弟、ライネルに可愛がられる
レオは書簡を転移ボックスでライネルに送った後、パン屋でエルドワに昼食をおごってもらい、クリスを連れてロジーの爺さんに挨拶に行き、それからラダを出立することにした。なかなかの強行軍だ。
昼過ぎに出れば、アシュレイなら間に一度休憩を取っても夜には王都に着くだろう。夜に王都の裏門から入ろうとすると特に警戒が厳重になるが、そこで厳しく見張るのはルウドルトであって、レオたちにとって特に問題はない。
馬車に鎧を着たイムカを乗せて、一行は一路王都へと向かった。
夜の9時を回った頃、アシュレイの引く馬車は王都の厳重警戒の裏門を静かに潜った。
以前と同じようにルウドルトに率いられて、レオたちは厩舎から王宮へ入る。そしてラウンジに着くと、待ち構えていたのはこちらに向かって手を広げたライネルだった。
「よく来たね、可愛い弟たち」
「……その出迎えやめろ、うぜえ」
「こんばんは、ライネル兄様。会えて嬉しいです」
「ふふ、私も久しぶりにユウトに会えて嬉しいよ。うん、このコンパクトに腕の中に収まる小っちゃ可愛いフィット感、やっぱりたまらないよね」
ライネルはユウトを抱き締めて、その頭を撫でて可愛がる。
それを後ろで見ていたイムカが、目を丸くした。
「弟たち……? 待て、どういうことだ?」
「あ、イムカくんにはまだ明かしていなかったんだっけ? レオくん、もう教えていいよね?」
「……ああ」
そう言えばまだ言っていなかった。
今後、ジラックで偽アレオンと対峙するときに、イムカにレオの正体を知っておいてもらうことはかなり重要な鍵になる。
それを彼に説明してくれるらしいクリスに、レオは頷いた。
「よし、じゃあイムカくん、これは重要な話ね。レオくんとユウトくんはライネル国王陛下の弟なんだ」
「……ん? 陛下の弟は亡くなったアレオン殿下じゃ……」
「そのアレオン殿下がレオくんなんだよ。殿下はご存命だったんだ。そして必然的に、その弟のユウトくんも弟」
「レオ殿がアレオン殿下……?」
クリスの説明に、イムカは混乱したように数度目を瞬く。
まあ、ライネルと不仲で殺されたと言われているアレオンが生きていた上に、王宮に出入りして兄弟で手を組んでいるというのだから面食らうだろう。
しかし、その瞳がレオを捉えると、どうやら得心が行ったらしく何度も頷いた。
「そうか、こんなに簡単に陛下との面会が適ったのも、レオ殿が王弟という立場だったからか……! それに、なるほど『剣聖』だからこその完璧な剣プロの筋肉か! レオ殿に最初からただならぬ筋肉オーラを感じていたのも納得だ……!」
「何だ剣プロの筋肉って」
こんな時でもイムカの判断基準は筋肉らしい。
呆れるレオの向かいで、ユウトを抱き締めたままのライネルが面白そうに彼を見た。
「君が噂のイムカ殿だね。アレオンたちから話は聞いている。君には一度会ってみたかったんだ」
「はっ、私も陛下にお会い出来て光栄至極です! その衣の下にはきっちりと鍛えられた筋肉がついているご様子……! やはり人を率いるには筋肉は不可欠ですね! さすがです!」
「……ブレねえな、こいつ」
通常運転のイムカに、レオは呆れを通り越して感心する。
ライネルはそれに笑って、彼をソファに促した。
「とりあえず掛けてくれ。君とはジラックの今後の話を色々しなくてはならない。ジラックの元臣下たちも別室で待たせているから、そちらにも顔を出していくといい」
「ありがとうございます!」
この段になってようやくユウトを解放したライネルから、弟を奪い返す。レオはイムカの隣には座らず、そのままユウトの手を取った。
「兄貴、俺たちはもう戻って城門から入り直す。イムカのことは頼むぞ。話し合いが終わったら責任持ってラダまで送り届けてくれ」
「おや、もう行ってしまうのかい?」
「明日にはユグルダに出立しないといかんからな、早めに休む。今後のジラックの話には俺たちが口を出すことでもないし、後で決まったことだけ教えてくれ」
「寂しいが仕方がない、分かったよ」
ライネルは少し不満げな口調で言うが、もちろん本気ではない。悠長にしている時間はないと彼は理解しているからだ。
それはクリスだってイムカだって分かっている。
「レオ殿、みんな、今日はありがとう。またな」
「イムカさん、さようなら。ライネル兄様、また来ますね」
「うん、またおいで」
にこりと笑って手を上げるイムカと、軽く手を振るライネルに見送られて、レオたちはその場を後にした。




