兄、もえすでクリスの装備をオーダーする
「……うわあ」
いつも泰然自若としたクリスが、さすがにもえすの店内に入った途端に顔を引き攣らせた。
まあ、店に並ぶこの独特の美少女コスに、初見で馴染める奴などそうそういないだろう。
そのカウンターには、相変わらずアニメ雑誌を捲りながら、誌面を食い入るように見つめるタイチがいた。
「アン!」
「うおっ!? な、エルドワ様!? 驚かせないでよ~!」
「こんばんは、タイチさん」
「あ、ユウトくんこんばんは。今日もアニメ雑誌から抜け出したかと思うほど可愛いね。萌え袖最高」
「客が入ってきても気付かないほど没頭してんじゃねえよ。暇そうだな、商売してんのか?」
「まあ、ウチは元々こんな感じだから……。レオさんもいらっしゃい。何か新顔さんがいるね。もしかして仕事依頼?」
「仕事の依頼以外でこんなとこに来ねえわ」
レオは言いつつクリスを手招きした。
「今日はこいつのフル装備を依頼したい」
「……こ、こんばんは、初めまして。私は新しくレオくんたちのパーティに加入したクリスです。ええと、よろしくね……?」
未だにこの店のコンセプトを飲み込みきれない様子のクリスが、少々動揺しつつ挨拶をする。これからさらにすごい怪物が現れるんだが、大丈夫だろうか。
「へえ、新加入? これはこれは……レオさんたちのパーティは、つくづく俺たちのツボを押さえてくるよねえ」
「あ、クリスはミワの萌えツボに引っ掛かりそうか?」
「引っ掛かるどころか、がっつり食い付くと思う。姉貴はおっさん萌えもあるし、何よりこの人の体つきがかなり好みそうなんだよな。……呼んでくる?」
「……ものすごく嫌だが仕方がない。呼んでこい」
恐ろしい展開になりそうではあるが、オーダーを入れないことには始まらない。まあ、レオからクリスに萌えが分散してくれるならこちらとしてはありがたいし、とりあえず耐えよう。
「……クリス、これから怪物が出てくるが、心を強く持て。オーダーが終わるまでの我慢だ」
「え、ちょ、何? 私の嫌な予感ゲージが振り切れてるんだけど」
「……僕、レオ兄さんの後ろに隠れてようっと」
「何なの、怖いよ! いきなり噛み付かれたりするのかい!?」
「噛み付きはしないが食い付かれるだろうな」
珍しく狼狽えるクリスとそんなやりとりをしていると、カウンターの奥からタイチがミワを伴って戻ってきた。
またハンマーの素振りをしていたのか、彼女の身体から湯気が立っているのがさらに人外っぽい。
ミワは先にレオを視界に入れ、めちゃくちゃ良い笑顔を見せた。
「おう、兄! 相変わらずいい腰回りしてんな、コンチクショウ! 弟、今だ! その上着を捲ってやれ!」
「ユウトを貴様の欲望の手下に使おうとすんじゃねえ、殺すぞ」
「うん、その辛辣っぷり、たまら……おお? 何だ、新顔!?」
「あー……ええと、初めまして、こんばんは」
ミワの視線がはたとクリスに行く。彼女の第一声ですでにドン引きしている彼だったが、目が合ってしまったから辛うじて笑顔で挨拶をした。
「その人、レオさんたちのパーティに新しく加入したクリスさん。今日は彼のフル装備をオーダーしたいんだって」
横からタイチがこちらの用件を伝える。
それを聞きながらも、ミワの視線は舐めるようにクリスの全身を見ていた。鎧は外しているから、身体の線が詳らかに見える。
「ほほう……一見柔和に見えながら、ストイックに鍛えられた肉体……! かっちり系を着こなすに十分な肩幅、白いネルシャツから覗く首元と鎖骨の色気がすげえ……! これは兄に次ぐ逸材!」
「姉貴、鼻息荒い」
「OK、OK。私が大人の色気ダダ漏れの素晴らしい装備を作ってやる! やはり同じパーティなら上着の柄は揃えるべきだよな! 銀髪碧眼には青!」
かなり乗り気だ。これなら完成は早そうだが、どんなデザインになるのかが分からない。何だ、色気ダダ漏れって。
「姉貴。上着のデザインを揃えると、レオさんとユウトくんのペアルックじゃなくなっちゃわない?」
「平気だ。他の部分は合わせねえ。さて、手袋は白だな。スカーフとか超似合いそうだから付けとくか。シャツは開襟と兼用にすっかな-。こう、かっちりだけど着崩すと色気モロ出し的な。やっぱ鎖骨だろ鎖骨」
「え、これ、彼女に任せてて平気なのかい? 何か、とんでもない装備が出来そうなんだけど」
「どうせ何言っても聞かねえから抗おうとしても無駄だ。やらせとけ。何だかんだでおそらく俺と同じような感じになる」
レオたちの装備も、こちらの意見はほとんど受け付けてもらえなかった。ただ、ミワの好みの集大成がレオのような感じなのだから、クリスの装備もそこからそうは逸脱しまい。それにどうせすぐ慣れる。
不安そうなクリスをよそに、自分にセクハラまがいの視線が向かないおかげで少し気楽なレオだ。
「ふおおおお、降りてくるぜ、インスピレーションが……! 目視だけで銀髪優男のサイズを見切った!」
「ちょ、この人怖いんだけど!?」
「これがデフォルトだ。慣れろ」
「姉貴、妄想ばっかしてないでちゃんとデザイン帳書いて。クリスさん、絶対付けたい属性とか効果とかある?」
「あ、ええと、即死耐性と状態異常耐性は欲しいかな。できれば腕力+が付いたらありがたい」
「その辺は俺の作る小物アイテムの方で付与できるな……。メインの装備にはやっぱり防御と魔法耐性とか付けとくよ」
萌えを吐き出すミワの隣で、タイチが話を進める。
タイチだってユウトを前にすると大概なオタクだが、彼の母やミワといると、ものすごくまともに見えるから不思議だ。
今はとにかくオーダーを上手く誘導してくれる、その存在がありがたい。
ミワはタイチに促されて、デザイン帳にさらさらと迷いなくペンを走らせた。
「うん、よしよし。軍服のようなかっちり感、そこはかとなく漂うお上品さ、それでいて漂う大人の色気……KA・N・PE・KI! これ、兄と並んだら萌えるわ~」
どうやらクリスのデザインが決定したらしい。
デザイン帳を覗き込むと、シルエットは少しレオに似ているものの、もっとフォーマル的な、紳士然とした装備が出来上がっていた。
細かいところにミワのこだわりを感じるが、ぱっと見は問題なさそうだ。……もちろんこの世界には不釣り合いなデザインなのだけれど、レオたちからすると今さらの話。
クリスも予想よりはだいぶマシだったのか、軽く安堵のため息を吐いた。
「ところで武器のホルダーも付けるが、銀髪優男の得物は何だ? やっぱ剣?」
「戦士だから両手剣と大斧、時々槍も使うよ。普段は剣を背負ってるね」
「両手剣と大斧……! 柔和な顔してギャップが半端ねえな! クソ萌える! そんで、武器も新調すんのか?」
「斧は良いものを手に入れたから、両手剣だけ欲しいかな」
「よし、任せろ! トータルコーディネイトはもえすならではだからな!」
ミワは装備のデザインの横に、両手剣のデザインも書き入れる。
それをタイチが横から受け取って、使用する素材や金額を割り出した。
「使う素材はまた自分たちで集めてくる感じ? 最近は職人ギルドに上位素材の在庫があるから、買うこともできるけど」
「いくらか素材は持っている。俺たちに持ち合わせがないものだけ仕入れてくれ」
「了解。じゃあこれが必要素材のリストね」
タイチに提示されたリストにある素材は、以前自分たちの装備用に使ったのと共通するものも多い。万が一の作り直し用にと取っておいた素材があって良かった。
クリスも多くの素材を持ち合わせていて、それを合わせると足りないのは4・5点くらいのものだ。それだけ仕入れを頼む。
それを横で見ていたミワが、怪訝そうに首を傾げた。
「おい、兄。お前らのパーティに入るなら、銀髪優男のアレも必要なんじゃないのか? 秘密の2着目」
「あ、そういえばそうだね。レオさん、今回は作らないの?」
……もちろん作るつもりだが、もはやミワのテンションに付き合うのが辛い。特に急いでもいないし、今度でいい。
レオでさえそう思っているのだから、クリスは尚更だろう。
2着目の話が出て、彼はどこかあさってを見ている。
「……そっちは次に来た時にする。今特別必要なわけでもないからな」
「なるほど、次か。それもまた一興。よし、次に銀髪優男が来るまでに、どんなコスプレが似合うかがっつり吟味しておくぜ! 任せろ!」
「こ、こすぷれ……とは?」
「……考えんでいい」
2着目に関しては正直、一体どうなるか想像も付かない。ミワの意気込みがただただ恐ろしい。
一抹の不安を残しつつも、とりあえずは1着分だけオーダーと支払いを済ませたレオたちは、もえすを後にするのだった。
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