兄、真面目を追い立てる
「おはようございます、レオさん! やっと来ましたよ、俺です!」
「俺ですじゃねえよ、うるせえな。なんで朝からそんなテンション高えんだ」
「だって久しぶりの同行ですよ! ああレオさんの塩対応、たまらん……!」
朝9時きっかり、レオたちの家の扉の前にはネイと真面目がいた。
「おはようございます、殿下。弟君の萌え袖とハーフパンツから覗く生足はいつ見ても目の保養ですね」
「お、おはようござ……うう、真面目さんの目が怖い……!」
「真面目、貴様はユウトを見んな。てめえコラ、匂いも嗅ぐな! 殺すぞ!」
ユウトを後ろに庇って、真面目をしっしっと追い払う。
生真面目で礼儀正しく、仕事も出来て役立つ能力も持っている、すごく使える男なのにこの残念属性ですべてを台無しにしている。
「さっそく城門前に行くぞ。クリスたちが待ってる。真面目、お前が先頭歩け。絶対ユウトを振り返んなよ」
「承知しました。足音だけ頂いて後は脳内補完します」
「足音だけで妄想出来る真面目くんすげえ」
「ただの変態じゃねえか。……まあいい、とっとと行くぞ。どうせ城門からは別行動だ」
レオは変態を追い立てるように家を出た。
そのまま真っ直ぐに大通りを抜け、城門へと向かう。
到着した門の前にはすでに旅人や商人たちが検問の順番待ちをしてごった返していた。
しかしそんな中でも、さすがに大きなアシュレイの馬車は一際目立つ。すぐにその姿を見付けて、レオたちは彼らと合流した。
「ああ、来たね。みんなおはよう」
「おはようございます、クリスさん」
「アン」
クリスが馬車を降りてきて、にこりと笑う。
レオは挨拶を返さずに、代わりに昨日のことを訊ねた。
「……あんたの拠点はどうだった?」
「ああ、庭は草ボーボーで、建物の中も蜘蛛の巣と埃がすごかった。家具はもう全部入れ替えないと駄目だろうな」
「家具職人と庭師が必要か。……ラダの職人2人を連れてこれるといいんだが」
「そうだね。アシュレイが泊まるのに、家具の寸法とかも分かってくれるし。今度交渉してみようかな。とりあえず、しばらくはちょこちょこ草むしりと室内の掃除をするよ。……さて、この話はこのくらいで置いておいて」
クリスはそこで話を止め、先頭に立っていた真面目に笑顔で挨拶した。
「君が真面目くんだね。今日から数日間、ネイくんの代わりに同行させてもらうよ。よろしくね」
「あなたがクリスさんですね。こちらこそよろしくお願いします」
レオたちがユグルダに行っている間は、この2人がコンビになって宿駅の倉庫を見張る。冷静で思慮深い2人、とても頼もしいのだが、反面クリスがリスクを取って無茶をしがちなのが少々気掛かりだ。
「真面目、クリスが危ないことをしそうになったら全力で止めろよ」
「はい、そのように承っています」
「大丈夫、死ぬようなことはしないから」
「あんたのその死ぬこと以外は気にしない考えが問題なんだよ」
この男には今後も役に立ってもらわないといけない。こんなところで怪我でも負われたら敵わないのだ。何よりユウトが悲しむ。
「ユグルダの精霊の祠開放が終わったら俺も行くから、無理して突っ込んだ偵察しなくていいからね。基本は人や品物の出入り、稼働回数、稼働時間なんかをチェックしてればいい」
「了解です、リーダー。データ取得を優先します」
まあ、真面目は近くに可憐な少女(ユウトは男だが例外らしい)さえいなければ、寡黙で厳格、冷静で命令に背くこともない、とても有能な男だ。
リスクを冒したいクリスに容易くGOは出さないだろう。
「ではここで分かれよう。真面目とクリスは検問所を通らずに、転移をするんだろう?」
「ええ、移動の時間が惜しいので。クリスさん、あなたは転移魔石をお持ちですか? 無ければお貸ししますが」
「大丈夫。自分ので足りるよ」
「ならば行きましょう。宿駅の中に転移すると目立つので、手前のどこかに転移して下さい。向こうで落ち合いましょう」
「うん、了解。じゃあみんな、行ってくるね」
「行ってらっしゃい。気を付けて」
「こ、これは……、弟君の『行ってらっしゃい』頂きました……! 行ってきます!」
「さっさと行け」
最後にやたらと興奮した真面目と、それを不可解そうに眺めるクリスが馬車の陰から転移をしていった。
倉庫の調査は彼らに任せ、レオたちは検問の列に並ぶ。こちらが目指すはユグルダだ。距離的にはラダとそれほど変わらないはず。アシュレイの足なら、今日の夕方には着くだろう。
検問所で順番が回ってくると、レオたちはギルドカードを提示して手続きを済ませ、馬車に乗り込む。
今日の御者はネイだ。
レオとユウトとエルドワは荷台に乗った。
「道は分かるのかな? アシュレイも初めて行くところだと思うんだけど」
「整備はされていないだろうが、王都管轄の村には王都と真っ直ぐ繋がる村道があるはずだから平気だ」
「でも、雪で道が分からなくなっちゃったりするかも」
なるほど、それはあるかもしれない。雪は村だけで降るわけではないのだ。道だって雪で埋まる。
ユウトはそわそわと御者席に繋がる幌を開けて、背を向けているネイに訊ねた。
「ネイさんはユグルダって行ったことあるんですか?」
「ん? あるよ。雪や氷のない時期だったけど」
「雪が降って道が埋まっちゃったら分からなくなりません?」
「ああ平気。今の時期も前に行った時と同じ、雪と氷のない時期だから。今は寒冷地野菜や果物がたくさん採れる、良い時期なんだよ」
「あ、そうなんですか」
ネイの話を聞いたユウトはほっとしたようだった。
雪や氷がないのなら、寒さもそれほどではないのだろう。
……耐寒マントに2人で入る予定はおじゃんか。残念だが、こればかりは仕方がない。
そんな兄の内心の落胆を知らずに、ユウトは幌を閉めてエルドワを膝に抱き、安心したように頬を緩めた。
「レオ兄さん、ユグルダは野菜も果物もある良い時期なんだって。また良い宿見付けて美味しいご飯が食べられるといいね」
「……そうだな」
まあ結局、レオはユウトが嬉しそうならそれでいいのだ。
どうせ精霊の祠の場所や解放の仕方など、着く前から考えていても詮無いこと。
レオは問題の山積するこんな時だからこそ、可能な限りユウトが喜ぶことをしたいと思っている。
大事な弟の目を逸らし、できるだけ悪意から遠ざけておきたい。
レオはいつだってそう考えているのだ。
いくら過保護だと言われようが、それが兄の望みであり、贖罪でもあるのだから。




