弟、ユグルダ消失について私見を述べる
馬車が止まって、御者席からネイが顔を出す。
何故だか彼は困惑した様子だった。
「どうした」
「もうユグルダに着いてもいい頃なんですけど、村がどこにも見当たらないんです。道間違えたかなあ」
「え、僕たち遭難しちゃったんですか!?」
「別に帰ろうと思えば帰れるし、遭難というほどではないけどね。でも、山と森と川の配置からして、この辺りで間違いないはずなのになあ」
狐が狐に抓まれたような顔をしている。
レオたちも御者席に出て、周囲を見渡した。
「もしかしてこの雪の下に埋まってんじゃないのか」
「地面から1メートルくらいしか積もってないから、それはないと思いますよ。……ほら、この辺り一帯にだだっ広いスペースがあるでしょ。ここに村があったはずなんです」
「……村ごとどこかに消えちゃったってことですか?」
「うーん、どうだろう」
答えが出ずに首を捻るネイに、レオが舌打ちをした。
「面倒臭えな。狐、貴様の転移魔石でユグルダに飛んでみろ。すぐそこに出たらここがユグルダで間違いねえし、他のところに飛んだらそっからここまで道案内しに戻ればいい」
「ここがユグルダだった場合、謎が残るだけなんですけど……。転移する前にちょっとここの周囲を調べてきます」
「あ、僕も行きます」
「アン!」
馬車を降りるネイに、エルドワを抱いたユウトも続いて御者席から降りていく。おそらく自分たちだけが暖かい場所で待っているのが心苦しいのだろう。
そして弟が出て行くとなるとこちらも放っておけない兄だ。レオも仕方なく雪の上に降りた。
「ユウト、危ないからあまり俺から離れるな」
「レオ兄さん、早くこっち来て」
先行するネイについて歩くうさぎなユウトは、何かを探すようにしきりにきょろきょろしている。
そのうちネイとは離れて、別の方向に向かった。
「……どうした、何を探している?」
「この辺りの雪の下に、魔力が流れてるみたいなんだ。その流れの大元を探してるんだけど……」
「魔力?」
「アン!」
ユウトの腕の中にいたエルドワが、唐突に雪の上に飛ぶ。
魔力の流れを感知出来る子犬は、その源泉を見付けたのかもしれない。
しかし、沈下無効のブーツをアシュレイに貸しているせいで、エルドワはそのままぽすりと雪に半分くらい埋まってしまった。
「わあ、エルドワ、大丈夫!?」
「アンアンアン!」
「……何かめっちゃテンション上がってるな」
……もしかして雪の感触を堪能したかっただけなのか。慌てて抱き上げようとしたユウトの手をすり抜けて、エルドワははしゃいで雪を掻き分けながら進む。顔も身体も雪まみれだけれど、全く気にならないようだ。
「もう走ってるんだか転がってるんだか分からん状態だな」
「エルドワ、どこ行くの! こっちに戻って……あれ?」
「アン!」
子犬を追いかけていたユウトが、不意に立ち止まる。その視線の先で、エルドワが半分埋まったまま尻尾をぴるぴるした。
「エルドワ、もしかしてそこ、魔力の流れる源泉?」
「アン」
ただ遊んでいるだけかと思ったが、やはりエルドワは目的があったらしい。肯定のひと鳴きをすると、そこをサクサク掘りだした。
「んん? 下に何かが……。エルドワ、炎の魔法でその辺りの雪を溶かすから、ちょっと避けててね」
しばらくしてエルドワが何かを掘り当てたけれど、ほんの一部で全容が分からない。それを炙り出すために、ユウトは炎で円を描いて、雪を縦方向に溶かした。
ゆっくりと地面近くまで炎の円を下ろしていく。
すると地表が見え、そこに木製の落とし戸があるのに気が付いた。
「……こんなところに落とし戸? ここから魔力が流れてるってことは、もしかしてこれ精霊の祠の扉か?」
「そうかも。でも、マナが溢れているわけじゃなくて、流れてるのは術式の魔力みたいなんだ」
「術式……」
つまり、この精霊の祠を封じるために何者かが掛けた術式ということか。一体どんな罠が掛かっているのだろう。
どうすべきかと思案していると、別の場所を調べていたネイがこちらに合流してきた。
「んー、やっぱりここにユグルダがあったみたいです。建物や人は一切合切消えちゃってますけど、俺が以前来た時に仲間とやりとりして近くの木に刻んだ暗号が残ってました」
「……ってことはまさか、この術式と連動して村ごと消されてるのか?」
「ん、可能性はあると思う。ここをぐるりと囲うみたいに魔力が流れてるから」
「村を丸ごと転移するとなると、かなりの魔力量が必要だよな……」
「なになに? 何の話?」
自分の知らないところで話を進められていたネイが、会話の意味が分からずにユウトに説明を求める。レオに訊かないのはどうせ答えてもらえないのが分かっているからだ。
「ここの精霊の祠に掛けられている術式のせいで、ユグルダが消えたのかもしれないんです」
「術式でユグルダが消えた……? 村1個消すとか、すごいエネルギー量だよね? 破壊した様子もないし、転移したのか……?」
「アンアン!」
「ん? どうしたの、エルドワ」
ユウトがネイと話をしている間もあちこち掘っていたエルドワが、何かを見付けたのか再びこちらの気を引くように鳴く。
それを覗き込む弟の後ろから、兄も様子を覗った。
……何だろう、特に何も見当たらないのだが。
エルドワが雪を掘って出たのはただの地面だ。
しかしそれを怪訝に思うレオとは対照的に、ユウトは驚いて目を丸くした。
「エルドワ、それって悪魔の水晶……?」
「え、悪魔の水晶って、人間には見えない魔界の鉱物? あれだよね、以前バラン鉱山でユウトくんが触って、異世界に飛ばされた罠の」
「それです。多分村を囲うように、この魔力の流れの線上にあちこちに置かれてるんだと思います」
「何だと……!? そんなものがあちこちにあるのか!? ユウト、不用意に近付くなよ!」
「うん、分かってる。大丈夫」
以前ユウトが突然異世界に飛ばされてしまった時の恐怖を鮮明に思い出して、レオは後ろから弟の腰に手を回して掴まえる。
ユウトはそんな縋るような兄の手に自分の手を重ねて、安心させるようにポンポンと叩いた。
「バラン鉱山の精霊の祠と同じ術式が使われているとすると、転移というより異世界のどこかと空間の逆転が起こっているのかもしれない。ユグルダは、別の世界と入れ替わってしまったんじゃないかな」
「うはあ、マジか……。しかし村丸ごとの消失なんて、王都に報告が入らないわけないと思うんだけどな。陛下も知らなかったみたいだし」
「……ということは、村の消失はつい最近のことなのか?」
この術式を成したのが魔族であることは間違いない。
だが、そもそも何のためにそんな大掛かりなことを、今?
……どうやらここの精霊の祠開放は、一筋縄では行かなそうだ。




