兄、弟の防寒マントでやる気出す
道程の半分を過ぎた辺りから、だんだん気温が下がってきた。
装備のおかげで震えるほどではないが、ユウトはエルドワを抱いて暖を取っている。
雪と氷のない時期と言っていたけれど、もしかしてユグルダはだいぶ寒いのではなかろうか。
「ユウト、マント出すか?」
「ん、僕はまだ平気。それよりネイさんとアシュレイが寒いんじゃないかな。レオ兄さん、耐寒マントをネイさんに貸してあげたら?」
「何で1枚しかないものを奴に渡さんといかんのだ」
「え? マントって1枚しかないの?」
「俺とユウトで相合いマントする分しかない」
「何故にドヤ顔……。相合いマントって、相合い傘みたいに言わないで」
心配しなくても、国中に派遣されるネイは防寒着なんて自分で持っている。アシュレイだって馬だ、寒冷地に強い。走っている間は特に問題ない。
「それにしても、思った以上に寒いな。本当にユグルダでは雪が降っていないのか?」
「ほんと、外はどうなってるのかな」
ユウトが御者席に繋がる幌を開けようと手を掛ける。
その瞬間、同時に向こう側から幌が開けられ、冷気と共に雪まみれのネイが中に入ってきた。
「うはあ、最悪~! めっちゃ降ってるわ雪!」
「ネイさん、すごい雪まみれ……! この時期は降らないんじゃなかったんですか?」
「本来なら降らない時期だよ。おそらくマナが枯渇して気候がおかしくなってるんだ」
言いながらネイはポーチから防寒具を取り出して身につける。
手袋とブーツも着け替えた。
「はあ、陛下がユグルダの気候がここ数年おかしいと言ってはいたけど、こういうことか~」
「ここからユグルダに向かってまだまだ寒くなるのか?」
「そうなると思いますよ。この異常気象の中心は精霊の祠でしょうからね」
ということは、やはりこれは相合いマントの出番か。
そう思っていると、ネイが続けてポーチから何かを取り出した。
「一応、陛下がこういう状況も見越してアイテム持たせてくれたんですよね。ほら、レオさんが寒いの弱いって知ってるから。はいこれ、レオさん用の特別仕様防寒マント」
「くそ、余計なことを!」
「何怒ってんですか。これはユウトくん用ね。フードが被っちゃうから、このマントは上着脱いでから着けて」
「わあ、軽い! ふかふかな生地ですね、手触りいいなあ」
相合いマントを阻まれて怒る兄の隣で、弟は上着を脱いでマントを着ける。
ベルベットのような赤い生地に白いファーが付いていて、とても温かそうだ。……そしてそのフードには白いふわふわのうさ耳、背面にはうさ尻尾が……。
「くっ、兄貴の奴、俺のツボを心得てやがる……! 余計なことしやがったけど許さざるをえない!」
「うんうん、これは可愛いうさぎさんだね。真面目くんいなくて良かったわ」
「ええー……何で耳と尻尾付けるんだろ……。これ特に役に立たってないよね?」
「問題ない、十分役に立ってる!」
そう、まず間違いなくレオのやる気アップに役立っている。
兄はすかさずカメラを取り出してその姿を10枚くらい写真に収めた。後で雪の中でも撮ろう。
「それから、魔石ストーブもあるよ。ここに置いておくね」
「あ、ストーブ嬉しいな。燃料はクズ魔石ですか?」
「ペレットタイプの魔石燃料だよ。今は満タンまで入ってるから大丈夫。……さて、俺はそろそろ御者席に戻るかな」
防寒装備を調えたネイは、再び外に出る。雪に覆われて道が見えなくなると、頼りは以前にユグルダに行ったことがあるという彼の記憶だけだからだ。ここからの道行きは、ネイが指示しないといけない。
2人だけを外で働かせることに、ユウトは申し訳なさそうにへにゃんと眉尻を下げた。
「僕も何か出来るといいんだけど……。何か、馬車のスピードが少し落ちてきたよね。大丈夫かな、アシュレイ」
「雪が深くなってくると、脚を取られてなかなか速度は出せないからな。……ユグルダへの到着は思ったより遅くなるかもしれん」
「アン!」
「ん? どうしたの、エルドワ」
レオとユウトが雪道を走っているアシュレイの様子を気にしていると、不意にエルドワがこちらの気を引くように一鳴きした。
見ると、子犬は自身の収納の首輪にある魔石のひとつを、ちょいちょいと前足で示している。
そこに何を入れていたっけ、と考えつつユウトがその石を擦ると、瞬時にエルドワがブーツを装備した。
「これ、沈下無効のブーツ……あ! そうか!」
すぐにエルドワの言わんとしていることに気が付いて、弟はそのブーツを脱がせる。兄もほぼ同時にその意図を理解した。
「なるほど、これをアシュレイに履かせれば、雪に沈まずに走れるってことか」
「これ、エルドワが変化しても使えるようにストレッチする素材で作ってもらったから、アシュレイでも履けるはずだよ。このブーツがあれば、負担は減るんじゃないかな」
「馬車の方は悪路に対応する術式が組まれてるだろうしな。これなら時間通りにユグルダに着ける」
レオはさっそくネイに命じて馬車を止めさせる。
ずっと走りっぱなしだったから、僅かな休息を兼ね、ユウトがアシュレイに温かいスープを食べさせた。その間にレオとネイが彼の脚にブーツを履かせる。
「アシュレイ、寒くない? 身体平気?」
ユウトに鼻頭を撫でながら訊ねられて、アシュレイは問題ないと頷く。その身体からは湯気が出ていて、彼自身が言うように寒さはあまり気にしていないようだった。
「悪いがアシュレイ、ここでのんびり休息しているわけにもいかん。すぐに出立できるか?」
「ヒヒン」
レオの問いかけにもアシュレイはしっかり頷く。この様子ならユグルダまで十分走れるだろう。
再びレオたちが荷台に乗り込むと、馬車が今度は滑るような軽やかさで走り出した。
「わあ、さっきまでと進みが違う。速いね」
「あとはユグルダまでノンストップで頑張ってもらおう。すでに道程の3分の2ほど進んでいるはずだし、もう一息だ」
ここからはアシュレイが雪に沈むことがないから、雪が積もっていても心配ない。このままのスピードでユグルダに辿り着けるだろう。
村がどれだけ厚い雪に覆われているかは気掛かりだけれど、村人は普通に生活しているはずだし、精霊の祠が解放できれば環境も元に戻る……もしくは好転するはずなのだ。
とりあえずユグルダに着いたら、精霊の祠の場所を村の長にリサーチするところから始めよう。
そう決めたレオの耳に、不意に外からネイの声が聞こえた。
「あれ……? 迷った?」




