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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【ネイとエルドワ】

 次にはたと意識を取り戻した時、ネイは自分が雪の上に放り出されていることに気が付いた。

 周囲はすでに夜。

 一体どうなったのか、あれからどれくらい時間が経ったのか。


 起き上がろうとするけれど、困ったことに身体には力が入らない。

 これが大精霊に身体を貸した負荷のせいというやつか。おそらく人間には過ぎた力を発動しようとした弊害なのだろう。

 痛みがあるわけでもなく、完全に脱力した状態だ。


 ……さて、どうしたものか。

 このまま雪にまみれて一晩過ごしたらさすがに凍死する。というか、すでに身体の末端がだいぶ冷えている。装備が優秀なおかげでまだ平気だが、いつまで保つか。

 大精霊の奴、せめてもっとマシな場所でこの身体を放棄してくれれば良かったのに。付近にいない様子だし、一体どこに行ったんだ。


 そんなことを考えていると、どこかから雪の中をこちらに近付いてくる足音が聞こえてきた。


 獣や魔物だったら完全にアウト。首を動かしてそれを確認することすらできず、ネイは目だけ動かして周囲を見る。まあ、それが視界に入った時にはもう手遅れなのだが。


 しかし注意深く聞いていると、その足音が人型のものだと分かる。

 それなりの体重のある大人のものだ。レオあたりよりも少し重めの足音は、おそらく男。

 魔族か、それとも人間か。


 その足音は、この暗がりの中だというのに真っ直ぐネイに向かってくるようだった。


 ザクザクと近付く雪の音は、やがてネイのすぐ側までやってくる。 明らかにここを目指して来たのだ。一体誰だ、と思ったネイの視界に、突如見たことのない男が現れた。


「ネイ、大丈夫?」


 その声は低く、しかし親しげな響きがある。きりりとした若い男が気遣わしげにこちらの名を呼んだことに、初めて見る男だよな、とネイは自分の記憶を探った。

 その間に彼は雪の中からネイを引き上げ、ぱたぱたと身体にまとわりついた雪片を払ってくれる。ふとその頭に耳が付いているのを見付けて、彼が獣人であることが知れた。


 ラダの住人か? こちらは認識していないが、村で会った者だろうか。だとすればこちらの世界に戻って来れたということだが、彼は誰に頼まれてネイを助けに来たのだろう。


 ネイは一度声が出るかどうかゆっくりと口を動かしてみてから、男に声を掛けた。


「……ええと、君は誰?」


 あまり大きな声は出なかったけれど、雪深い静かな夜の空気のおかげでちゃんと彼に届く。

 すると彼は一瞬きょとんとして首を傾げ、それから何かに気付いたように「あっ」と自身の手を見た。


「そうか、雪が深くて埋まっちゃうから、大きくなったんだった。ネイ、エルドワのこと分からない?」

「……エルドワ!?」


 いつもの小さくて可愛い子どもが、たくましいワイルド青年になっている。その衝撃の成長っぷりに、ネイは目を丸くした。

 だが確かにその瞳も髪色も、エルドワのそれだ。しゃべり方も雰囲気もそのまま。……あの子どもが大きくなるとこうなるのか。


「……格好良くなっちゃってまあ……」

「ネイ、ユウトの血からもらった魔力がなくなると身体が戻っちゃうから、早く帰ろう」

「あー、ごめん、俺動けないの。エルドワ、悪いけど運んでもらえる?」

「え、ネイ怪我した?」

「そういうわけじゃないんだけど、身体に力入んなくてね」

「そうなの? 分かった、エルドワが運ぶ」


 エルドワは素直にネイの頼みを聞くと、その身体を持ち上げて肩に担いだ。いわゆる俵担ぎだ。姫抱っこじゃなくて良かった。

 そのまま歩き出したエルドワは、迷いなくどこかを目指している。それに気付いたネイは、担がれたまま彼に問い掛けた。


「……エルドワ、ここって元の世界だよね?」

「うん、そう。ネイがあいつをやっつけたんじゃないの? ユグルダの村ごとこっちに戻ってきたよ」

「ユグルダも……」


 あの時大精霊が発動しようとしていた術式。それを回避するために、おそらくジードは仕方なく村もネイたちも丸ごと放棄したのだ。

 最後にあの男が握り潰したのは、人間には見えない悪魔の水晶を制御する何かに違いない。今さらそれが何であるかなんて関係ないけれど。


 ……何にせよ、後々面倒なことになりそうだ。

 ネイはうんざりとため息を吐いた。


「……ユウトくんやレオさんたちに報告は?」

「2人にはまだ会ってない。村はもう大丈夫だけど、ネイだけ離れたところに飛ばされたから先に迎えに来た」

「そうか、ありがとな。エルドワが来なかったら凍死するとこだったわ。ホント、助かった」

「エルドワえらい?」

「うん、えらいえらい」


 大きなガタイでも子どもらしいエルドワに、ネイは苦笑した。見えないけれど、きっと彼は今ドヤ顔をしていることだろう。


 やがて視界の端にかがり火の明かりが入ってきて、ユグルダの村あたりに戻ってきたのが分かった。

 その姿を見られるのを嫌がるエルドワが、村を大きく迂回して馬車へと向かう。とりあえずレオたちと合流して報告すれば、ネイの仕事は終わりだ。

 ジードを殺すことは出来なかったものの、とりあえず直近の犠牲は防げたのだから良しとしよう。




「ただいま」

「おかえり……あれ、エルドワどうしたの? 大きくなって」

「え……ええ? エルドワだと!? どうしてそうなった!?」

「ネイを探して担いで帰ってくるのが、いつもの姿だと無理だったから。ネイ動けないんだって」

「わ、ネイさんどうしたんですか!? ごめんアシュレイ、そこに布団敷いて!」

「わかった」


 馬車に着いた途端、いきなり賑やかになる。

 この空間の安心感に、ネイは思わず表情が緩んだ。


 ……これは気ままに生きていたら手に入らなかった繋がり。安易なスリルよりも得がたい感情を、自ら手放そうなんて思わない。


 ネイはさっきのジードの言葉を思い起こし、改めて一蹴する。

 自分が正義の味方になれないなんて、とうの昔に知っていた。だけどこれは正義の味方『ごっこ』なのだから、ただなりきって楽しめば良いのだ。


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