすごい迷いのない澄んだ目で言わないで……! 僕が恥ずかしい……!」
たまらず赤面したユウトが可愛かったのでとりあえず一枚撮った。
椅子の上でお座りをしているエルドワが生暖かい目で見ているが気にしない。
「もう、写真はいいから! ……とりあえず、魔法学校に行こ。どうせエルドワと2人で大丈夫って言ったって、一緒に来るんだろうし」
「当然だ。エルドワは頼りになるが、対人というより対魔物だからな。ユウトに近付く輩を噛み殺して歩くわけにもいかんだろう」
「ほんと、心配性なんだから……」
ユウトが立ち上がって、椅子の背もたれに掛けていた上着を着る。レオもそれに続き、椅子を降りたエルドワと一緒に部屋から出た。
建物から通りに出ると、王都は間近に迫った建国祭に向けて、大通りにアーチを掛ける準備が始まっている。
とても活気があり、これから起こり得る災難など誰も勘付いてはいないようだった。
「……ライネル兄様は王都の住民を避難させたりしないのかな?」
「おそらく、ジラックの軍を王都には到達させないつもりだろう。そのために今ネイたちが情報を集め、ルウドルトやイレーナが兵力を高めている。イムカも大きな力になるのは間違いない」
「そっか。まあ、王都ほど大きいとみんなを避難させる場所も食料も確保するのは難しいもんね」
王都エルダーレアは当然だがエルダール最大の都市だ。そこが危険に晒されるとなったら、住民はパニックを起こし、脱出しようとする者で下手をすると戦争以上の犠牲が出る。物資を買い占める者が出て下々の者は困窮し、少ない食料を巡って争いも起きるだろう。
それに、事前に王都が対策を取ると、ジラックがどう出てくるか分からなくなるのだ。
現状のままなら、事が起こるのは建国祭だと予測が付けられる。
その日に合わせて布陣をし、イムカを現領主にぶつけ、王都に最大限の結界を張ることができる。直近の今は、その方がいい。
おそらくライネルは、住民に覚られずに事をおさめるつもりで黙っているのだ。
「僕たちもエルダールを護るために頑張らないとね。次の精霊の祠でようやく精霊さんの力が全部解放されるし」
「そうだな。大精霊の完全復活は世界にとって必須事項だ」
「精霊さん、今は消えちゃってるけど……ディアさんが何か知ってるといいな」
大精霊に関しては、レオに出来ることは全くない。
ディアの話を聞いたところで対処出来るのはユウトだろうし、後は弟に任せよう。
「ユウト、出来ればディアにはガントの精霊の祠についても聞いてきてくれ。次の祠では大精霊の加護が受けられないかもしれないしな」
「うん、そのつもり。次の祠に閉じ込められた能力は『魔力』だし、今度は僕が解放することになると思うから」
「……今回こそが精霊の加護が欲しいところなんだがな」
「大丈夫だよ。主精霊さんたちもいるし」
「まあ、祠を封印してるのはまた吸血鬼だろうしな、手こずるようならヴァルドを呼び出して対応させればどうにかなるか」
魔力だけの勝負なら、ユウトがその辺の魔族に負けることはあるまい。問題なのは物理攻撃だ。レオが一緒に行けるところならいいのだが、こればかりは分からない。
その点、どこに居ても弟の元に駆けつけられるヴァルドがいることはだいぶありがたかった。
「精霊の祠の開放さえ終わってしまえば、後はじっくり構えていられる。最後の一頑張りだな」
「うん。……そうだ、今回のジラックの件が解決したら、新しくイムカさんが治めるジラックで今度こそ温泉入りたいね。前に言ってたでしょ?」
可愛らしくこちらを見上げて言うユウトに、レオはそう言えばと頷いた。ジラックは元々温泉のある観光地だ。以前そんな話をした覚えがある。
「ああ、言ってたな。じゃあこの一連のごたごたが終わったら、ジラックで一番良い温泉宿に泊まることにしよう」
「やった! 約束ね」
「ああ」
レオは、嬉しそうにローブの尻尾をぴるぴるさせるユウトに癒されつつ、ジラック復興の際は温泉宿整備にいくらか金を出そうと決意をするのだった。




