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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、何よりも弟優先

 ライネルの部屋での話し合いが終わりに差し掛かる頃、レオの通信機に着信が入った。もちろんユウトからの連絡だ。

 何よりも弟優先の兄は、たった今ネイが話をしている途中にもかかわらず、速攻で通信に応じた。


「もしもし、ユウト? どうした?」

『あ、レオ兄さん、今大丈夫?』

「大丈夫だ、お前の話以上に大事なことなどないからな」


 重要な話し合いの最中だというのにこの言いぐさ。しかしそこにいる全員が、それがレオの価値観だと分かっている。

 ルウドルトだけが呆れたため息を吐いたけれど、残る3人は微笑ましげに会話に耳を傾けた。

 弟と話す兄の声は、いつもよりだいぶ優しげだ。


「この後? ああ、もうすぐ終わる。……噴水公園か。分かった、そこに行けばいいんだな? クレープでも食いながら待ってろ」


 ユウトの声を聞いたレオの気持ちは、もうそっちへ行ってしまったに違いない。

 通信を切ると同時に資料をまとめ始めるレオに、ライネルは苦笑した。


「可愛いユウトのお呼び出しじゃ仕方ないな。まあ、あらかたの話は済んだし、今回はこの辺にしておこう。残された時間はあまり長くはないが、皆よろしく頼む」

「んじゃ俺はジラックに飛んで、今後のことをオネエに指示して戻ってきます。真面目くんはいつここに来させます?」

「俺たちは今日の夕方にザインに行って、明日の昼間はラダ、午後から半日掛けて馬車で王都に戻るから、明後日だな。クリス、移動続きになるが平気か?」

「転移魔石とあの快適な馬車での移動だもの、疲れもしないよ」

「クリス、忙しいだろうが、魔法研究機関の方も時々気に掛けておいてくれ」

「畏まりました、陛下」

「じゃあもういいな。行くぞ」


 ライネルとクリスが会話をしている間にも、報告書をポーチにしまい込んだレオはさっさと立ち上がる。

 その分かりやすい挙動に微笑みつつ立ち上がると、クリスはライネルたちに丁寧なお辞儀をしてから、レオに続いて隠し通路への階段を降りて行った。






 噴水公園に着いたレオたちは、真っ直ぐユウトの元に向かった。

 兄が弟の気配を間違うはずもない。すぐにベンチに座って鈴カステラを食べているユウトたちを視界に捉えた。


 いち早くルアンが2人に気付いてユウトに教える。

 それに弟が顔を上げ、兄を見付けて破顔するのに、それだけで嬉しくなった。つい、彼の元に向かう足も速くなる。ユウトがそこにいるだけで、レオはいつだって心が満たされるのだ。


「早かったね、レオ兄さん。お話は大丈夫だったの?」

「平気だ。クリスのカードももらってきた」

「そっか、良かった。クリスさんも、急がせてすみません」

「何の問題も無いよ、気にしないで」


 立ち上がって出迎えたユウトが、レオの後ろから歩いてくるクリスを覗き込んで軽い謝罪をする。

 それに対して彼は、ほのぼのと微笑んだ。

 クリスはそのままレオの隣に並ぶと、ユウトの後ろで何故か棒立ちになっているルアンにも懐こい笑顔を向ける。


「そちらの子がネイくんのお弟子さんだね。初めまして」

「はっ、はい! こんにちは、クリスさん!」

「あれ、私の名前をもう知っているんだね」


 マイペースで自然体なクリスに対して、ルアンはだいぶ緊張しているようだ。一体どうしたとレオがユウトを見ると、弟は苦笑して2人の間に入った。


「クリスさん、紹介します。僕の友達で、いつも護衛をしてくれるルアンくんです。昔彼女のお父さんがクリスさんにお世話になってたみたいで、是非会って挨拶したいって」

「君のお父さん?」

「はい! あの、父はザインにいたダグラスって言います!」

「ああ、ダグラスくんの娘さんなのか! そうか、懐かしいなあ。お父さんとパーティのみんなは元気?」

「めちゃくちゃ元気です! えっと、オレ昔から父やパーティのみんなに白銀隊のすごい逸話を聞かされてて……まさかその隊長のクリスさんに会えるなんて、光栄です!」

「んー、そんなに大したことした覚えはないけど……。昔話は美談になりがちだからねえ」


 クリスはのほほんと笑う。しかしルアンは彼がまとう一流の気配に気付いているはずで、その逸話が誇張でも何でもないことが分かっているのだろう。その瞳が尊敬に満ちている。


「クリスさん、ダグラスさんたちは今、ランクSパーティとして特訓中なんです。ルアンくんも同じパーティで」

「へえ、ランクSか、それは素晴らしいね! その中でもルアンくんは突出している感じかな? 気配の操り方といい、しなやかで上手に筋肉の付いた体つきといい、きっと君はネイくんのような超一流になれるよ。がんばってね」

「え、あ、ありがとうございます!」


 クリスのお墨付きを頂いて、ルアンはものすごく感激している。

 ネイがこの場面を見ていたら、ハンカチを噛みそうだ。


「うはあ、クリスさんカッコイイ……! 親父より歳上なのに全然むさくないし、語り口がめっちゃ優しい……!」


 ルアンの反応が珍しくちょっと乙女入ってる。彼女のツボなのだろうか。もしかするとダグラスが警戒すべきはネイでなく、クリスかもしれない。


「ふふ、若い子は真っ直ぐで可愛いね。私もユウトくんやルアンくんのような子どもがいてもおかしくない歳だから、和むなあ」


 ……だがまあ、こちらは子どもとしてしか見ていないから論外か。


「さて、俺たちはこれからザインに飛ぶ。……ルアン、今日はご苦労だったな」

「うん、どうってことないよ。オレもユウトとパイ食べられたから、楽しかったし。ユウト、次も美味しいスイーツの店見繕っておくからな」

「ん、ありがと。また楽しみにしてるね」

「ルアンくん、ダグラスくんたちにもよろしくね」

「はい! クリスさん!」


 クリス相手にだけルアンの返事のテンションが高い。

 ユウトはそれに苦笑をしながら、エルドワを抱き上げた。


「じゃあまたね、ルアンくん。王都にはちょくちょく戻ってくるから、すぐに会えるとは思うけど」

「そっか。まあスイーツ食う時間が無くても、会えると良いな。……気を付けて行ってこいよ」


 手を振るルアンに別れを告げて、レオたちは公園から王都の城門へと向かうことにした。




「転移魔石で移動するのに、わざわざ城門から出るの?」

「ラダから戻ってくる時に馬車だからな。街を出た履歴がないのに外から入ってきたらおかしいだろう」

「あ、そうか」


 ユウトが納得して頷く。

 弟を挟んだ向こうでそれを聞いていたクリスが、ふと首を傾げた。


「王都を出た後ザインで検問を受けると、移動日数がおかしくなっちゃうよね。転移魔石の所持を覚られると面倒だし、ザインとラダでは検問を受けない感じ?」

「ああ。直接街の中に転移する」

「転移する先で人目に付かないところ、あるかい? 私がザインに行ったのはかなり前だから、街中で知っている場所が残っているかも不明なんだよね」

「……そういやそうか。狐のアジトに飛ぶつもりだったが……考えてみれば俺とユウトしか場所を知らんな」


 レオとユウトが分かっている場所なら、レオとエルドワ、クリスとユウトがセットになって転移すれば良いのだが、兄としては弟が他人に抱えられるなど我慢ならないので却下だ。他を探そう。

 エルドワも知っている場所で、転移しても安全な場所。

 ザインでそんなところは、そうだ、あそこしかない。


「ヴァルドさんの魔法植物ファームに転移させてもらう?」

「それしかないだろうな。あいつにクリスを紹介もできるし、ちょうといいだろう」

「迷惑にならないかなあ……」

「お前が行って喜びこそすれ、あの男が迷惑だなんて思うわけがない」


 ヴァルドにとって、ユウトは唯一無二の救済者セイバーだ。この可愛らしい主を、長い年月待っていた男が無下にするはずがない。


「ヴァルドって、ユウトくんと契約しているという半吸血鬼ダンピール?」

「そうだ。あいつとも共闘する機会は多いから、顔を合わせておくに越したことはないだろう」

「吸血鬼系は魔族の中でも長命、高地位で知能も高い……。その半魔となると、ちょっと興味があるね。色々な知識を持っているんだろうな」


 妙に魔界や魔族の知識を得たがるのは、リインデルの血族の性なのだろうか。

 そんな話をしつつ検問所に差し掛かると、レオたちはギルドカードを提示して街を出る手続きをした。そのまま城門を出て街道から逸れ、近くの林に入る。ここからザインに飛ぶのだ。


「クリス、転移魔石をひとつ、エルドワに渡せ」

「分かった。はい、エルドワ。よろしくね」

「アン」


 クリスがエルドワを抱き、その目の前に転移魔石を差し出す。子犬はそれを軽く銜えた。

 レオも魔石を取り出して、ユウトを抱え上げる。


「じゃあ飛ぶぞ。エルドワ、行き先はヴァルドの家の中だ。間違うなよ」

「ハウ」


 魔石を銜えているせいで上手く声が出なかったようだが、エルドワはちゃんと分かっている。それを確認して、レオたちはザインへと転移した。


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