弟、ネイの大事なとこを護る
ユグルダの村が復活し、ネイとエルドワが異世界から帰ってきた。
その際に、エルドワがたくましい青年の姿で現れたことにレオは驚いた。
そして何より、ネイがそんな彼に担がれて、完全脱力状態で戻ってきたことを怪訝に思う。向こうで一体何があったのか。
とりあえず身体は動かないが話はできるらしいネイに、事情を聞くことにした。
ちなみにエルドワはユウトの血から受けた魔力が消え、すでに子犬に戻って弟の膝の上にいる。あれがレオよりも胸板の厚い青年かと思うと微妙な気分になるが、まあ中身は子どもなのだから気にするのも無駄か。
とりあえずレオは、ネイからもたらされた報告に目を瞬いた。
「……ジードが生きていただと?」
「ええ。もう魔研とは手を組んでいないので、直接的な俺たちの敵ではないんですけど……。大精霊は何か警戒してるっぽいです」
「……ユウト、大精霊は?」
「まだ近くにはいないみたい」
精霊のペンダントはすでにネイからユウトに戻っている。しかしそのユウトも大精霊の居場所が分からないようだった。
「何か大きな魔法を唱えようとしていたなら、詠唱キャンセルによる弊害があったのかも。今は竜穴の中で回復しているんじゃないかな」
「あー、俺の身体を使うのも『ルール違反』って言ってたし、それなりにリスクのある術式だったのかもな」
「精霊さんって、直接世界や人に影響を及ぼすような力の行使は出来ないんだって。それをネイさんを使ってやろうとしたんだから、何かペナルティがあった可能性もあるよね」
「とりあえず精霊の祠は開放出来たものの、しばらく大精霊の加護は受けられないかもしれんな……」
「精霊さんもだいぶ力は戻ってるから、それほど心配は要らないと思うけど」
それでも最後の封じられた祠は、彼の加護無しで挑むことになりそうだ。一応王都で万端の準備をしていこう。
「それにしても、今回の祠を封印していた魔族はヴァルドの叔父じゃなかったんだな。ジードが関わっていたとはいえ」
「あー、そういえばそうですね」
「……あれ、ちょっと待って。僕が前回悪魔の水晶で飛ばされた時も、ヴァルドさんの叔父さんじゃなかったよね。あの時は頭にツノの生えた悪魔で……」
「あ、今回のも頭にツノが生えてた。吸血鬼の眷属にされてたせいで目が赤かったけど、もしかしてあいつも悪魔か。本来はあいつと戦うために俺が向こうに行ったのに、素早さはあんまり関係なかったな」
「ジードの居城に行った時も感じたが、眷属というものになると研ぎ澄まされた感覚などがなくなって、どこか愚鈍になるようだ。そんな奴では貴様の敵にはなるまい」
しかし、その悪魔2人はどうして魔研に関わったのだろう。
1人目は確かルガルの配下だった。
「ヴァルドさんが前に異世界に行った時、悪魔の水晶を使った空間入れ替え……時空間転移の術式を施行できたのは『魔施術師』の部下だからだって言ってた。今回の悪魔もそうなのかも」
「……何だと? そうなると今回もルガルの部下だということになるが」
ジードはルガルを酷く敵視しているはず。今回はその部下をわざわざ引き込んだというのか。
「今回の悪魔がどうかは分からないけど、以前の悪魔は誰かにそそのかされたんだってヴァルドさんが言ってた。主には内緒で身体を半魔に改造して、祠の封印に荷担してたみたい」
「……そそのかされた、か」
誰に、と考えればジアレイスなのだろうか。しかし、ルガルの部下を減らす思惑もあったとしたら、そこにジードが絡んでいないとは言いきれない。……前回も、今回も。
禁忌魔法頼りの実力しかない男だが、その狡猾な語りと立ち回りはもしかすると相当厄介なのかもしれない。
「……そそのかされた……」
その話を聞いていたネイが、何か重たい感情を乗せた声音で小さく繰り返した。沈思する彼は、そのまま黙り込む。
中空をにらむその瞳が、レオと初めて会った時……まだ荒んだ暗殺者だった時と似た色をしているのに気が付いたが、それを指摘する事はしなかった。
そこはレオが触れるべき領域ではないのだ。
「まあとりあえず目的は果たした。この状態ではユグルダの宿で美味い飯なんて無理だし、今日は適当に何か食って、明日少し村人に話を聞いたら王都に戻ろう」
「あ、じゃあ今日は僕がパエリア作ろうか? 前にベラールの市場で買ったパエリアセットがあるんだよね。エプロンも持ってきてるし」
「何、エプロンも……!? それは是非作るべきだな!」
ユウトの申し出に、途端にレオが色めき立つ。
うさ耳の可愛らしい防寒着に、フリルのエプロン。ほぼ今日限定のレアな組み合わせ、間違いなく萌える。カメラフィルムの枚数が許す限りの写真も撮らなければ。
「ネイさんも何か食べられそうですか? おかゆとかがいいかな?」
「……あー、気にしないで、俺今日固形物は無理。栄養剤だけ流し込んでくれればいいわ」
ユウトに声を掛けられると、ネイは先程までの剣呑な瞳をくるりと柔らかく変えて、力なく微笑んだ。
それにユウトが小さく唸る。
「んー、それじゃ味気ないなあ……。身体も冷えてるみたいですし、温かい野菜スープも作りますから、それだけでも食べて下さい」
「あ、それくらいなら食べられるかも。ありがとね」
「じゃあネイさんのために、愛情調味料増し増しでスープ作りますね」
待て。今ユウトがとっても可愛い笑顔で聞き捨てならないことを言った。
「……ユウト、ふざけたことを言うんじゃない。愛情調味料増し増しはこいつじゃなく俺のためにしろ」
「ええ? ……どっちのためでも味は変わんないと思うけど……」
「変わる。俺のための方が断然美味いに決まっている」
「ただのエプロンの効果だよ?」
「そのエプロンを侮るな。効果だけでなくビジュアルすらも最高の一品……。いついかなる時も俺のために着ろ」
「……レオさんのやきもちがすごい」
「アン」
アシュレイたちがちょっと引いているがどうでもいい。
ここは兄として譲れないのだ。
「ふふふ、レオさんが俺に嫉妬している……! これは気分良い~」
「うるせえコラ貴様の大事なとこ全身全霊を込めて踏み潰すぞ」
「あっ、ゴメンナサイそれはやめて! 今日はマジで避けられないから!」
「もう、レオ兄さん、ネイさんをいじめちゃだめ!」
調子に乗る狐に凄んだら弟に怒られた。
だがうさ耳を揺らしてプンスコする顔も可愛いので困る。
「俺のために愛情調味料増し増しにするならいじめない」
「……こだわるなあ」
真面目な顔で言うレオに、ユウトは呆れた様子で肩を竦めた。
しかしすぐに諦めたように眉尻を下げて軽く笑い、ネイに断る。
「……ごめんなさい、ネイさん。ネイさんの大事なとこを護るために、レオ兄さん印の愛情調味料でスープ作りますね」
「仕方ないよねえ。俺の大事なとこ大事だし」
ネイも苦笑する。
うん、これで一件落着だ。
「レオさん、普段はすごい人なのに、ユウトのことになると大人げない……」
「アン……」
大人げなど知ったことではない。そんなものよりユウトの愛情の方がレオにははるかに重要なのだ。
それに結局弟も兄に甘い。その甘さを確認したいのも、このわがままの一因であるのは内緒だ。
その後うさ耳エプロンで作られた晩ご飯は愛情調味料増し増しで。
やはり自分への愛情で作った飯が一番美味しいと、比較対象もないというのにレオは自負をするのだった。




